3品目
倉持屋の人気は結構なもので、昼を過ぎても店前は行列でいっぱいである。
「さすが評判の飯屋だ。これなら、さぞかし美味いに違いない」
佐之介は期待に胸を膨らませた。
ところが番が近付くに連れ、佐之介の心中に、にわかに不安が訪れた。
「これほどの飯屋なら、代金も相当なものではあるまいか」
佐之介は懐をあさった。手持ちは十文しかない。
なかを覗き見ると、麦飯に惣菜、それに味噌汁がついて二十二文とある。
「まずいことになった」
やがて佐之介の番が回ってきた。
まさかここまで来て、銭がないからやめるとも言えない。それこそ、いい笑い者だ。しかし足らないのは事実だ。
「味噌汁だけを頼めないものか」
思い余って、佐之介はそう口にした。
倉持屋の女将が、きょとんとしている。慌てた佐之介は、咄嗟に口からでまかせを放った。
「実は妻が病でな。医者が言うには味噌がいいそうなのだが、あいにくと切らしておるのだ。後で椀は返しにくるから、味噌汁を妻に食わせてやってはくれまいか」
とっさに出た割りには、なかなか巧い嘘だと思った。もちろんおさよは、病など患っていない。
女将は特に疑うこともせず、味噌汁を七文で売ってくれた。
「かたじけない」
短く礼を言うと、佐之介は後ろめたさもあって、足早に倉持屋を出ていった。