初めまして、カレンです!
先週大阪へ出張しに行った純一は、今日から三日間連休になった。
ので!
「ほら、純ちゃん。これちょっと持ち上げて!」とカレンが率先して、大掃除!
ま、要は普段掃除しない箇所中心の掃除だ。
「わかったって」
カレンとの生活もだいぶ安定はしてはいるが、依然としてカレンの素性はわからない。警察へ行ったり、病院へ行ったりするのですら嫌がる。
記憶がない!嘘なのか?本当なのか?ですら、純一にはわからないし、強く言えばまた泣いてしまう恐れもある。
「みーっけ! あっ!」
カレンが、埃にまみれた1枚の写真を手にし、ジロッと純一を睨む。
「なに?」
純一は、汗だくの顔でカレンを見た。
「これっ! 誰っ! どこの女っ!」と写真を純一に突き付け、鬼のような形相になるも、純一は純一で···
「あー、それは嫁だよ、嫁」と言ったまでは良かったが。
「嫁? なに、純ちゃん結婚してたの?!」と今度は目に涙を溜め、純一に抱き付く始末。
「違うよ。俺は、独身! 可奈子とは、もう終わってるし。これ、終わったらちゃんと話すから」
掃除についての部屋の模様替え。
(あんな写真、あったことすら忘れてたよ)
カレンが、ここに住み始めて殺風景だった(部屋のごちゃごちゃはあるが)部屋が、温かみのある部屋に変わっていった。
そこにいる!ただ、それだけの事なのに、純一の胸は熱くなるし、仕事への張り合いもある。
「ざっと、こんなもんかな?」
「上出来っ! ね、このゴミどうするの? 燃えるゴミと不燃物か···」
ゴミ出しも、カレンは嫌がる事なく喜んでやってくれる。
「夕方五時過ぎれば、出せるから。その前に出すとほら···」
「あ〜、田中さん? だっけ?」
「そう。怒られるからね」
実際、その時間より前に出した事はないが、他の住人が誤って出した時に怒られてるのを見たことがある。カレンも···。
「了解! 汗かいちゃったね。お風呂入る?」
「うん。シャワーでいいよ。もちろん、ひとりで! だからね」
純一は、笑いながらそう言った。たまに、カレンはジャージを着て、背中を流してくれるから。
「はいはい。ったく、純ちゃんったら、ケチ! なんだから」
(何故、ケチ? 恥ずかしいでしょうが!)
背中だって洗ってもらうのですら、純一は恥ずかしいと思うのに。
「そうだ。晩飯は、外で食べて、携帯買いに行こうか」
「うん! 欲しい! でも、なんでカレンなんも思い出せないんだろ? カレン何もしてないのに。可愛いから?」と言ってるカレンを置いて、純一はスタスタとバスルームへ向かう。
「着換え〜、ちゃんと出しておくからね」
バスルームの戸を閉めても聞こえるように、カレンは言い、カレンダーを見た。
「今日は、10日か···。そっか、ここ来て丁度半年なんだ···」
なんとなく、その10の数字を指でなぞり、
「さ、私も着換え出しておこっと」
タンスから、可愛い感じの服を取り出した。勿論、純一に買って貰った服。
「ありがとう···」
カレンは、ここにきて純一の優しさに触れて、固まっていた心が溶け出しているのを感じていた。
「信じて···いいよね?」
買って貰った服を胸に抱き、そう呟くカレン。
(入っていいのかな···)とシャワーを済ませ、部屋のノブに手をかけた純一は、カレンの言葉を聞いて固まる。
(どういうこと? いまの···)
純一は、少し深呼吸し、
「カレン、シャワー終わったよ」と言い、部屋に入った。
「遅い〜」と口を膨らますも、
「いや、お前のが長いから。風呂に入ると一時間出てこないでしょ?」と純一が笑っていうと、またフグのような顔になる。
(怒ってはいないのに、こういう顔が好きだな···)
「ふんっだ。純ちゃんとばかっ!」
着換えを手にしたカレンは、足早にバスルームへと消えた。
「─ったく、こんな写真なんか飾って」
元妻の可奈子と一緒に写ってる自分の写真。
(いつのかは思い出せないが···)
カレンが、写真を嫌がる理由も純一にはわからない。
見た目は、十代の女の子だろうけど···。
「え〜、だって魂抜かれるじゃん! 写真って」
「······。はい?」
(何をどうすれば、そんなことに? いつの生まれ?)
車を運転しながら、横に座ってるカレンが、真顔で言う。
「しないって。カレンは、写真もプリクラも嫌いなの?」
「うん。嫌い。大っ嫌い!」とカレンは、そう言いまた窓から外を眺める。
純一もそれ以上聞くことなく、運転に集中したが···。
「─って言ってなかった? さっき」
携帯の登録を待ってる間、純一とカレンは、TOKAIハンズへ来て、チェキの所でカレンが立ち止まった。
「うん。でも、カレン純ちゃんとなら写真撮ってみたい。あの人みたいに···」
大方カレンが言ってる“あの人”とは、元妻可奈子のことだろうと純一は思った。
「だったら、別に携帯とかカメ···」
「やだっ! カレン、コレがいい!」
カレンの目が、買えとうるさく言うから買ってやると、チェキの入っていた袋をずっと大事に持っていた。
「どれで撮っても同じ写真···」
「じゃないですぅ〜」とまた膨れる。
(子供だな···)
携帯ショップから、連絡があって受け取りに行った。
「いいんですか?」
「はい。オープンイベントなので、おひとりさま一つなんですけども」と小さなクマがついたストラップを色違いで二つ貰い、互いの携帯にカレンがつけた。
「俺は不器用なの。そこまで笑うな」
何度か挑戦しても、自分じゃ小さな穴にストラップの紐を通す事が出来ずにいたら、カレンが笑った。ケラケラと···。
「ほ〜ら、こんな簡単に出来るのに〜、パパ可愛い〜」
少し早めの夕飯をファミレスで取っていた時に、
「あれ? 唐沢さん?」とスーツを着た一組の男女が通る途中で、声を掛けてきた。
「あ、中山さんか。今日は、夫婦で?」と純一は紺色のスーツを着た男性に声を返した。
「たまには、嫁さん孝行ですよ。唐沢さんは?」
男性が、カレンを見るとカレンは、少し笑って、
「初めまして。キリヤマカレンです」と頭を下げた。
「姪御さん? 唐沢さん、まだ独身ですもんね」
「はい。今日は、母も来る予定だったんですが、急に仕事になって···」と純一の目の前で会話が飛ぶ。
「じゃ、また···」と中山夫婦が、会釈し場を離れると、
「どうかした?」とカレンが、純一を見て笑う。
「いや。なんか、流暢に話すから」
「そう? 普通に話してただけよ?」と言うもなんとなくしっくりこない純一。
「さ、食べようか?」
「うん! お腹すいたぁ!」
ただのハンバーグステーキでも、カレンは嬉しそうに食べる。
「こういうのっていいね。あったかい」
「だな···。明後日まで休みだから、どっか出かけようか?」
「じゃ、デートしよっ! 街ブラブラして、ご飯食べたり、映画···」
「ん? 映画?」
カレンの顔が、どことなく青ざめていた。
「カレン?」
「ん? なんでもない。映画とか見に行きたい。駄目?」
「いいけど。どっか、具合悪い?」
(気のせいかな。一瞬、顔色が真っ青になってたけど)
「ううん。平気だよ。全然大丈夫」
そう言って、カレンはハンバーグを口にした。
ハンバーグステーキの後にデザートを二つも頼んで平らげていたカレン。
「カレン、いくつなんだろ? ね、いくつがいい?」と純一に問うが···
「でも、最初助けた時はセーラー服着てたし。中学生にしては、大人っぽいから高校生?」
「んぅ。じゃ、16かなぁ? そうしよう」
(自分で納得してるのか···)
「おうち帰ったら、チェキ撮ろうね。純ちゃん」
「うん」
車を運転しながら、いつもの星降る丘へと向かった。
「ほんと、好きだねぇ」
「うん。カレン、初めてここ来た時、感動したもん。星に手が届きそうで···」
都内でここだけは、空気が淀んでなく、尚かつ光も少ない。
よって、デートスポット!
自動販売機で珈琲と紅茶を買って、飲みながら星空観察。
「流れ星、毎日流れてるのかな〜」
「かもなぁ。夏になるとここにテント張って勉強してる子供もいるよ」
「へぇ。カレン、そういうのしたことないや」
星を眺めながら、カレンが後ろに落ちないように肩を抱く。
「こうしてるとカレン達もカップルなのかな?」
「かもね。俺は、お前が彼女だったら、ほんと嬉しいと思うよ。けど、今はカレンはカレンでも、カレンじゃないから···」
「うん。もし、記憶が戻ったら、私と付き合ってくれる?」
「そうだな。記憶が、戻ってカレンが俺を見て、告白してきたら付き合ってやるよ」
「うん。カレン、頑張るから傍にいて···」
「うん···」
夜空には、三つ星が流れた。カレンは、ここに来る度にお願い毎をしていたが、今夜はただただ純一の身体にしがみついていた···。
「─って、寝てるし。おい、カレン。起きろ。そろそろ帰るぞ···」
肩のあたりを叩いて起こす純一にカレンは、
「やだ。あんなこともうしないで」と眠りながら言った。
(あんなこと?)
「あ〜、寝ちゃった? 帰るの?」
眠そうなカレンを車に乗せ、走らせると軽い寝息を立て始めたカレン。
思えば、ここ数日よくうなされていた。記憶が、戻るのかも知れないな。