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序章3

 主治医から再発を知らされたときの母親の表情を思い出すと、今でも胸が痛む。

 最初の化学療法が終わった時に主治医が言った、再発する可能性は高い、という言葉を聞いていたから、いつかは再発するかもしれないと覚悟はしていた。

 それでも、いざ再発したとなると、どん底に突き落とされたような気がするものだ。

 言葉を失った母親のとなりで、自分も取り乱したら余計母親を不安にさせると思ったから、わざと気丈に、少し乱暴な口調で言った。

「再発しちまったモンはしょうがねぇじゃねぇか。

 先生の言う抗癌剤の治療をもう一回やってもらおう。

 先生、もう一回やれば治せるんだろ?」

 希望を見いだそうと言った石原の台詞に、主治医は言いにくそうに答えた。


「残念ながら、一度再発をしてしまうと、今後完治させることは難しくなります。

 もう一度化学療法をする事で病気の部分を小さくする事や、次に大きくなるまでの期間を遅らせる事はできるかもしれませんが、病気を完全に消し去る事は基本的にできないと考えてください。

 これからは、癌を消し去る治療を目ざすのではなく、癌があっても症状なく普段通りの生活ができるようにする治療、癌がありながらも生活を続けるための治療をしていく、という事になります」

 石原は言葉を失った。

 希望も何もないじゃねぇか。

 となりに座る母親の表情は、ますます暗くなった。


「でもよ、やってみなくちゃ分からないじゃねぇか。

 万に一つでも、癌がなくなる可能性がないわけじゃないんだろ?」

「医学に絶対はありません。

 癌を小さくして、そのまま癌が大人しくし続けている可能性も、あるかもしれません。

 ただ、一般的には一度再発した癌が完全に消える可能性は低いですし、再発してから次の再発をするまでの期間は、より短くなる事が多いです」


 結局、母親も治療を受ける事を希望し、主治医の勧めるままに化学療法を選択した。

 また始まった、頻回に通院する日々。

 最初に受けた化学療法と内容がほとんど変わっていないにもかかわらず、不安だからか母親はだるさや吐気をよく訴えた。

 体力が落ちてきているのかもしれない。

 それでも、三カ月後の検査では癌がわずかに小さくなっている事が確認できた。

 効果がないわけじゃない。

 吐気止めを使い、すこしずつ休みながら、治療を続けた。

 ちょっとでも治る可能性を期待して。


 けれど、期待は裏切られた。

 主治医の言葉通り、再発が分かってから実に九カ月後、またもや癌が大きくなっている事が判明した。

 簡単には諦めがつかなかった。

 何か、他に治療があるんじゃないかと、縋るような思いだった。

 探してみれば、情報は溢れている。

 怪しげな民間療法、薬やサプリの類い。

 免疫治療や遺伝子治療なんて言葉も、ガンが消えたなんて扇動的な文句とともに何度も見かけた。

 試してみたら効くんだろうか?

 費用はかさむかもしれないが、命にはかえられないのではないか?

 主治医の言っている治療が絶対に正しいとは限らない。

 現に、あんなに苦しんだのに治らなかったじゃないか。


 石原がそんな疑心暗鬼に取り憑かれた時に、母親の主治医が代わった。

 医者の世界は、思っていたよりも転勤が多いらしい。

 治療が中途半端なままなのに、と思わなくもなかったが、仕方がないと言われてしまえば受け入れるしかない。

 次に主治医になったのは、烏丸という名前の、若い医者だった。

 まだ二十代後半ぐらいにしか見えない、細身の男。

 華奢な身体は石原からしたら頼りなく見えたし、切れ長の涼しげな目元は優しそうといえば聞こえが良いが、優柔不断そうにも見えた。

 有り体に言って、この状況で烏丸に主治医が代わるのは心細かった。


 だからかもしれない。

 この新しい主治医に、石原は直接的な言葉で疑問をぶつけた。

「また化学療法をやるっていっても、結局効かないんじゃないのか?

 それだったら、他の治療、免疫治療とか遺伝子治療とか、最先端の治療を受けた方がまだましなんじゃないのか?」

 若い医者だから、怯むかもしれない。

 怯んだら、自信がない証拠だ。

 自信がないのなら、この際俺たちが納得できる治療を選んでやる。

 そう思っていた石原は、この後の烏丸の言葉に、驚かされる事になった。

「石原さんがお母様のことを思って心配される気持ちは分かります。

 ただ、石原さんがおっしゃる、いわゆる民間で行なわれている免疫治療や、遺伝子治療といった治療には、はっきりとした効果があるという実績はありません。

 絶対に効かない、と切って捨てることまでは申しませんが、高い治療費に見合った効果があるとは思えません。

 私達がお勧めするのは、あくまでも医学的に検証された根拠に基づいた治療です。

 もちろん、絶対の効果をお約束するものではありませんが、全く根拠がない治療ではありません」

 言葉を選びながら、伝わるようにとする意志が感じられる烏丸の話し方は、思っていたよりも力強かった。

 不器用そうだけれど、誠実で真面目な奴。

 石原は一応、烏丸を信じる事にした。

 信じようと思った理由は、もう一つ、烏丸の提案にもあった。


「確かに、治療の効果が得られにくい状況になっているのも事実です。

 もしも最先端の治療を、ということをご希望でしたら、私の先輩が大学病院で最先端の治療を研究しています。

 そういった研究に参加してみたい、という事でしたら紹介する事はいつでも可能です。

 これから行なう治療を受けて頂きながら、まずは相談だけでも、というのも可能ですし、お母様も希望されるのでしたらお手紙を書きますのでおっしゃってください」

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