──── あの夕焼けはどんな色だっただろうか。
何気無い日常に、何気の無い穏やかな日々。僕は相変わらず全ての事に無関心で熱中して何かをやり遂げた事が無い。
そんな僕だから当然友人も出来ない上に恋人も居た試しが無い。自分の協調性の無さを呪いたいのは山々だがもう僕は既に高校二年、受験の事にも目を向けなければならない時期なのである。
そして僕は言わずと知れた読書愛好家だ 、自己紹介にもならないが本が友達 、そんな事を簡単に口にできる寂しい人間だが良く言えば知的な高校生男子と 、そう捉える事も出来るがそんな事をクラスメイトには恐らく言われた事無い。とても残念な奴だ。
当然の如く部活動には所属しておらず、放課後は独り寂しくいつも同じ様に帰宅する。
普段と変わらず帰り道を重い足を持ち上げるようにとぼとぼ、と歩みながら景色を眺めると目の前には夕焼けを写す海が太陽の映し鏡の様に広がっていた。何ら変わりの無い海の景色だが近頃の僕の心にはその海はとても幻想的に見えた。不意に鞄から小説を取り出し、木陰になっているベンチへと腰を掛ければこの景色を目の前にして小説を開きすっかり周りの事など気にしなくなっていた。
紙を捲る指先は止まる事を知らずに機械的に1ページ1ページを捲っていく。当然の事ながら小説の世界にのめり込んでしまい、気付けば一冊読み終えてしまっていた 。
そして先程まで目の前にあった景色は既に姿を消しており、活字を肉眼で捉えられなくなる程に暗くなれば僕を帰るのを急かす様に波のさざなみが少し慌しく僕の鼓膜を震わせた 。
仕方が無く自宅へと帰ると玄関のドアを開き『 ただいま... 』と小言の様に呟けば、階段を上がり自分の部屋へと足を踏み込んだ。母は僕の階段を上る音に気付いたらしく、こんこん、と木製のドアをノックし廊下に乾いた音を響かせる。母は僕の返事を待つ事は無く
『 おかえり、夕飯は食べるの?』
母はいつもと変わらず僕に声を掛ける。いつも気にかけてくれるのは内心嬉しくも思う、いやもしかしたら無神経なだけかもしれない。
『 要らないよ、今は何も食べたく無いんだ 』
この返答はここ数ヶ月の僕の生活においてのテンプレとなってしまっている。母には悪いが今僕はどんな顔をして人と接すれば良いか分からない。
『 そうだ、今度お墓参りでも行ってきなさいよ。最近行ってないんでしょ? 』
『 気が向いたらね 』
今の僕に触れて欲しくは無かった話題を母は心に突き刺す様に口にする。
数ヶ月前、友達でも恋人でも無い人を僕は亡くした。これだけ聞いてしまえば赤の他人ではないか、とそう思うかもしれないが僕にとって彼女は失いたくない大切な存在そのものだった。そして現在未だにそのショックで立ち直れず今に至る訳だ。
『 そう...お盆休みにでも行ってきなさい。きっと御家族も喜ぶだろうし、何より本人が喜ぶと思うわ 』
夏休みも残り一ヶ月を切り、六日後には八月十五日。お盆だ。足を運びたい気持ちは勿論自分の中にはあるも、それと同時に虚無感に襲われる事を僕は恐れ怯えている。僕は何をどうすれば良いか分からなくなってしまっていた。
母には頷きで返答し、それを見届けた母は僕の部屋を後にする。再び孤独になった僕は部屋の閑散とした雰囲気に包まれながらベッドに寝そべり本を手に取る。初めて僕が読んだこの小説は彼女がくれたものだった。