6.晴れて乙ゲーのヒロインになったが、対策を練ろう。
(大変な人を敵にまわしてしまいましたよ!)
絶望に満ちた声が脳内に響く。先程から忙しなく、どうしましょうどうしましょうと同じことを繰り返し言っている。さすがに何度も同じことを言われるとうんざりしてきた。
「大丈夫だって言ったじゃないですか」
(大丈夫じゃありません!いくらさくらさんが負けず嫌いだからって…あなたは四財閥の一角に宣戦布告なされたんですよ!)
ああ、これからの学園生活が怖い…。震えた声で神様はそういう。
別にそんな怖がらなくても、その恐怖の学園生活とやらを送る当人は私だというのに。
四財閥。ついさっきその存在を教えられた。曰く、この世界で最も金持ちな四家族らしい。
『北の須藤、南の湯本、東の浅野に西の一条』
この四つの姓をもつものが、この世界では最強みたいだ。…四天王かな?いや、舞台はあくまでも学園だからF○かな?
「あの金髪っ子が須藤だからって何だというんです」
須藤一樹。それが三年後、私に大金をくれると約束してくれた金髪っ子の名前らしい。
こいつもゲームの攻略者だと。だからあんなキラキラエフェクトがかかっていたのか。
あんな下衆を攻略しようとする乙ゲーマーが果たしているのか、はなはだ疑問だ。
(失敬な!!須藤一樹はわがままな弟気質ということで、年輩ゲーマーからかなり可愛がられているんです!…そんなことが言いたいのではなく。たとえ一角とはいえ、四財閥を敵に回すとかなり痛い目にあいますよ)
…さては神様、須藤推しだな。確かにある意味「年輩」だもんね。
(そ、そんな邪推はしなくていいんです!とにかく!これからどうなされるおつもりですか)
「とりあえず、特待生の座は死守する。…まあ、今のところそんだけかな」
(そんだけ!?!?)
それじゃあ絶対に退学エンドです!と神様は嘆く。まあまあ、と私は彼女をなだめた。
「勝ち目はあります。神様が教えてくれたじゃないですか」
え、と困惑した声が返ってきた。私は笑う。
「秀蘭学園は、たとえ名家の人間でも、成績が悪い奴は決して入学させない。昨日そう教えてくれましたよね?」
(え、ええ…)
「つまり、ここは権力よりも実力――学力がものをいうと思うんですよ。少なくとも学園相手には」
ゲームで木下いずみがどのようにして退学したか、私は知らない。
自主退学か、はたまた学園から強制されたのか…。いずれにせよ、それが自分の望んだものではなく「迫られたもの」であることに違いはない。
秀蘭学園は学生の家柄そのものよりも学力を重視する。学力が高ければ高いほど、学園はその生徒を大事にする。ならばなぜ、庶民の中でも学力がトップで、特待生の枠を手に入れたはずの木下いずみが、いとも簡単に退学させられたのか。
昨日まで私は、一条の権力に学園が屈して、学園が彼女に退学を強制したのだと思っていた。
けれど、たぶんこれは違う。秀蘭が実力主義だという点を踏まえれば、考えられる理由は一つしかない。
(一条椿たちによるいじめで心を痛めて、学力が低下した…?)
そう、それだけだ。
「あくまでこれは仮説ですが、かなり当たっていると思うんですよね。…実際、私はずっと疑問に思っていました。どうして整形したら退学を免れることができるのか」
もし、一条椿が実家の権力を使って私を退学させようとしているのならば。たとえ私が整形してもしなくても、彼女は私を退学に追い込むことができる。だけどゲームでは、整形したら退学を免れてハッピーエンドだ。なぜか。
いじめられなくなったからじゃないかと、私は考えている。たとえ一条椿個人から妬まれていても、ほか多数の生徒からは普通に接してもらえるようになったのではないか。
なにせ昨日と今日の様子を見ると、多くの生徒が私を蔑む理由は「ブスだから」。その原因が解消すれば、多少は普通に接してもらえるのだろう。そのため整形後、木下いずみはいじめに苦しむことがなくなり、成績は上位に維持される。…だから一条椿は彼女を学園から追い出せなくなった。
(なるほど…)
「だから私がこれからすることはただ一つ。木下いずみの学力を維持し、次の中間考査で学年三位以内に入ることです」
一条椿より、ほかの誰よりも高い学力を誇る。それが退学エンドを回避する最善の方法だ。
(じ、地味ですね…)
なんとでも言え。
「派手な一撃より、地味な攻撃をじわじわ続けたほうが有効ですよ」
(はあ…。だから今、図書室にこもっていらっしゃるのですね)
「そういうこと」
今日は朝に須藤と一悶着あった以外には、特に何もなく平和な一日が過ごせた。
平和、というのは語弊があるかもしれない。
なにもされなかったが、四方八方から観察されている気がしたから。
学校が終わると、私はすぐさま三階の図書室に入った。五時まではここで勉強するつもりだ。
幸い図書室に人の姿はなく、私はこうして人目を気にせず神様と会話できている。
パラパラと教科書をめくる。異世界で学ぶことは私の高校時代と大して変わりがなかった。これなら復習に力を入れれば何とかなるだろう。
「…そういえば、今日は一条椿に会わなかったな」
(彼女は木下いずみと同じ1-Cの生徒です。…ですが、かなりの頻度で学校を休んでいます。入学からまだ一週間なのに、すでに二回ほど休んでいるみたいですね)
「それって学園側が黙ってないんじゃ?」
(それが…。一条椿はどうやら入学試験で二位を獲得したらしく、学園側は学力が維持できれば休んでもいい、と考えているそうです)
二位か。すごいな。
「…ちなみに、私は?」
(四位です)
オーマイガーッ。完全に負けている。少し焦った。正直、一条椿がそんなにすごいとは思わなかったから。
「じゃあ一位と三位は?」
(三位はたしか浅野直哉です。一位は…ちょっと待ってください。確か順位のスチルがあったはず)
神様がなにやらガサゴソとものを探しし始めた。あのゲームキャラの中でもメイン中のメインともいえる、浅野直哉が三位。その事実に私は吃驚している。なら一位は誰なんだ。
…頼むから、須藤だけはやめてくれ。
(あ、みつけました!)
神様はそう宣言した後、今度は素っ頓狂な声を上げた。
(…んんん?これは…)
「誰なんです?」
(あ、いえ…。すみません、ちょっとびっくりしちゃって…)
なぜか困惑気味に神様が言葉を紡ぐ。
(一位は…塚本慎、らしいです)
「塚本、慎?」
誰だ。初めて聞いたぞその名前。
(私も初めて見ました…。順位のスチルなんて、いままでまともに見ていなかったので…)
だからあんなに戸惑っていたのか。
…まあ、神様が知らないというのなら仕方がない。今のところその須藤が出てくる気配はないし、たぶん私にとって、こいつは大して重要な人間じゃないのだろう。ならばスルーだ。
私は一条椿を超えることだけを考えればいい。
目の前の机におかれた教科書に視線をそそぐ。…それにしても、今日は疲れた。
さっき一条椿を超えると宣言したものの、今の疲れた状態では教科書の内容に目が通らない。
六時になったらまたラーメン屋の手伝いだし…。ええい、いいや。今はひとまず仮眠をとろう。この図書室、私以外に誰もいないし。誰かが入ってくる様子もない。少し眠るくらい、いいよね。
「神様、五時になったら起こしてくれない?」
(任せてください!)
ふふんと神様が意気込むのを聞いて、私は机の上に突っ伏した。
ああーー、やっぱり寝るのっていいな。何も考えなくていいし。
睡魔が私を襲うのに、さほど時間はかからなかった。