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4.晴れて乙ゲーのヒロインになったが、ラーメン屋の手伝いは忙しい。

ザー…。

風呂場でシャワーを浴びながら、私は悶々としていた。

大変だ、たいへんだ。私――木下いずみに父親がいないだと…


(いませんね)


じゃあ整形の件は誰に相談すればいいんだ。


(母親しかないですよ。唯一の家族ですし)


あ、やっぱり一人っ子なんだね、この子は。うすうすとそうじゃないかと思っていたけれど。

…って、そうじゃない。あんなきれいな顔に生まれた母に整形したいなんてきまずいこと、言える気がしない。違う国籍の人々がお互いのことを分かり合えないように、美人にブス、いや、地味顔の人の苦悩がわかるとは思えない。


(やってみなきゃわからないじゃないですか)

あきれたように神様はつぶやいた。だが、わかる。私にはわかる。たとえ相談したとしても、99.9%の確率で答えはノーに決まっている。


(残りの0.1%に賭けましょうよ)

…嫌だ。負けるとわかっている戦には出たくない。


「いずみちゃ~ん!ご飯できたわよ~」


不意に、下の階から自分を呼ぶ母の声が聞こえた。慌てて返事をして、シャワーの蛇口をひねる。水が完全に出なくなったのを確認して、私は風呂場から離れた。

晩御飯ってなんだろう。ラーメン屋さんだからやっぱりラーメンかな?

…あれ。ちょっと待って。今すごいことに気づいた気がする。


「ねえ、神様」


(はい、さくらさん)


「このラーメン屋さんってまだ営業してるよね」


(そうですね~。ゲームでは詳しく書かれていませんでしたが、この店が木下家の主な収入源と考えていいでしょう。経営をやめれば木下家の家計は火の車になりますよ)


「…じゃあ、大将ってもしかして…」


(父親なき今、母親が引き継いでいるとしか考えられませんね)


「やっぱりか…」

軽くショックだ。儚げ美人に脂っこいラーメン。どう考えてもミスマッチである。

一階に降りると、母が二人分のラーメンをカウンターの上に置いているのが見えた。豚骨のいい匂いが鼻をくすぐる。席に座った母は私を見つけると笑顔で手招きしてきた。


「とんこつ?」


「そうよ~。いずみちゃん、好きでしょう?」


そうなのか。私は味の濃い豚骨よりも、さっぱりした塩味が好きなのだけれど。

カウンター席に座り、ニコニコと笑う母を私はまじまじと見つめる。

ラーメンには詳しくないが、こういう飲食店は結構体力を消耗するはずだ。母のこのひょろい体が飲食店の苦行に耐えられるとは到底思えない。もしかしたら、単にお客さんが少ないだけかな?と失礼なことが頭をよぎった。それを振り払うように、私は丼のスープを一口いただいた。


「・・・・・!!」

その瞬間。口がきけなくなるほどの衝撃を感じた。


「…なにこれ…!おいしい…」

一見くどそうに見える豚骨スープは意外にもあっさりしていて飲みやすかった。コクはちゃんとあるが、決してうるさくはない。これなら何杯でもいける。絶対に飽きない。

続いてメンマに箸をのばす。こちらもほどよくしんなりしているが、シャキシャキ感もある。煮卵も味がしみ込んでいて絶品だ。肝心の麺もしっかりとコシがあり、舌によくなじんだ。


こんなおいしいラーメン、初めて食べた。


「ふふ、いずみちゃんはいつも大げさねえ~。でもそういわれると嬉しいわ~」


作った甲斐があった、と隣で母が嬉しそうに微笑んだ。

そんな母を見つめ返し、私は全力で心の中で謝罪をした。このラーメンなら、たとえ店のレイアウトに問題があっても客は来る。来まくること請け合いだ。


「お母さん、すごいよこれ。ラーメングランプリいける」


「あら、そんなものがあるの?」


「わかんないけど、もしあったら絶対一位だよ」


そのぐらいおいしいもん、と豪語すると、母はまあ、と頬をピンク色に染めた。かわいい。


「いずみちゃんはお母さんをおだてるのが得意ね~」


「事実を言ったまでだよ」


それから私たちは絶品ラーメンを一滴残らず完食した。皿洗いが終わると、母がなにかを手渡してきた。


「あと十分で開店だから、今日もよろしくね~」


渡されたのは三角巾と「麺匠」の名前が入ったエプロン。ああなるほど、お店の手伝いかとすぐに合点がいった。前世ではテレビドラマでしか見ることのできなかったこの光景にちょっと心が躍る。実家の手伝いってなんかいいな。

時刻は五時五十分を回っていた。六時開店か。覚えておこう。

それにしても、あと十分だというのに店の中には私と母しかいない。もしかして私たち二人だけなのだろうか、この店を回しているのは。

だったら大変だろうと思ったが、店にはカウンター席がたったの六つ。席数が少ないから大丈夫だろと判断し、私は特に何も母に質問せずに開店準備を始めた。


・・・・結果から言うと、自分は完全に高をくくっていた。

六時開店十時閉店。たった四時間の間でかなり体力を持っていかれた。

というのも、この店は結構地元で有名らしく、開店からかなりの人が並んできた。

カウンターの六席はすぐに埋まり、一人が席を離れるとすぐさまもう一人がその空席に座り込んでくる。

四時間の間、ほぼずっと満員状態だった。注文を受けて、作って、運んで、片づけて…水を飲む暇もない。

閉店とともに私はげっそりとした気分になった。ラーメン屋の手伝いは思ったよりも何倍も大変だ。

そのことが身に染みてわかった。


ただ、そんな私とは違い、母は強かった。

閉店後、彼女は怒涛の四時間を経ても、まったく疲れを感じさせない笑顔で「お疲れ様」と水を手渡してくれた。


「か、かあさん…」


「うん?」


「全然疲れてなさそうなんだけど…」


「ふふ。お母さん、体力だけは自信があるのよ。昔お父さんに怪力バカってあだ名つけられたしね」


それはあだ名じゃないと思う…。というか、お父さん酷いな。

けれど確かに亡き父の言う通り、母の体力は尋常じゃない。

私よりはるかに多い仕事量をこなしてきたはずなのに、今も元気に明日の下準備をはじめている。


「あ…お母さん、手伝うよ」


「いいの?いずみちゃん、疲れているみたいだけど…」


「うん、いいの。貸して」


一人でさせるのは申し訳ない。私は母の手から卵をうけとり、沸騰した水の鍋に入れた。煮卵づくりだ。


「ねえ、母さん。バイト雇う気はないの?」


さりげなくそう聞いてみる。正直言って今日の忙しさが毎日続くと私は死ぬ。母は大丈夫そうだが、私はもう一人人手がほしい。できれば清掃とか皿洗いスタッフが。


「うーん、そうねえ…」


母は卵の状態を確認しながら考え込んだ。


「いずみちゃんが忙しいときの代理を雇おうとは考えたわ。でも今日みたいな日は私たち二人で大丈夫よ。…欲をいうともう一人ほしいのだけれど…お金がね~」


いずみちゃんにこんなこと言うのもあれなんだけど、と母は苦笑する。

…ああ、そういえば、聞いたことがある。ラーメン屋は毎年五千店舗が新規にできるが、同じ数だけ廃業してるって。

仕入れ代も高そうだし、豚骨とかに至っては煮込みが必要だからガス代も異様に高いのだろう。そういう諸々の費用を売り上げから差し引くと、純利益は雀の涙ほどしかないのかもしれない。


「そっかあ…」


「あ、でもいずみちゃんがバイトの子がほしいって思ったら、お母さん募集してみるわ~」


「え!いいよいいよ、言ってみただけだから!」


そう言ってこの話はいったん終わった。


…そして迎えた、この世界で初めての夜。

家の狭さから、案の定私は母と同じ部屋に寝ることが判明した。寝室は一部屋しかないらしい。

今日はじめてあった今世の母と床を共にするのは慣れなかったが、不思議と抵抗はなかった。

だが、今日はそのまま寝るわけにはいかない。

隣で母が熟睡したのを見届けて、私は寝室にあるタンスに手を伸ばした。

ふつうならここにあるはず…。あ、やっぱりあった。


「通帳、みっけ」


(なんですかさくらさん。もしかして悪事を働こうと!?)


妙に興奮した様子で神様が絡んでくる。この人は本当に神様なのか。今更ながら疑いたくなる。


「違うよ…。ちょっと預金を確認しとこうかと思ってね」


パラパラと通帳をめくり、最後の欄を確認する。やっぱり、と思った。


(なにがです?)


「預金、店が繁盛している割にあんまりないんだよね。やっぱりガス代とかめっちゃ高いのかな…」


(でも整形する分の費用はありますよね?)


「…あるにはあるけど…」


正直、気が進まない。母の努力の結晶を私の顔に使うなんて。今日一日を経て、私は母のことを少し理解できたつもりだ。優しい彼女なら、整形の理由を理解できなくても、「いずみちゃんが望むなら」とこころよくお金を渡してくれるだろう。


(いいじゃないですか。これで問題なくハッピーエンドへ直行できますよ)


「・・・・・・・・」


本当にこれでいいのか、もやっとする。

とりあえず、この問題は明日また考えるとしよう。

明日にまた選択肢が出てくるって言ってたし。

通帳をタンスに戻し、母を起さないように布団の中に入った。


…あの学園にまた行かなければならないのは憂鬱だが、仕方がない。

なるようになるだろう。何事もそういうもんだ。

目を閉じ、私は眠りにつく。


異世界での夜は酷く静かだった。

次回!イケメン攻略者たちがでてきます(やっと…)

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