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3.晴れて乙ゲーのヒロインになったが、母が美人過ぎる。

「ラーメン 麺匠…」

赤字に白い文字がでかでかと書かれた古い看板をながめ、思わずつぶやいた。

どうやらここが自宅らしい。自転車を店の近くに停め、私はおそるおそる扉の取っ手に手をかける。…が、扉はこちらが押す前に自ら開いた。


「!?」

「いずみちゃん、お帰りなさい!」


店の扉の向こう、そこにはこれまた色白な黒髪美人がいた。…今日はやけに美人ばかりに出会っている気がする。一条椿も大変見目麗しいのだが、目の前の人とはまた風格が違う。「美人薄命」を体現したかのような儚げ美女が扉の向こうに立っていた。その人は、私を見たとたん目を丸くする。


「まあ大変!ずぶ濡れじゃない…一体どうしたの?」

「え…えっと…」


年季の入ったラーメン屋さんの客としては似ても似つかないような人だ。誰なんだろう。


(この方はいずみの母、木下ゆきです)

母親かあ…。え、母!?女子大生かと思ったよ・


(今年で36歳ですね)

まじか。あやうくだまされるところだった。

でも、母…お母さんかあ…。


「いずみちゃん…?」

目の前の母がコテンと首をかしげる。かわいい。女子大生でも女子高生でも、うまくいけばどっちでも騙れる顔だ。


「あ、えっと…。ちょっとプールで躓いちゃって。気が付いたら落っこちちゃってたんだ」

さすがにいじめられていますなんて言えない。私はとっさに言葉をつむいだ。


「あら!いずみちゃんは相変わらずおっちょこちょいね~」


うふふと母は柔らかく笑った。ちょっとこっぱずかしい。見たところ、今世の母はずいぶん優しげな人のようだ。私は思わず安堵の息をついた。


今タオルを持ってくるからね、と言い残し、母は店の奥へと姿を消した。どうやら店の奥が自宅みたいだ。青地の暖簾で区切ってある。手持ち無沙汰な私は、ぐるりと店内を見渡してみた。古びたラーメン屋さんの内装は、これまた予想を裏切らずにずいぶんとボロボロだった。壁の漆をところどころはがれているし、メニュー表もどことなく古びている。カウンター席からのぞく厨房も、きれいに片付けられてはいるが、ずいぶん使い込んでいるということは容易に推察できた。おまけに店の空間自体が縦に狭いので、席数もカウンターの六席のみと少ない。

昔からの常連客でなければわざわざ食べにきたくはならないだろう。そのぐらい、この店は外観内観ともに地味で人の目を引かない。肝心のラーメンがおいしいかどうかはわからないから何とも言えないけど。

そこまで考えて、ふと思った。先ほどの儚げ美人の母はここに住んでいるのだから、普段はここで働いているのかと。

…いや、ないない。絶対ない。あんないかにもいいとこ育ちな顔をしている美人さんが、こんなしょぼい店で働くところなんてどうしても想像できない。…あ、わかった。たぶん父親がこのラーメン屋さんの店主かなんかで、母は嫁いできて一緒に住んでいるだけなんだ。で、普段は近くのスーパーマーケットでパートの仕事をしていると。

うん、そうに違いない。こっちのほうが容易に想像できる。

…お父さんにはまだあってないけど、今は買い出し中かな?


「いずみちゃんおまたせ!これで拭いてね」

そこまで考えをはせていると、母が暖簾をくぐって帰ってきた。左手に持ったタオルを私に手渡してくる。ありがたく使わせてもらった。

あとでお風呂に入ってね、と笑う母にこくりとうなずいた。よく笑う人だ。見ているこちらも心穏やかになる。こんな素敵な美人を嫁にもらえた父はさぞかし幸せ者だろう。

すると、母はじっと私を見つめてきた。…なんだろう。


「入学から今日で一週間ね!新しいお友達はできた?」

と、突然彼女は核心をついた質問をしてきた。ぎくりとする。今日の様子から見て、木下いずみに友達はいない。群がってくるのはいじめっ子ばかり。けれどそれを言うわけにもいかないから、私はごまかすことにした。


「うん、まあ…一応?」


「そう!良かったわ~。お名前は何とおっしゃるの?」


「え、えーと」


しまった。名前か…なんていえば…


「…小山さくら、とか?」


焦るあまり前世の名前を口走ってしまった。何を言っているんだ私!

頭の中で神様が大爆笑しているのが聞こえてくる。神様だけど、神様だってわかってるけど、爆笑している彼女を私はものすごく殴りたい気分になった。…だって、思いつかなかったんだ、ほかの名前が。

焦る私と、笑う神様。唯一事情を知らない母は、まあ!と目を輝かせた。


「さくらさん!素敵な名前ね~」


うん、ありがとうございます。


「どんな方なの?今度お会いしてみたいわ~」


今あなたの目の前にいます…。


「今度うちに招待したいわ~。さくらさん、ラーメンはお好きかしら?」


「うーん、どうかな…。普通だと思うけど…」


前世ではラーメンなんて数か月に一度ぐらいしか食べなかった。どちらかというとうどん派だ。

母はそう、とほほ笑み、小さくため息をついた。


「…よかった。お母さん、いずみちゃんが秀蘭に慣れるかどうか心配していたの」

だってあそこはお金持ちばかりが集まる学校でしょう?と彼女はこぼす。


「でも、その様子じゃ大丈夫そうね!もしなにかあったらお母さんに言ってね。奨学金がなくてもいける学校もいくらでもあるんだから」


「うん、ありがとう…母さん」


「ふふ。じゃあお母さんは晩御飯の準備をしてくるわね。いずみちゃんはお風呂に入ってね」


「わかった」


母がカウンター席の奥にある厨房に入ったのを見て、私も暖簾をくぐった。暖簾の先には階段があった。なるほど、プライベートスペースは二階なのか。こういうところに住んだことがないから、ちょっと新鮮。


…さっきの母の話しぶりから察するに、木下家にはお金があまりないのだろう。だから木下いずみは家庭の負担を減らすため、頑張って秀蘭の特待生という座をもぎとったんだ。すごくいいこじゃん、この子。

そこでふと、先ほど学校の廊下で聞いた言葉を思い出した。


『よりにもよって椿様なんて。退学するまでこっぴどくいじめられるんじゃない』


ぞわり。背筋に冷たいものが這い上がった。

もし、神様の言う通りに整形をしなければ、私はあの学園で永遠にいじめられ、その果てに退学を強いられるのだろうか。…ありえない話ではない。むしろ、あの一条椿なら名家の権力にものをいわせてやりかねない。…もしそうだとしたら、この子の努力は無駄になる。国内一の私立高の特待生枠に入るなんて、どんなに努力をしたのか凡人の私には想像もつかない。けれどきっと死ぬ気で勉強したに違いない。

それなら…この子のためにも、やっぱり退学を回避するために整形すべき?


(そうですよ。整形を選ばなければ退学ルート、すなわちバットエンド直行です)

神様が話しかけてきた。


(ゲームではバットエンドを迎えてもロードしてやり直しがききます。けれどここはゲームの世界であってもゲームではない。時間の巻き戻しは不可能だということを、先に言っておきますね)


ですから絶対明日は「はい」を押してくださいね!明日を逃せば、もうこの選択肢は出てきませんから!と神様は私に念を押した。

わかってる。私のイージーライフのためにも、この木下家のためにも、整形して退学エンドを回避する必要があることは。

ただ、疑問が一つだけ残っている。

その「整形」するための費用が、どこにあるのかということだ。


(うーん…。それは私にもわかりません。ゲームでは描写もされなかったシーンですし…)


わからんのかおい。これって結構大事なんだけど。


(すみません、テレペロ)


…この神様の性格をここ数時間で掴めてきた気がする。

まあともかく、こんなボロ家に住む以上木下家にお金がないのは確かだ。けれどゲームの中で木下いずみが何の問題もなく整形できたということはすなわち、私にもできるということ。資金面は多分、問題ない。…節約するために秀蘭に入ってきたから本末転倒な気もするが。


(節約のためだけではありませんよ。秀蘭の卒業生は、一般生特待生関わらず将来が明るいといわれているのです。秀蘭の名をあげれば、どんなに難関な名門大学にだって通えますし、まず就職先に困ることはありません)


そんなにすごい学校だったのか、秀蘭は。


(ええ。金持ち学校ではありますが、学力がないものはたとえ名家の子息であっても受け入れないのが秀蘭のモットーらしいです。ですから一条椿も、浅野直哉もそれなりに勉強ができるみたいですよ)


「へえ…」

金持ちの上に秀才、か。最強じゃん。


二階にあがり、風呂場の洗面台の前に立つ。

はじめてみる、鏡に映った今世の容姿は、お世辞にも美人とは言えない顔だった。

だからと言って決してブスではない。中の上、というべきか。

これと言って素晴らしいパーツはなく、全体的に地味な顔。たしかに一条椿とその取り巻きの絶世美女軍団からするとこれはブスの枠に入るだろう。人ごみのなかでまぎれたら絶対に見つけるのに苦労しそうなモブ顔をしている。

あの母の子としては似てなさすぎる。赤の他人レベルだ。


(公式設定に父親似と書かれていますね)


そうなのか…。じゃあ、整形費用についても母ではなく父に相談しよう。同じ地味顔同士、もしかしたら分かり合えるものもあるのかもしれない。それに、木下家の財産管理をしているのも、きっとこの家の大黒柱である父だ。…うん、そうに違いない。父が家に帰ってきたら、早速相談することにしよう。怖い人じゃないといいな。


(うーん…さくらさん、素晴らしいアイデアを思い付いたところで悪いんですけど…)


完璧なプランを頭の中でねりあげたとたん、神様が言いにくそうに言葉を濁した。なんか、神様らしくないな。


「どうしたんです?」


そう聞くと、神様は言葉を選ぶように答えた。


(木下いずみの父は、もうお亡くなりになっています。…彼女が四歳の時に)


「え」


えええええええええええ…


「それってまじですか」


(大まじです)


木下いずみ。どうやら学校での立ち位置だけではなく、家庭環境も悲惨らしい。

勘弁してくれ。

ゲーム攻略者たちが全然出てこない笑 申し訳ないです

予定では五話でイケメンたちが出てきます。四話はひきつづき、木下家のことをかいていきます。

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