2.晴れて乙ゲーのヒロインになったが、自宅が予想外だった。
キーンコーンカーンコーン…
一日の終わりを告げる鈴が校内に響き渡った。その音につられて私は立ち上がる。
現状の把握は正直まだできていないが、ざっくりいうと、私はこの世界ではいじめられっ子らしい。
整形しなければこの絶望的な状況は変えられないんだと。
神様は整形しないと話は進まないと訴えていたが、するかしないかはこの際置いといて。
とりあえず私は、今世のマイホームへと帰ることにした。
「神様、私の家はどこ?」
そう聞くと、神様は頭の中で返事をしてくれる。
(ご自宅はこの学園から自転車で15分ぐらいです。任せてください、道のりはきちんとインプットしてありますよ!)
そういえば、私はなぜ神様とこうやって頭の中で会話ができるのだろう。一瞬疑問に思ったが、深く考えないことにした。思えば転生すること自体非科学的なのだ。それもゲームの中に、だ。脳内会話なんてそれに比べれば不思議の域に入らないだろう。
「よし、じゃあ案内して」
(らじゃです!)
プール場から校門へ移動する間、私は悪い意味で目立った。
移動する間に出会った生徒たちが、ずぶ濡れの私をみて、すれ違いざまに様々な視線を向けてきたのだ。
好奇心を孕んだ視線、蔑みの視線、そしてかすかに聞こえる嘲笑。
「ねえ、あの子が噂の"特待生のブス子”でしょ?」
「そうそう、入学初日に椿様の怒りを買ったって噂の」
「うわあ~ご愁傷様。よりにもよって椿様なんて。退学するまでこっぴどくいじめられるんじゃない」
ま、ブスだから仕方ないよね。
そんな悪意のこもった笑い声が聞こえてきて、思わず私は歩みを速めた。
前世ではこういった経験がなかったのだ。こんな直接的な悪意への耐性はゼロといってもいい。
やっとの思いで校門へとたどり着き、自分の自転車を見つける。あとは神様が指示する方向へ向かうだけだ。
それにしても…一体この木下って子は入学初日に何をやらかしたんだ。
(そうですね~。いずみさんは入学式当日、数年ぶりに幼馴染の浅野直哉とこの学園で出会ったので、思わずはしゃいでしまったんですよ。親しげに「ナオくん」と呼んで。それが一条椿の逆鱗にふれてしまった、と、ゲームの設定集に書いてありました)
浅野直哉…先ほどプールで椿と呼ばれた女王様が口にした名前だ。まだあったことはないけれど、幼馴染なんだな。私とその直哉とかいう奴は。
「でもどうしてそこで椿さんが怒るわけ?別に久々に会った幼馴染を愛称で呼ぶぐらい、どうってことないでしょ」
もしそれが原因でいじめられているのだとしたら、なんとも不可解だ。
(それが問題大ありなんですよ)
神様が静かに言う。嫌な予感がした。
「…というと?」
(浅野直哉と一条椿は、中学生のころから婚約を結んでいます)
「へえ…?」
(つまり、一条椿は入学当初、親しげに婚約者の愛称を呼ぶ女を見て、その子を敵だとみなし排除しようとしているわけです)
「えええ…」
なんだそれ。嫉妬深いな。
「中学生の頃からの婚約とかありなの?」
(そこはゲームの世界なので、深く考えちゃだめですよ、さくらさん)
神様になだめられた。
それから家に帰るまでの時間、私は神様からこの世界のことを説明してもらった。
まず、ここは現代日本に酷似した世界であること。だいたいの文化風習は日本に似ているが、節々に違うところがあるらしい。
そして私は、私立秀蘭学園という、国内で一、二を争う金持ち学校の一年生だということ。入学してから今日で一週間を切ったらしい。一週間でいじめがここまで発展するなんて末恐ろしいことだ。ちなみに、今の私――、木下いずみは庶民である。庶民である私がなぜ金持ち学校にいるのかときくと、神様は「いずみさんは特待生として秀蘭に来られたんです。特待生は高額な授業料も入学費用もなにもかも全額免除されるので、庶民であれば誰しも一度は夢見る枠ですね」と話してくれた。
なるほど、特待生か。いい響きだな。
ということは彼女、そうとう勉強頑張ったんだろうな。
少しこのヒロインに尊敬の念を抱いてきた。
神様はついでに、このゲームの登場人物についても詳しく話をしてくれた。
まずは浅野直哉。ヒロインは小学生のころ彼と仲が良かったらしい。というのもそのころの直哉はいずみと同じ庶民で、同じ小学校に所属し、どこにいくにも一緒だったとか。しかし、小学校高等部に上がると彼は突然転校し、音信不通に。再び出会ったのは一週間前の秀蘭の入学式。ヒロインは彼に親しく挨拶するも、すべて無視されたようだ。どうやら彼は音信不通になったこの数年間で、浅野ホールディングスという巨大会社を営む浅野家の養子として受け入れられたようだ。つまり今の彼はもう庶民ではなく、金持ちの仲間入りを果たしている。超展開すぎだろ。空白の五年間でなにがあったんだ。
そして先ほど私をプールに突き落としたらしい、学園の女王様、一条椿。こちらも一条家という由緒正しい一家の跡取り娘。一条家はこの世界での金持ち一家ランキング前三位に入る名門らしい。学園での影響力は抜群ということか。そして彼女は婚約者の浅野直哉にぞっこん。直哉に近づこうとした者は全員排除しようとしているとか。…私の立ち位置の危うさを再確認できた。
そのほかにも攻略対象として、おちゃらけ者の須藤や俺様の湯本の紹介を聞かされたが、正直前二人のインパクトが強すぎて全然話が頭に入ってこなかった。
「浅野直哉ねえ…」
(あ、いいところに目を付けましたね!私の調べによると、このゲームでは彼が一番人気のキャラクターですよ。もし気になるなら、整形したら彼を落としましょうか!)
「…いやいや、そういうつもりでつぶやいたわけじゃないですよ」
ずいぶん厄介だなと思っただけだ。先が大変そうだ。
いろいろ考えながら自転車をこいでいると、突然神様が声を上げた。。
(あ!さくらさん!ここですよ、ここがご自宅です!)
その声に応じて上を見上げる。すると大きな看板が目に入った。
「ラーメン 麺匠」
どこからどうみてもラーメン屋さんだ。しかもずいぶん年季が入った感じの。
自宅が普通のアパートの普通の一部屋だとばかり思っていた私は、目をぱちくりとさせた。
「ここがマイホーム…?」