1.晴れて乙ゲ―のヒロインになったが、何かがおかしい。
「・・・・っ!かはっ、」
意識を取り戻したとき、私は水の中にいた。
どんどん沈んでいく酸欠気味な体に、とっさにまずいと思い抗った。
何度か水中でバタつき水面に出る。目の前に広がるのは高校生の時に見慣れた懐かしい風景。
どうやらここは学校の屋外プールらしい。
「あら、何を勝手に浮き上がっているの?わたくし、許可した覚えはないのだけれど」
頭上から声をかけられたので、上を見上げる。
するとそこには三人の超絶美人が立っていた。正確には、性悪そうな超絶美人が。
「ほんとよ。椿様にたてつくつもり?」
外ハネボブの美人が嗤う。
「校内一ブサイクのくせに、身の程を知らないやつね」
セミロングの美人もつられて嗤った。
「こんなのが直哉の幼馴染だなんて、本当に直哉がかわいそうだわ」
そして黒髪ストレートの美女…椿と呼ばれた彼女は、まるでゴミでもみるような蔑んだ目でこちらを睨んだ。
ん?まってまって。状況が理解できない。
たぶん今、私はもう人生セカンドラウンドに突入しているのだろう。その証拠に、この三人は私の知人らしいがこちらからするとまったくの初対面だ。
てっきり赤ちゃんからの人生かと思ってたのに、高校生からのスタートかよ。
少しがっかりしたが、問題はそこではない。
この人生、ハードモードの気配がバンバンするんですけど。
だって転生して初っ端からこれだよ?どこをどう考えてもこれ…いじめだよね?
「木下さん、もう一回だけ忠告してあげる。…早く転校しておしまいなさいな。この学園は、あなたには似合わなくてよ」
そう言い残し、最後にオホホホと笑いだしそうな顔で三人は去っていた。
プールに水浸しな私一人だけが取り残される。急な展開にぽかんとしていると、頭の中に突如選択肢のようなものが浮かんできた。
整形しますか?
>はい
>いいえ
…なんだこれ?
突然過ぎてついていけない。とりあえず私は「いいえ」を選択した。
そのときだ。耳を劈くような悲鳴が脳裏に響いたのは。
(ぎゃあああああー!なにをしているのですかさくらさん!そこははいです、はいを押さなきゃならないところなんですよ!!)
そのハスキーボイスに思わず耳を塞ぐが、この声、ついさっき聞いたぞ。
「…神様?」
(はい、神様です…。もう、なんてことをするのですか!はいを選択しなければ、この物語は進みませんよ!)
「いや、言ってる意味が分からないんですけど…」
(もう。こんなことなら転生前にちゃんと説明しとけばよかったですね)
そう言って神様は嘆いた。ほんとだよ。そういえば転生前、乙女ゲームのヒロインになることは聞いたけれど、具体的なことは何一つ聞いてなかったことを今更思い出す。
(いいですか、さくらさん。ここは巷で今大流行な乙女ゲーム「ラブ・リベンジ」の世界。あなたはそのヒロインの木下いずみ。今をときめく16歳。私立秀蘭学園の高校一年生です)
なるほど。だからさっき、学園の女王様みたいな人に木下と呼ばれていたのか。
「…全然ときめいてなさそうなんですけど。神様、さっきの見てましたか?この木下って子いじめられていましたよね?」
(はい。それがこのゲームのプロローグですからね)
なんて鬼畜な世界なんだ、この乙女ゲームなるものは。
(「ラブ・リベンジ」のあらすじは、学園の生徒たちにブスだと笑われ蔑まれてきた主人公が、とてつもない美人に整形してイケメン彼氏をゲットし、いじめっ子たちを見返すというものなんです。だからさっきの選択肢、はいを押さなきゃいけなかったんですよ。すみません、もっと早くに言っておけばよかったですね)
イベント中だから邪魔したくなくて…と神様は妙なことを言う。
だけど、そんなことはどうでもいい。
「…つまり私は整形しなければいけないと?」
(はい。そういうストーリーですから。整形をしなければいつまでたってもいじめられ、絶望的な日々を送らなければいけません。しかし!一旦整形してしまえば、超絶美人に生まれ変われるわけですから、バラ色の生活が待っていますよ)
イケメンたちとキャッキャウフフし放題です!と神様は鼻息荒く語った。
私は軽く眩暈を覚えた。
つまり、整形しなければ人生ハードモード、整形すればイージーモードということか。
想像していたのとはまったく違う。もっと普通の世界に転生したかった。
(とりあえず、今日はもう学校はおしまいです。家に帰りましょう、さくらさん。私の記憶では、二日目にまた整形の選択肢がでてくると思うので、そこではいを押せばいいのですよ)
万事おっけーです。困ったときは私を頼ってください!と神様は自信ありげに言う。
「はあ・・・」
思わずため息をつく。どうやら私は、とんでもなく面倒な世界に転生してしまったらしい。
小山さくら、もとい―― 木下いずみ。乙ゲー世界でのハードモード人生が今、幕を開けた。