0.小山さくら、晴れて乙ゲ―のヒロインになる
突然だが、皆さんは「乙女ゲーム」なるものを遊んだことがあるだろうか。
乙女ゲーム、というのは所謂イケメンとイチャイチャするのが目的のゲームらしい。一人の男に愛を注ぐのもよし、大勢の男に愛されるのもよし。とりあえずヒロインは何をしてもイケメンたちから可愛がられ愛をささやかれる、そんな理不尽なゲームのようだ。そして乙ゲ―のヒロインたちは、必ず自分は平凡な女の子とゲームの初めに自称するが、その殆どが目を見張るほどの美女らしい。そのせいか攻略対象の男の好感度も初めから+50はあるそうだ。そんな世界、ヒロインだけが人生イージーモードでほかの女子はハードモードに違いない。ご愁傷様である。
…さっきからずっとらしい、そのようだと連呼しているのは、私が乙女ゲームを遊んだことがないからだ。
私は小山さくら。ごく普通の経済学部の大学一年生。順調にいけば春に二年生へと進級するはずだったが、人生とは予想もつかないものである。ある日の帰り道、私は不幸にも通り魔に腹部を刺されてこの世を去った。
目の前で犯行が成功したことに喜ぶ通り魔の男を見て、私は今更ながらに思った。ああ、そういえば最近女子大生を狙う事件が多発しているなと。
こんなことになるなら、冷蔵庫にある焼きプリン、もったいぶらずに朝に食べとけばよかった。
ふと後悔が脳裏をよぎる。
そうだ。こんなことになるってわかってたら、きっとあの人とも、分かり合おうと努力できたはずなのに・・・
そこで、私の意識は途切れた。小山さくら、19歳、五反田の裏路地にて死す。
――そして再び目を覚ました時、目の前には真っ白な空間が広がっていて、私の正面には可憐な少女が正座していた。
ここが天国かと一瞬考えたが、すぐに、いや、違うかもしれないと思いなおした。
目の前に座る天使のような少女は確かに可憐だった。可憐だったが少々天使としてはいただけない部分がある。
少女が着ている服は「我、神ぞ」とでかでかとプリントアウトされたTシャツにジーパンだった。
「・・・あの、誰ですか?」
思わずそう尋ねると、天使はにっこりとほほ笑んだ。
「神です」
へー、天使じゃなくて神だったんですね。だからTシャツで神アピールしてるんですね。
頷きそうになったが違う。まだまだ疑問はたくさん残っている。
「えっと、ここはどこです?」
「ここは天国と地獄のはざま。未練のあるものがとどまる場所です。
小山さくらさん、私はあなたが亡くなられる前、強い後悔の念を抱いたのを感じました。
だからあなたを天国へ送る前に、少し話し合いがしたかったのです」
強い後悔の念…プリンのことかな。
「はあ…話し合いとはなんでしょう?」
「さくらさんは生前、恋愛経験が全くなかったとか」
突然そんな話を振られて戸惑う。確かに、恋愛なんて今までしたことなかったけど。
「確かにありませんでしたね。それが何か?」
「勿体ないです。新しい人生を差し上げるので、今度はきちんと恋愛してください」
え。いきなりそういわれても困るんだけど。
きりりとこちらを見据えるかわいらしい神様に、私は困った笑みで返すことしかできない。
「私は恋愛とか興味ないので別にいいんですけど…」
「大丈夫です、もう転生先は決まってます。下界で今人気急上昇中の乙女ゲームのヒロインですよ。盛大に喜んでくださって構いません」
「ん?おとめ・・・なんですかそれ」
そう聞くと神様は愕然とした表情で私を見た。え、もしかして常識なのかなこれ。だとしたら知らないって恥ずかしい。内心少し焦っていると、神様は説明をしてくれた。
「まさかこのご時世、乙ゲ―を知らない方がいらっしゃるとは…。簡潔に言うと、顔面偏差値が異様に高い男性たちに囲まれてキャッキャウフフするゲームのことです」
「キャッキャウフフ」
「はい、キャッキャウフフです」
恋愛をしたことがない私には、自分がイケメンたちに囲まれて浮かれる図がどうしても想像できなかった。想像できなかったが、仕方がない。本音をいえばこのまま天国へいきたいけれど、神様は私の転生先をわざわざ見つけてくれた。それを無碍にするほど自分は失礼な奴ではない。
なにより、ゲームの説明を聞く限り、ヒロインの人生はかなりイージーモードらしい。そりゃそうだ、イケメンをたくさん従わせてるんだから。
別にイケメンを従わせたくはないが、イージーな人生は歓迎だ。
「…わかりました。その乙ゲ―のヒロインとやらに転生します」
「ふふ、いい返事がいただけてうれしいです。では早速、新しい人生へと向かいましょうか」
神様は立ち上がり私の手を取った。いつの間にか、真っ白な空間にぽつりと白いドアができあがっている。
「その扉を開けて、前に進んでくださいね。…あなたの新しい人生に、幸あらんことを」
祝福のことばを口にし、神様は私を見送った。
扉を開けた瞬間、まぶしい光が私を包む。そのあまりにもまばゆい光に目をつむりながらも、私は扉の先へと一歩足を踏み込んだ。
――扉の先は、新しい人生の始まり。イージーでラブにあふれた人生の始まり。そう、そのはずだった…。