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贄と邪竜  作者: 藤ともみ
3/6

竜宮城


「もし、もし……!」

 優しい声に呼びかけられて、茜は目を覚ました。

 まず目に入ったものは、鏡かと思った。自分の顔が、自分を見つめているからだ。

「ああ、気が付いたんですね? よかった……。」

 しかし、目の前の自分は、自分のものではない言葉を紡いでいる。

 そして、目の前の自分は、綺麗に化粧をしていて、珊瑚や貝殻や金でできた美しい豪華な髪飾りをいくつもつけていて、異国の姫君が身に着けるような、色鮮やかな着物をまとっていた。

「葵……兄さま……!」

 自分にそっくりな人物など、茜には兄以外思い浮かばない。

 まさか、生きた葵と再び会うことができるなど思ってもみなかった茜は、驚いたのと嬉しいのとで、すぐには何と言っていいかわからない。

 しかし、目の前の人物は、茜のことなど、初めて見たような反応をしている。

「兄さま……? かわいそうに、まだ意識がはっきりしないんですね……それにしても、不思議です。私とあなたの顔は、とてもよく似ているのですね。」

 もしや、竜神の力によって、地上での記憶を消されてしまったのだろうか? あり得る話だ。きっと、女物の装束を着せられているのも、何か事情があってのことに違いない。

茜は竜神を憎らしく思った。忌々しい邪竜は、兄を自分たちから引き裂いて、その上、大切な思い出までも奪ってしまったというのか。そして、事情はわからないが、恐らくは竜神のせいで、兄は女の恰好をさせられているのに違いない。なんという強欲で悪趣味な化け物だろう!

「……失礼、しました。こんな素敵な女性を兄と見間違えるだなんて。」

取り敢えず、茜は平静を保って、目の前の相手に調子を合わせることにした。身体を起こして、相手に膝をついて、まずは挨拶をする。

「私は、葵、と申します。」

 そう名乗ってみて、茜は相手の反応を窺ったが、葵という名を聞いても特に目立った反応は無かった。

「私のことは、凪とお呼びください。ようこそ、竜宮城へ。」

 そう言って、目の前の人物は優美なお辞儀をした。村に、こんなに雅やかなお辞儀ができる女性はいない。都の姫と並んで立っても遜色ない美しさと気品に溢れている。

「まずは、竜神様にご挨拶してください。その後は、食事とお風呂を用意致しますから、今日はゆっくり休みなさいな。明日になったら、この竜宮城を案内しますね。」

 凪は、無邪気に言うと、身支度を、と言ってぱんぱんと手を打つ。

 侍女が出てくるのかと思いきや、櫛やら衣やらを器用に口にくわえた魚たちが現れたので茜は仰天してしまった。

「驚きました? ここ、海だから住人の殆どは魚たちなんです。でも、とっても器用だから安心してくださいね。」

「あの……失礼、着替えは一人でできますので、外に出ていていただけますか? 終わったら声をお掛けしますから。」

 茜の言葉に、凪は一瞬きょとんとしていたが、あなたがそう思うなら、と言って、道具と着替えを渡すと部屋を出ていった。

 渡された着物を広げてみると男物のようだったので、茜は安堵した。


 髪をすき、身支度を整えた茜は、凪に連れられて、竜宮城の中心部へと連れられた。

 巨大な大広間の奥に、巨大な、誠に巨大な玉座があった。その上に、白銀色の鱗を持つ竜神がとぐろを巻いて鎮座していた。

「……。」

 竜神は、感情がわからない青い瞳で、じっと茜を見つめている。

 茜は、ここに太刀さえあれば今すぐにでも斬りかかりたい気持ちで、もう目だけで竜神を射殺せるのではないかと思われるほど、鋭い目で竜神を睨んだ。

 心配したのは、凪のほうである。

「あの、葵さん、挨拶を……名乗っていただかないと、竜神様もなんとあなたをお呼びしていいのか。」

 しかし、今の茜に凪の声は届いていない。先に口を開いたのは竜神の方だった。

「……私は、生贄を求めていないぞ。どうして、お前がここにいる。」

 竜神の厳かな声は、それだけで、聴いた者に恐怖心を呼び起こす。

 茜は、不覚にも恐怖で脚がすくんでしまった。辛うじて、睨み返したが、いざ、声を出そうとすると唇が震えてしまう。

それに、今この場で竜神に対してどんな言葉を言うべきか、茜は判断がつかなかった。水中を呼吸できる宝玉は手離してしまい……何故かこの城の中では陸と同じように呼吸ができているが……帯刀していた太刀も、起きた時には傍になく、今の茜は丸腰だった。ここで、竜神を倒しにきた、などと宣言しても、この場で殺されて終わりだろう。しかし、それにしても何と誤魔化して良いのか、茜は思いつかなかった。

竜神は、言葉に詰まっている様子の茜から、凪に目を向けた。

「凪。この者を、すぐに陸へ返してきなさい。」

 竜神の言葉に、茜は焦った。

「ま、待ってくれ!」

 せっかく出会えた、凪と名乗る兄をここから助け出して、父のもとに帰りたい。一人で戻ってしまっては、何の意味もないではないか。

 傍らにいた凪も、戸惑いながら言った。

「竜神様。せめて、城でもう少し休んでいただいてから返してあげることはできませんか? この方、とっても疲れていらっしゃるんです。」

 凪の言葉に竜神はしばし瞼を閉じた。そして、再び目を開けて言った。

「青年よ。食事を摂ってきなさい。そして、よく休むが良い。早く疲れを癒し、できるだけ早く地上に戻ることだ。ここは本来、人間が来ていいところではないのだから。」

 そう言って、竜神は玉座から立ち上がった。もう話は終わったという、それは合図だった。

「……くそっ!」

 茜は床に拳を叩きつけた。竜神が憎らしく、また、己が情けなく、凪が止めるまで、茜は床を殴り続けていた。


 それからしばらくして、竜神の部屋に、凪が入ってきた。

「……あの青年の、様子はどうだ?」

 竜神が尋ねると、凪は戸惑いながらも答える。

「ずっと、竜神様は邪竜だ、とか、あなたもここから逃げるべきだ、とか、訳のわからないことをずっと言っていて……。」

「……いきなり陸から海底にやってきて、混乱してしまうのは無理もないだろう。しばし、彼を慰めてあげなさい。」

 竜神の言葉に、凪は、はい、とうなずく。

「聖堂にだけは、近づかないようにと、十分注意致します。」

「……いや、敢えて話題にしない方が良い。『絶対に入るな』と言われれば、何が何でも入りたくなる……そういう人間だよ、あれは。」

 竜神の言葉に、凪は首を傾げた。凪からすれば、禁止されているものを敢えて破ろうとする心理は、理解に苦しむようであった。

「それにしても……あの葵という御方、私にそっくりですね。」

 凪姫は、竜神に興奮気味に話す。

「……そう、だな。世の中には、そうしたことも、あるのかもしれない。」

 竜神は、落ち着いた様子で答えた。

「あの、竜神様……あの方は、一体。」

「お前が気にすることはない、凪。たまたま顔が似ている人間など、そう珍しくもないよ。」

 竜神は、穏やかな声で言って、凪に早く休むように言った。



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