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アラヒトガミ  作者: 山兎。
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肆話

 え、なに、なんで。なんでこんなところに妖しが。


  神社は聖なる領域である。あやかしでもそう簡単に侵入することは不可能とされていた。


  だが、このあやかしはどうだろう。

 突然目の前に現れたどころか結界を破ったらしき傷もなどどこにも見当たらない。

 尾が一本しかないのを見たところ、それほど位が高い狐とも考えづらい為、結界を自らの力を持ってして破ったとも考えにくい。

 一体何がどうなっているのだろう。輪廻は気が動転していた。


  暫しぼんやりしていた妖狐はやっと意識がはっきりしてきたようで何度か瞳を瞬かせた。

 長いまつげが白い肌によく映える。まるで人形の様に美しい少女に輪廻は少しの間見蕩れていると、相手もこちらに気がついた様で妖狐と目があった。


  妖狐の瞳が真っ赤に発光する。


 あ、これはまずい。


 と、気がついたときにはとき既に遅く、首に与えられた圧迫感に、気道が確保できない。

 

 妖狐の手が、輪廻の首を持って地面に押さえ込んだのである。


  薄く開かれた輪廻の瞳に妖狐が映る。鈍く発光した瞳は、憎しみや怒りの現れであり、妖怪にはよくある現象なのだという、ああ、この子も憎悪から生まれた妖しなのかと、輪廻はやや複雑な感情で、息ができない苦しさに涙を浮かべるのだった。


  だが、その苦しさも束の間、直ぐに妖狐の手から力が抜ける。

 いや、力が抜けたというよりは力が入らなくなったという方が正しいだろうか。


 これには妖狐本人も驚いた様子で戸惑ったような表情を浮かべていた。


「お前、一体何をした!」


 若干の戸惑いと怒りのこもった言葉。

 そんな彼女の声は、どこか大人びた印象を感じさせる美しい声だった。

 初めて彼女が発した言葉に、輪廻は、ああ、人の言葉がわかるんだ。とやや安心した。


 妖の中には人の言葉が理解できないものもいる。そういった類のものとはコミュニケーションがとれないため、和解することすらかなわない。だが、今回に関してはそれを心配する必要はなさそうだ。と、言っても、輪廻自身があやかしとコミュニケーションをとることはできないのだが。


  輪廻が小さく口を開く、だが、声は出ない。


  妖狐は何も言わない人間に戸惑いや歯痒さを覚えていた。

 言葉を発さないだけならまだいい、だが、輪廻は命乞いの言葉を吐かないどころか、怯えた表情すら一切見せなかったからだ。


「なんなんだ。お前は」


 妖狐が戸惑いを含んだ言葉を吐いたその時。蔵の扉が勢いよく開いた。


 「お目覚めかな」


  おどけた口調で、入ってきたのは新太だった。

 先程の疲労の顔はどこへやら、疲れの影など全くなく、ピンピンした様子だった。


 だが、直ぐにその飄々とした表情に烈火の炎が降り注いだ。かに思われた。

 妖狐が放った狐火は、確かに旋律を描き、まっすぐ新太の方に向かったはずだった。

 だが、新太の顔面目前で空気に溶けるように消えていく。

 妖狐の狐火の効果が目標間際で打ち消されたようだった。


 先ほどから、妖狐の攻撃は不発に終わっている。

 輪廻の首を絞めようとした時もそうだ。

 そして、新太に放った狐火もそう。


 まるで、人間に危害を加えることは一切できなくなったかのように。


 「アンタ、一体私に何を」


 何やら術をかけられていることにはとっくに気が付いていたらしい妖狐は、鮮明な怒りのこもった声色でそう言い、妖狐は新太を睨みつけた。


  新太は眼鏡を押し上げ、今度は真剣な表情になってこういう。


「稲荷神。君には、陰陽師の世界の中で、殺害命令が下っている。」


 その時輪廻は耳を疑った。

 稲荷神、今稲荷神と言っただろうか。


 稲荷神とは、ここより西にある山で禍神(まがつかみ)として名高い神ではなかっただろうか。

 詳しくは知らないのだが、元はその山の長と呼ばれた大妖怪が、周りの人間から恐れられ禍神だと言われたことが、そう呼ばれ出した由来だと聞いたことがある。


 だが、そんな大妖怪が、一尾の妖狐なわけが無い。きっと、ここに連れてくる際に、新太が彼女の力を何割か封じたのだろう。その為尾の数が減ったのだと輪廻は察した。


 神社の神主である新太は陰陽師の世界でもそれなりに名が高い。それ故に妖退治を生業とする陰陽師の世界の話もそれなりに耳に入り、陰陽師としての仕事も偶に降りてくる。


 きっと陰陽師の人間に、泣きすがって頼まれでもしたのだろう。新太は頼まれると断れない人間なのだ。


「なら何故殺さない!」


 新太の返しに妖狐が噛み付いた。新太はただ冷静に言葉を紡ぐ、その瞳には確かな決意がうかがえた。


 「君にしてもらいたいことがあるんだ。」


 新太はただ単に、妖狐を討伐が不可能だったから封印に切り替えたわけではなかった。


 勿論、人々に忌み嫌われ、恐れられ、殺傷命令が下ったこの妖狐に同情して匿おうと思ったわけでもない。

 神主の目的は別にあった。


 妖狐は人間が自分のことを利用しようとしていると分かると一層嫌悪感を強めた。


 だが、妖狐だって馬鹿ではない。

 いまこの状況下において、自分が新太に勝てる見込みがないことぐらいわかっていた。もちろん逃げ出すことが出来ないことも、ちゃんとわかっている。ならば。


 「殺せ、人間に利用されるぐらいなら死んだ方がマシだ。」


 そこには確かな決意があり、地面に太く根を張った強い人間への憎しみや嫌悪があった。


 「どうしても請け負う気は無いかい?」


 「ない。」

 

 「君の敵討ちの手伝いをすると言っても?」


 新太の言った言葉に、妖狐の気配が一瞬にして変わった。


 彼女の紅い瞳に宿る敵意の中に、確かな驚愕と戸惑いの色が混ざる。


 「『神喰(かみじき)』。百年前、君の主であった神を殺し、不老不死を得ようとした人間として最大とも言える禁忌を犯した人物。その人間は百年経った今も生きている」


 この人間は一体どこまで知っているのだろう。



 妖狐から発せられる妖気が紅く色ずく。

 過去の無力な自分を呪い、妖となった彼女が、今の今までずっと探していた人間だ。だが、今も生きているとは思わなかったらしい。やはり驚きは隠せない様であった。


 「僕らもその人間を捜してる。敵の敵は味方と言うだろう?力を貸してくれないかい。」


 妖狐は何やら心中で葛藤している様だった。当然だ。

 敵討ちを果たすために、心底嫌いな人間に手助けをして貰う代わりに、自分の手も貸さなければならないのだから。


 しばしの沈黙のあと、彼女はやっと口を開いた。


 その時の彼女の瞳はもう紅く発光してはいなかった。


 「……何をすればいい。」


 妖狐の言葉を聞いてぱっとが晴れ渡った新太は、娘である輪廻の肩を持ってニコリと笑いながら告げる。


 「君には、()()()()()の眷属、神使になってもらいたいんだ」

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