壱話
好きを詰め込んだ俺得小説です。
勢いで書きました。
後悔はしていない。
「……んん…」
燦燦と降り注ぐ太陽の下、少女は、重たい瞼を上げた。体は鉄のように重く、うまく動くことが出来ない。
どうして自分は、こんな所で寝ていたのだろうと、重い体を起こし上げる。
辺りは、草木生い茂る林の中に、不自然にぽっかりと空いた空間。半径十メートル範囲内に木々どころか花や草まで生えてはいない土の上。
「何で私……、こんな所で寝てるのかしら……」
胡坐を掻くように座り直し、ぽーっと空を眺めれば、上手く働かない脳を懸命に動かそうと軽く首を横に振る。
少女が首を横に振るたびに、少女の美しい銀髪と頭についた真っ白な毛をまとう柔らかそうな耳が揺れる。腰の辺りからは耳や髪と同じく真っ白でふくよかな尾が、九本も生えていた。
年は20代前後といったところだろうか。
肌は雪のように白く、瞳は猫のように鋭く紅い。
加えて、洋と和が混じったような着物には裾にレースがあしらわれていた。
そう、その姿はまさしく、獣の擬人。
妖怪の中でもトップクラスの強さを誇る狐の妖「九尾」以外の何者でもなかった。
九尾は首を横に振った後、頭を抑え、ぼんやりとした昨晩の記憶を辿る。
「確か昨日の晩……」
そう、昨晩、何かあったはずだった。それは鮮明に覚えている。だが、何があったのだろう。一番大事な部分が抜け落ちているようだった。
ふと、鉄臭いにおいが鼻にこびりついていることに気が付いた。そのまま自分の手に視線を落とすと、掌が真っ赤に染まっていた。どうやら血のようだ。
よく見ると、着物にも血痕がついている。
これらが着いてから、それなりに時間は立っているらしく、血は赤黒い色になっていた。
「そうだ…。昨日人間が…」
昨晩、山に人間がやってきたことを思い出す。装いからして、この山に多く住む妖を狩りに来た陰陽師だと思われた。数は二十といったところだっただろうか。少し多い気もするが、九尾の彼女であれば容易く仕留められる数だった。
人間がこの山に来るのは久しぶりだったため、久しぶりに食べたような気がするが、あまり美味だったという記憶はない。
彼女は人食いの九尾だったが、通常の妖怪とは異なり変わった力を持っていた。
食べたものの記憶を、稀に、断片手ではあるが取り込んでしまうのだ。その生き物の経験してきたこと、記憶などが、断片的に頭に浮かんでしまう。
それが、その者の命を奪ったものにうけつがれるというのは、なんとも皮肉なもので、相手の命を奪ったことに対しての罰のように感じていた。
特に、殺した人間と家族との幸せな思い出なのが流れ込んできた時は特に、彼女の心を沈ませる。
彼女にはもう家族はいない。随分前に亡くしていた。あの頃の記憶は、忘れようとしても忘れられないほどに鮮明だ。
忘れもしない、あの時、自分の目の前で死んでいった家族を。家族を殺した人間の顔を。
そう、彼女は人間が嫌いだ。勿論、理由は家族を殺したのが人間だからである。
九尾はずっと、家族を殺した人間を探している。
いや、厳密には探しに行きたい、だ。
九尾は家族との、ある約束を守って、今もこの土地を護っている。故にこの山からは一歩だって出ることは出来ないし、出たくはないのだ。
とはいえ、それはもう百年も昔の話で、そもそも敵討ちその人間が生きているのかさえも、今となってはわからないのだが。
そうやって物思いに浸っていると、背後の草むらがカサカサと音を立てた。
もちろん相手の姿は見えなかったが、九尾は隠れている相手が誰なのか、すぐにわかった。
「隠れてないで出てきなさい。天狗」
肩越しに振り返り、草むらを見やれば、そこから、背まで伸びた長い黒髪を一本のおさげに束ねた少女が顔を出した。
「いやぁ、バレちゃったかー」
「隠れる気なんてなかった癖に」
おどけた口調で草むらから出てきたのは、背中から漆黒の翼を生やした天狗である。
顔はなんともかわいらしい作りだが、それに見合わず胡散臭い表情が、彼女が妖怪であることを改めて再認識させる。
「稲荷神、麓近くに住処を置く人狼から報告。また人間が来たらしいよ。」
「また……?二日立て続けだなんて珍しいこともあったものね……」
九尾は、また忌々しい人間が、山に足を踏み入れたこの状況に、笑うことも怒ることもなく、くすんだ色をになった瞳をゆっくりと瞬かせるだけだった。
「なんでも、普通の人間じゃないらしい。見たところ陰陽師のようだけれど、それがもう、麓の妖達では太刀打ち出来ないような相手らしくてねぇ、それで報告に来た次第だよ。」
報告、などと、まるで山の妖全体が連帯しているような口ぶりだが、これは彼女が勝手にそのように言い換えているだけで、実際、山の妖で連帯をとっているわけでも、仲良くコミュニケーションをとるような仲でもない。
ただ単に、自分たちでは太刀打ち出来ずに退治されていく麓の妖を見たのか、それとも麓に住処を置く人狼達が話しているのを聞いたのか、なんにせよ彼女が勝手に入手して報告にやってきただけであり、麓の妖達はこのことなど全く知らないだろう。
「どうするんだい?稲荷神」
「さっきは聞き流していたけれど、その名前で私を呼ばないでと何度言わせれば気が済むのかしら」
稲荷神と呼ばれた彼女は凍るような冷たい視線を天狗に送る。
「稲荷」この名前は、前の主……家族がくれたものだ。
九尾は自分のことを家族と読んで良くしてくれた者に仕えていた。
いや、厳密には、当時普通の狐だった彼女が飼われていた。という方が正しい。
当時彼女を飼っていた主は、九尾にとっては母親のような存在だった。だが、今は主が付けてくれたその名前で呼ばれることも苦になっている。
あまり思い出したくないのだ。あの日ことを。
加えて、今の自分を見たら、きっと主は悲しむだろう。そんな自分が、主の付けてくれた名前を名乗る事など出来るはずはない。
故に、基本的に名前は無いと言っているのだが、この天狗だけはどうも気に入ってしまっているらしい。
「じゃあ稲荷」
「そういう話じゃないわよ」
九尾はあきれたように天狗を見ながら、指を鳴らせば忽然と姿を消した。
*
もうくたびれた。神社の神主をしている三雲新太はトボトボと歩きながら溜息を吐いた。
黒く艶のある髪は男性にしては長く、後ろでひとつに纏められていて、黒い縁の眼鏡を掛けている。歳はに三十代後半くらいで、柔らかい目元が、彼の優しげな雰囲気を醸し出していた。
そんな新太は、山道の途中で足を止めて空を仰いだ。
もうどれほど歩いただろうか。どれくらい妖を退治しただろうか。この山はやたらと妖が多い。神の加護も感じない。
やはり、この山に「神」はいないのだろうか。
現代において、八百万の神は、我々人間達にとって、とても身近な存在になっていた。
どの地域にも、その土地の特色や、人々が願うものに応じて祀られた神が居り、祀っている地域の人間達によっては、信仰心の多さや強さから、人の子の前に姿をあらすことができるほどにまでなっていた。
その中でも、一、二を争う、信仰が最も厚い神は、「山神」である。
山神は、山そのものはもちろんのこと、山の周辺まで、豊作と幸をもたらすと言われている。
農業が主流の人間たちからすれば、山の多いこの国でどの地域においても、一番身近で一番信仰心が厚いのは「山神」と言って間違いはないだろう。
そんな名高い「山神」の気配が、こんな山の中だというのに、全く感じられない。
普通では考えられないことだった。
探しものも見つからず、肩を落とすと、地面に視線を落とした。
もう諦めてしまおうかとすら思ったその時、視線を落とした先の地面が赤く発光し、まばゆい光を放って爆発した。爆発に応じて火の粉が飛び砂煙が舞う。
「いきなりとはご挨拶だね。」
すんでのところで躱し、攻撃をしかけてきた相手を青く澄んだ双眼で捉える。
その先にはふわりと宙に浮き、異様な妖気を漂わせた九尾の狐がいた。真っ白な髪は腰まで伸び、耳や尻尾も同じく雪のように白い。整った顔立ちに鋭い目元。その瞳は紅く、鈍く発光していた。
見ただけでわかる。これはかなり不味い相手だ。ここらの妖は大して手こずることもなかったが、彼女は全くの別物だろう。
「九尾の妖狐……。君が噂に聞く、この山の「神」かい?」
もちろん、彼女は「神」ではない。彼女は確かに、強大な力の持ち主だが、神の力とはまた根本的な質が違うのだ。だが、新太は敢えて、この言葉を選んだ。それには理由がある。
新太の言葉に、九尾の表情がわずかに歪んだような気がした。
「この山に神はもういない。残す言葉はそれだけかしら……」
そう言い終わるなり、有無を言わさず横なぎに腕を振るう。手の動きに従って現れた青く不気味な光を放つ無数の狐火が新太に向かって襲い掛った。
いきなりの攻撃にもかかわらず次の攻撃を予測し、最低限の動きで狐火をかわすが、威力は確からしい。
新太の避けた場所に落ちた狐火は地面を溶かし、落下地点にはクレーターができていた。
「でも、良かったよ」
慣れた動きで狐火を交わしながら新太は言う。
「良かったって、何が……?」
彼の透かしたような笑みに、眉をひそめながら妖狐は問う。
「探す手間が、省けてね」
新太の探し物はそう、他でもない九尾の彼女だったのだ。
新太から発せられた、圧倒的な霊力の覇気に九尾が一歩身を引く。
そのすぐ後に、山から少し離れた里の窓も割れるかと思われるほどの衝撃波と、耳をつんざくような大きな爆発音が響き渡った。
2話…読んでくれる人が居たら、書きたいかなぁ。