表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者:

息をするのは苦しいから、誰か僕に空気をわけて欲しい。

願うなら、叶うなら口移しで。


すぐにこれは僕が悪いな、あの人が悪いなと誰が悪いのか決める。

それが僕の悪い癖。

息がしづらいのは僕の体が弱いせい、僕を産んだ両親のせい。

責任の所在を求めてふらふらと僕の弱さを誰かに擦り付ける。


人の不幸を聞くのが嫌いじゃない。

だって、まだ僕はましだと思えるから。

他人の話を自分の中で勝手に比べっこして、それで安心する。

大丈夫。

僕はあの人に比べたらまだ大丈夫。

基準を設けて、相手を憐れみて、薄っぺらな安心を胸に抱く最低な自分。


誰にも関心なさそうな、無機質な表情の波に揉まれるのは吐き気がする。

この都会の人混みも空気も学校という閉鎖空間も何もかも、息がしづらくて止まりそうで苦しくなる。

そんな時、僕は白い部屋に逃げ込む。

色のないベッドに倒れ込んで、カーテンを引いて僕だけの小さな空間を作る。

即席の不可侵領域。

けれど。

うとうとと微睡んでいれば、しゃっとカーテンが引かれた。

その隙間から光が差し込んで腕で目元を隠す。


「先生、眩しい」


視線を向けずともわかる。

わざわざ顔側のカーテンを開けるのはこの人しかいないから。


「よく寝ただろうが。

午後の授業始まるぞ、さっさと出ていけ」


怒った様な顔をしてそう言ってみせるけれど、声が全く怖くないことにこの人はいつ気づくだろうか。

笑って手を伸ばす。

呆れた様なため息が落ちてきて、僕とは違ったごつごつとした大きな手が掴んで引き上げた。


「けほ」


裸足のまま床に足を付けて、放り出した上靴を探せば「ほら」と差し出された。

気が利く。


「で、今日はなんだ?

寝に来ただけか」


僕に背を向け、薬品が置かれた棚の方に向かう先生。

白衣が白い部屋に溶け込んで、見失いそうな錯覚に陥った。


「違うよ。

薬を貰いに来たんだ」


ベッドに腰かけ、足をぶらぶらと揺らす。

それに合わせて制服のスカートもふわふわと揺れる。


「先生がいなかったから」


だから寝た。


「あぁ、悪い。

ちょっと、呼び出しをくらってたんだ」


「ふーん」


「だからって寝るなよ」


咳止めの薬を持って戻ってくる先生は、今度ははっきりと見えた。

はねた短髪の黒髪と、垂れ目がちな黒目。

やっぱり怖くない。


「それはいらない」


水の用意をしようとした先生を止めて、ベッドから降りる。


「薬は苦いから嫌いなんだ」


「さっきと言っていることが違うぞ。

それに安心しろ、錠剤だ」


僕の言葉を無視して、ん、と差し出されたお湯の入ったコップと薬瓶。

やだ、と言いながら後ろに下がったところで偶然か、それとも故意か

僕は椅子に足を当てバランスを崩した。

背の低い僕に合わせて、少しだけ屈んだ先生のシャツの襟を思わず掴んで、引っ張る。

これは誰が悪いのだろう。

僕かな、それとも先生?


「は」


先生が驚いて目を見張ったのを無視して、そのまま顔を近づけて。

あと少しで唇が触れるか触れないか、という微妙な距離で先生が僕の体を押した。

離れていく先生の黒目の中に一瞬だけ僕が映りこむ。


「っ」


床にそのまま倒れ込む寸前で、先生が僕を抱き留めた。

先程よりかは離れた距離であるはずなのに、今の先生に腕を掴まれた状態の方が

何故か緊張した。

どくどくと心臓の鼓動がいつもより早い。

こんなに大きな音を立てていれば、きっと先生にも聞こえてしまう。


「大丈夫か?」


先生がかける心配そうな声。

さっきのことなんて気にもしていないような生徒を気遣うだけの声。


「大丈夫だよ。

だから放して」


あぁ、と先生が今思い出したかのように目を瞬かせ、僕の腕を放す。

息が酷く苦しい。

僕とは違って全く表情も変えない先生。


「けほ」


小さく咳をして、ベッドに戻る。


「授業、行ってくる」


ベッドの端に置いてあったスクールバッグを取って、真っ白な部屋を出ようとして。

すっと、手が僕の前に突き出された。


「薬、飲まなくて本当に大丈夫か?」


その手の下をくぐって、部屋を出る。

締める寸前、僕はまた「けほ」と息を吐いてから笑う。


「寝たら治った」


だから。


「だから、また寝に来る」


白の部屋の中、先生だけが一人切り取った様に黒色をしている。

黒い短髪、垂れ目がちな黒い目。

目がゆっくりと細められ、口元が弧に歪む。


「そうか。

じゃあ、これからは寝に来ることも授業に支障が出ない程度なら許してやる」


どうにも息がしづらくて、僕は空気を求める。

誰か僕に空気をわけて欲しい。

願うなら、叶うなら口移しで。

それはまぁ、当分叶いそうもないけれど。


ねぇ、先生。

薬を飲まなかった僕はまた息が苦しくなってしまったので。

また、保健室に行ってもいいかな?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ