第7話
ここは昔、クイーンシティの国境だったところだ。
高い壁と鉄格子の、二重に守られた境界線。
鉄格子が支えになっているという安心感があるためか、この高い壁は取り壊しの対象には入っていなかった。ただ今回、新たなジャンプ戦闘ロボットの復活を機に、あらためて調査と点検を行うことになったのだ。
そのリーダーには斎が。その中には、旧ダイヤ国でともに作業を行っていたダイヤ国の技術者も何人か参加している。これは強制した訳ではなく、彼らがどうしても高い壁を見てみたい。出来れば修復に参加したいとの、たっての希望からだ。
「噂には聞いていましたが、あらためて見ると、すごい高さですね」
「言われてみれば、そうですね。しかも何百年も建っているのに、崩れたと言う記録を見た事がない。そして国境の扉がブラックホールに半分引き込まれたあとも、こうやって残っています」
「実に興味深い事ですね。そんな建築の調査に関われるのは、技術者冥利につきると言うものです」
「ありがとうございます。それでは早速始めましょうか」
斎たちはうなずき合うと、意気揚々と高い壁へ向かった。
一方、市街地に建つ高い壁は、丁央が責任者になっているのだが、国王と兼任しているため、なかなか現地に入る事が出来ずにいた。
「すみません! 」
今日もかなり遅れて、と言うか、もうそこには雪乃しかいない調査場所に、丁央が脱兎のごとくやって来る。
「まあ、丁央。今日はもう来ないかと思って、他の人、帰っちゃったわ」
「ほんっと、すみません。今日は戦闘ロボの細かい配置確認と、ダブルリトルの試乗セレモニーと、えーと、それから…、ダイヤ国王に謁見して、王妃様にお茶を強制されて断り切れず、そしてそして」
下げた頭をガバッとあげて、指折り数えつつ今日のご予定を言い出す丁央を、まあまあとなだめて雪乃が言う。
「ふふ、もういいわよ。丁央は国王のつとめをきちんとこなせば良いの」
「それは、わかってますけど。せっかくのチャンスなのに、俺の建築家魂が黙っちゃいないんです」
根っからの建築屋である丁央は、ほんのわずかな時間を見つけては、こうやってここの調査を手伝いに来るのだ。雪乃たち他のメンバーはもちろん優秀だが、同じくらい優秀で、誰よりも情熱のある丁央が参加してくれることは頼もしい限りだった。
「はいはい。で、今日はね」
と、雪乃はタブレットを操作しながら丁央に説明を始めるのだった。
「また強度が増している? 」
「そうなの、やっぱりこの壁は、自分で自分を修復をしているとしか考えられない。不思議だけれど」
そうなのだ。2年前、高い壁は崩壊の可能性が指摘されていた。砂漠への旅は、それが1つの理由になっていたはずだ。
だが、彼らの帰還後に行った点検調査では、不思議なことに高い壁は以前の強度を取り戻していたのだった。まるでキツネにつままれたような話だが、事実である。そこから、いまだかつてないような、高い壁の綿密な調査が開始された。
国境で斎が説明していたとおり、こちらの壁も長い年月の間に崩れたという記録はない。
調べ始めると、旧市街を取り巻く高い壁は、王宮へ開かれた扉を中心に、左右に広がるように自己修復を繰り返しているのだ。たまたま2年前に調べたあたりが、修復を待つ一番古い壁だったらしい。そのあとにそこも自己修復をはたしている。
「長い年月の間に、壁がクイーンシティの自然と同化しちまったのかな」
苦笑しながら言う丁央に、雪乃が聞く。
「それがこれと、どう関係していると思う? 」
「だって、自然は自己再生しますよ」
「そうね」
雪乃は壁に当てた手のひらがほんのり温かくなるのを感じながら、壁を見上げる。
「…それと」
「? 」
首をかしげてその先を促すと、丁央が語りだす。
「俺が言うのもなんですけど、これを作ったクイーンたちの、平和への熱くて尊い思いがいつしか壁に焼き付いて、何百年もこの壁を守ってきたんじゃないか、って。もう2度と戦争みたいなくだらないことは起こしたくないっていう、クイーンの強い強い思いなんじゃないかって」
雪乃は少し目を見開く。驚いているような彼女の様子に、丁央は顔の前で手をブンブン振る。
「うわっ、ちょっと熱すぎですか? うわっ恥ずかしー」
「丁央が冷たかったら、そっちの方が変よ。よしよし、良い子ねー」
可笑しそうに言いながら、雪乃は丁央の頭をワシワシとなでる。いつもは理知的な雪乃がそんなことをし始めたので、驚きながらも丁央は、嬉しそうに頭をなでられ続ける。
「まったく、いつまでも子どもなんだな。我が国の国王様は」
ふざけあっていた二人が声に振り向くと、そこには斎が腕組みしながら立っていた。
「斎」
すると雪乃は、丁央の事などほっぽって嬉しそうに斎に歩み寄る。微笑みあって軽くKISSをかわしたあと、斎は丁央に向けて言った。
「さて、国王様。お疲れでしょうが、このあとダイヤ国の技術者と意見交換。そのあと歓迎の宴が待っているよ」
「ええー?、意見交換は大歓迎だけど、宴って? 」
「月羽王妃が彼らの歓迎のためにね。彼女は準備に忙しそうだから、僕が国王を呼びに来たんだよ」
「月羽が! それなら大至急帰らなきゃ。ありがとうございます」
丁央は嬉しそうに移動車に乗り込もうとして、ふと振り返る。
「多久和さんも、もちろん来るんですよね? 」
「ああ、行くよ」
「じゃあ、ちょっとだけ遅刻しても許します! どうぞ続きをごゆっくりー」
手を振って移動車に乗り込む丁央を、ポカンとして見送ったあと。
「じゃあ、お言葉に甘えて、ちょっとだけ遅刻していこうかな」
と、斎はあらためて雪乃を引き寄せるのだった。
王宮では、宴もたけなわ。
そろそろお開きになろうかと言う頃。
ザザァーー
砂漠の下で、また何かが、息を吹き返そうとしていた。
「?! 」
「どうした? 」
ディスプレイを見ていた1人が、少し息を詰めるのがわかった。ここしばらく和んでいた空気が、ピン、と張り詰める。
「砂が」
第1拠点の監視カメラに砂漠が写っている。その砂漠がほんの少しきしんだ。
「砂が落ちて…。おい、王宮に連絡を入れろ! 」
「了解! 」
「国王」
ただならぬ気配で舞台の端から呼ぶ側近に、余興の夫婦漫談? などで皆を笑わせていた国王と王妃は、「「わあ、こわーい家庭教師が、お勉強の時間って言いに来たー」」と真っ青になり、
「「それでは皆さま、この辺で~」」
と、笑顔を絶やさず袖へと消える。
袖で真顔になった丁央が聞く。
「どうした? 」
「第1拠点近くに、またジャンプロボットが現れました」
「なんだって? よし、すぐに行く。月羽は残ってくれ」
「わかりました。どうかご武運を」
丁央は頷いて月羽の手をとり、唇を当てると、側近を従えて急ぎ出て行く。
宴会場でも、勘の鋭い者は気がついていたようだ。
月羽は会場に戻ると、落ち着き払った様子で終演の挨拶をすませ、テキパキと指示を出して、来客を安全かつ速やかに自宅へ送り届ける手配をする。
残ったのは、斎と雪乃。
そして、ダイヤ国の技術者たちだ。
「えっと、多久和夫妻はわかるとして、ダイヤ国の方々はなぜ? 」
腑に落ちない様子で目を丸くする月羽に、技術者の1人が進み出て言う。
「私たちにもお手伝いをさせて下さい。この中には戦闘要員の資質を持った者もいますし、もちろんそうでない者もいます。それぞれに何か出来ることはあります」
「ありがとうございます! 」
月羽は嬉しそうに深々と頭を下げる。
その屈託のない様子に、技術者たちは恐縮していたが、次のセリフにまた驚いた。
「それでは、このあとは多久和さんに全権をお任せします。皆さんは彼の指示に従って下さい。私は丁央…、国王と連絡をとりつつ、状況を余すところなくお伝えする役に徹します」
「え? 」
そうして斎にニッコリ笑いかけた。
「いいですよね? 多久和リーダー復活です」
斎はやれやれと言う顔で、それでもこくりと頷いてみせる。
「了解したよ。…さて、と。当面、戦闘の方は丁央たちに任せても大丈夫だと思う。だから僕たちは全員、国境の高い壁へ行く事にする」
「はい、でもどうして? 」
「そこで、ダイヤ国の方と協力して、高い壁にバリヤを施します。最後の砦、にならないでほしいけど、備えは万全にしたいからね」
その言葉に頷く月羽と技術者たち。
そのあと月羽は通信に向かって言う。
「わかりました。では、クイーンシティの拠点は国境警備棟に置くことにします。…丁央、聞こえた? 」
「ああ! バッチリだぜ、さっすが多久和さん。よろしく頼みます! 」
微笑んで「OK」と返答した斎は、皆を引き連れて国境の棟へと急ぐのだった。
第1拠点、オアシス近くの建物内移動装置がグニャグニャと歪みだす。
そして現れたのは、もちろん丁央と近衛隊の面々だ。
遠くで、キューーン、キューーーンと音がしている。
「あれって、ジャンプロボが飛び出してる音? 」
蓮が耳を澄ませるような仕草で言う。
「そのようだな、…では、国王」
「ああ、すぐに行ってくれ」
イエルドの言葉に丁央が頷く。近衛隊の面々は待ってましたとばかり、砂漠へと飛び出して行った。
丁央は真っ先に飛び出したかったのだが、国王として状況を把握する必要がある。彼は第1拠点の監視室へと急いだ。
「どうなってる? 」
「国王、お待ちしておりました。見て下さい、ジャンプロボが次々起動し始めています」
ディスプレイには、砂漠にボコボコと穴が開いて、そこからヒュン、ヒュン、と飛び出すロボットが映し出されている。だが、そいつらはなぜか皆、こちらへは目もくれず、砂漠をクイーンシティの方へと飛んでいく。
「なんでこっちへ来ないんだ? 」
「わかりませんが、クイーンシティだけを攻撃するようにインプットされているのかもしれませんね」
「それにしても、1体も来ないなんて…」
丁央はしばらく考えていたが、そのうちふっと顔を上げて外へ飛び出して行った。
ドン! ドン!
キユーーーウン ドオン
空高く飛び上がったロボットが、落ちながら攻撃を仕掛けてくる。
それを迎え撃つ地上の攻撃部隊。
そして、空中には何頭もの一角獣と、新たにダブルリトル隊もいる。
一角獣を戦闘に出すことは最後まで泰斗が反対していたのだが、今回も一角獣自身がヨロイをくわえて泰斗の所にやって来たのだ。
「ぜぇったい帰ってくるんだよお」
涙目で言う泰斗だが、そこはただでは済まさない。角の先に取り付けた、小さなビー玉のような装置が、正面からの攻撃に対し、薄く広がる結界バリヤとなって彼らを守ってくれるのだ。
「まったく、チョコマカとうるさいヤツらね」
ダブルリトルの中から、花音が攻撃を続ける。
「ほんとうにですわ」
パールも同じく。
「それにしてもどんどん出てくるねー」
蓮が一角獣と絶妙のコンビネーション攻撃を見せる。
ドウウーン!
地上ではイエルドを始めとした近衛隊と、ダイヤ国から借り受けた戦闘ロボが、隙を突いて攻撃をしかけようとするヤツらに砲を浴びせている。
「飛ばないヤツらが出てきた! 」
その時、空で銃撃戦を繰り広げていたレヴィが声を上げる。
見ると、大きく開いた砂漠の砂穴から、見慣れた戦闘ロボットが大量に現れだした。それらもクイーンシティ目指して進んでいく。
「どうなってんのー? なーんか全部のロボットが起動して行ってるって感じー? 」
カレブが冗談めかして言うが、どうやら冗談ではなさそうだ。
「もしかしたら、そうなのかもしれない」
「どうなってる? 」
倒しても倒しても、あとからあとから起動してくるロボット。
その数はどんどん増していき、やがて彼らの手に余るようになってくる。
本当に、地中深く埋まっていたロボットたちが、すべて起動を始めてしまったのだろうか。疲弊した頭にふとよぎる思い。
この戦いが永遠に続くような錯覚に、誰もがとらわれていた。
その時、皆の耳にかすかな音が聞こえてくる。
フゥーーーン
砂漠の向こう側。起動したロボット群が向かう先に、心地よい羽音が響いた。
「あれは! 」
陽炎のように空気が揺れて、現れたのは天文台の建物、そう、空間移動部屋だ。
「よう、遅くなってすまない」
時田の声が響いたかと思うと、ドサドサドサと、大量のダイヤ国戦闘ロボが降ろされて、敵の行く手を遮った。
「もう、トニーと時田、遅いよー! 」
嬉しそうな蓮の声が、砂漠にこだましていった。