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第6話


 砂漠は今日も静かに凪いでいる。

 今のところジャンプロボットもあの1体きりで、他はなりを潜めているようだ。砂漠の航行の際に、闇雲にあたりを刺激しないようにしているのも功を奏しているのかもしれない。

 とはいえ、当初の予定通り、空間移動部屋を駆使して、ダイヤ国所有の戦闘ロボットを各拠点にバランス良く配置したのは言うまでもない。

 一仕事を終えた移動部屋は、よりいっそうの省力化を図るため、今はダイヤ国にあり、クルスたちエネルギーの専門家と、クイーンシティのエネルギー研究室、そして時田たち空間移動の専門家が、日々研究を続けているのだった。




 また、この静かな時間に2つの国は、大いに交流を深めている。

 クイーンシティと同様に、ダイヤ国も長い年月の間、砂漠へ入る事は禁止されていた。それが、クイーンシティの持つ空間移動装置のおかげで、今は第2拠点と呼ばれる旧ダイヤ国への移動も、その先へも、それこそ老若男女すべてが手軽に出来るようになったのだ。

 しかも、平坦な板に乗って移動するタイプの装置は、かなりの省エネルギー化に成功していた。


 今日も旧ダイヤ国には、自分たちのルーツをひと目見ておこうと、ダイヤ国から多くの人々が訪れている。

 そんな旧市街地に、突然軽快な音楽が流れ出し、楽しそうに踊る大勢のクイーンが現れた。

「え? なになに? 」

「クイーンシティのお祭りかしら? 」

 驚く人々の前面道路が、クイーンたちに占領? されたかと思うと、開けられた道に次々と変わった乗り物が現れた。

「あ! ダブルリトル! 」

 子どもがその名を叫んだように、それは何台ものダブルリトルだった。

 そして、その1台から顔を覗かせているのは。

「はいはーい、ダイヤ国の皆さん、お待たせしました。ダブルリトルの試乗会ですよおー」

 なんとそれは、ジュリーだ。

「この機会に、ぜひとも乗り心地をお試し下さい! 」

 次の1台にはナオが乗っている。


 ダブルリトルは、丁央がなるべくたくさんと言ったとおり、クイーンシティでは、王宮、旧市街の市場、広場、ブレイン地区、学校、病院、はては牧場に至るまで、突然現れた乗り物にゲリラ試乗? を試み、老若男女問わず乗ってもらっていた。


 それを今回、ダイヤ国でも行うことにしたのだ。

 リトルペンタとリトルダイヤのスムーズな交代は、つい先日出来るようになっていた。泰斗、ステラ、ララの努力がようやく実ったのだ。ただ、少々心配性の泰斗は、いつ何時、何があっても対応できるように、と、ハリス隊とともに会場の外で待機している。

「始まったみたいだぜ」

 ハリスが言うと、泰斗は一瞬嬉しそうに顔を上げる。

「そうだね。…でも、うー、楽しみなんだけど、ちょっとドキドキするー」

 が、すぐにハラハラした様子でそんなことを言う。

「なんだよ。クイーンシティでもゲリラ試乗は何度も実施したじゃないか」

「クイーンシティではふたつのリトルの交代はないもん」

「それだって、もう解決したんだろ? 」

「…うん。ステラさんとララさんは完璧なんだけどね、僕の方がいまいち」

 ハリスは、こんなに優秀なくせに、全く心配性なヤツだと可笑しくなって、思わず泰斗の頭をグリグリしてしまう。

「わあー、なに、ハリス」

「ハハハ、落ち着けー」


「そうじゃ、落ち着くのが一番」

 すると、ふざけあう2人の後ろで、頼もしい声が聞こえた。

 振り向くと、そこにはなんとラバラが立っていた。

「「ラバラさま! 」」

 ラバラはにんまり笑って2人の間に立つと、その背中をポンポンと優しく叩く。

「今日は楽しみじゃの」

「けど、ラバラさま、実験中は1度も来てくれなかったじゃないですかー」

 泰斗が未練がましく言うと、ラバラは驚いたように言う。

「なに! そうじゃったかの? 」

「そうじゃったです」

「おかしいのお。お前さんがいつもリトルたちにペンペンされていたのを、わしは知っておるがな? 」

「ええ? 」

 何と、ラバラは、交代に失敗するたびに、泰斗がリトルたちからパチパチと攻撃? されていたのを知っていたようだ。

「ステラもララも、伝説の魔女と呼ばれる一族の血を引いておる。まあ、次元は違うがの。その2人に任せることに、わしはなーんの心配もしておらんかったから、行かなかったのじゃ」

「そうなんですか。じゃあなんで? あ、ステラさんやララさんに話を聞いて」

「いーや、ただ、見えただけじゃ」

 どうやら、ラバラは実験中、身体はクイーンシティにありながら、意識の一部をここへ飛ばしていたようだ。

「さすがはラバラさま」

 ハリスが感心したように言うと、

「なんのなんの。それもこれもあの2人のおかげじゃよ」

 と、カラカラと笑って言った。


「のう、泰斗よ」

「はい」

「お前さんは本当に苦労性じゃな。何がそんなに心配かは知らんが、それではもしもの時のためにおるハリス隊に失礼じゃぞ」

「あ! ごめん! 」

 ラバラに言われてハッと気がついた泰斗は、思わず謝る。

「い、いや、別にかまわないんだが」

「そう。ハリス隊もステラもララもみんな優秀じゃから、お前さんの心配はただの杞憂。思い過ごし。そのうえ、」

 と、ラバラがふい、と手を上げると、サアーーっと音がして、金銀とプラチナブルーがやって来て美しく弾み出す。

「リトルペンタとリトルダイヤ…」

「そう、こいつらが強力な護りじゃよ。安心せえ。まったく…」

 そう言ったあと、ふと良いことを思いついたというようにラバラが言う。

「そうじゃ、お前に皆を必ず幸せに出来る方法を教えてやろう」

「え? 何ですか、知りたいです! 」

 泰斗は勢い込んで聞いた。

「それはの、世界の中でただ1人を幸せにすることじゃ。この1人とは誰だかわかるか? 」

「え? たった1人? じゃあ、両親じゃないし、友だちも1人は選べないし」

 するとラバラは、ぐいっと人差し指を泰斗の目の前に出して言う。

「お前さん自身じゃよ、泰斗。お前さんは自分をちっぽけだと思う癖があるらしいが、そんなちっぽけな自分自身すら幸せに出来なくて、何が人の幸せじゃ! 」

「え、えっと」

「まず、自分自身を幸せにすること。さすればまわりも自ずと幸せになるのじゃ。ただしこれは、お前さんのように邪気がなくて、裏も表もないヤツ限定じゃがな」

 すると隣で聞いていハリスが苦笑して言う。

「じゃあ俺なんかは駄目だな」

「いやいや、ハリスもなかなかのもの。それから丁央といい、遼太朗といい、お前たちの年代は、良いお子が揃っておるから安泰じゃ。ハリスよ、お前もまず自分から幸せになるのじゃぞ。おっと、いかんいかん、歳をとると説教臭くなっていかんの」

 などと言いながら、またラバラは豪快に笑い出すのだった。


 そのとき。

「うおー」「わあー」

 と、試乗会場からどよめきが起こる。

「! 」

「なに?! 」

 ハリスはさっと隊に合図し、泰斗は驚いて叫ぶ。

 ただひとり、ラバラはのんきに2人を手で制した。

「まあまあ」

「でもラバラさま! 」


 見ると、なんと、ダブルリトルが空中で一回転。また、一回転。

 だが、下にいる観客? は、楽しそうに手を叩いたり、ひゅう、と口笛を吹いたりしている。

 そのあとも、自由自在にヒュンヒュン飛んでいたそのダブルリトルは、ようやく地上に降りてきた。操縦していたのは、驚くことに、赤ちゃんを抱っこしたお母さんだった!

「ええーーー?! 」

 驚く泰斗と、ハリス。だが、そのあとお母さんが発した言葉に、再びビックリ。

「もう~、楽しかったです! もともと絶叫マシン大好きなんです! でも、この子が生まれてからなかなか乗る機会がなくて」

 はあ? とあきれて肩を落とす泰斗に追い打ちをかけるように、キャッキャとはしゃぐ赤ちゃんが目に入る。

「あら、貴方もたのしかったのぉ~、そうよねえ、ママに似て、ぐるんぐるん大好きよねえ」

 嬉しそうに赤ちゃんにほおずりする母親は、笑顔でお礼を言いながら、あとの者に順番を譲るのだった(注:よい子は絶対真似しないでね)


 ポカンとする泰斗の背中を、今度はバンと叩いてラバラが言った。

「な? 大丈夫じゃろ? 心配は無用。さて、では、わしも乗りに行くかの」

「は? 」

 そのままスタスタと試乗会場へ向かうラバラのあとを、慌てて追いかける泰斗がいた。

「ラバラさま、あんな運転は駄目ですからね! 」


 ラバラが参加した試乗は、いっとき大騒ぎになった。というのも、リトルペンタとリトルダイヤのほとんどがにラバラについてしまい、他のダブルリトルが運転不能になってしまったからだ。

 これはまあ、ご愛敬ということで。




「では、もう一度起動させてくれますか? 」

「おう、任しとけ」

 時田が応えると、フォン、と心地よい音がして移動部屋が少し持ち上がったようになる。

 ウィン、ウイン…

 と続く機械音にあわせて、ディスプレイの表示が微妙に動き出す。

「どうだー」

「そう、ですね。残念ですが、あまり変わっていません」

 最初は順調に下がっていたエネルギー消費量が、ある一点で突然下がりにくくなった。今、クルスたちのチームは、その原因を究明している所だ。

「そうかー。まるでダイエットと同じだな。はじめはグンと下がるんだが、あるとき急に減量が止まるんだよなー」

「へえ、よく知ってるな」

「昔、それでヒステリー起こした奴に当たられてさ」

「は? 」「ええっ」「なんとまあ」

 様々な言葉で驚き出すチームの面々に、「なんだ? 」と問いかける時田。

「いや、時田に彼女がいたなんて、俺は知らないぞ」

 コホン、と咳払いして答えるトニー。

「彼女? ああ、違う違う。いとこの姉ちゃんだよ。しかも俺が小学部の時の話だ」

「なあんだ」

 皆、いっせいに納得している。

「とりあえず、ダイエットとは違いますので、あらゆる面から模索してみます」

「よろしくな」


 そのあとチームは、クイーンシティのエネルギー研究室とも連絡を取り合いながら、分析を続けていた。

「そうですか…。でも、これまでの平板の装置からすると、もっと省力化が出来ても不思議はないのだけど」

「ですね」

「わかりました。こちらは装置と部屋との違いから、もっと細かい分析をしてみます。頑張って、なるべく早く資料をそろえるわ」

 画面の向こうで月羽が親指を立てながら言う。

「いえいえ、そちらにはいつも無理を言っていますので、ゆっくりでけっこうですよ」

「あら、そんなわけには行きません。クルスは優しすぎるから、こっちの皆が甘えて困っちゃうのよ。もっとビシッと言ってやって」

 わざと怖い顔をして言う月羽に、クスクス笑いながらクルスは答える。

「わかりました。それではなるべく急いで下さい」

「かしこまりました、期待して待ってて」

「よろしくお願いします」

 ラジャ! と敬礼のまねごとをしたあと、プチンと音がして、画面に映っていた月羽が消える。

 クルスは無意識に微笑んでいた顔を上げ、ふう、と息をついて椅子に沈みこんだ。

「お疲れのようですね」

 チームの1人が声をかけると、クルスは時計を見て言った。

「ああ、もうこんな時間ですか。君たちはそろそろ帰っていいよ。私はあと少しだけ、これだけ読んだら帰るよ」

 と、タブレットを持ち上げる。

「はい、お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ様」

 チームメイトに微笑んで手を上げたクルスは、さて、とまたタブレットに目を落とす。


 そのとき、どこからともなく優しい風がクルスのまわりを回り始めた。

「? 」

 コトン。

 気配を少しも感じさせずに、机に香り高いお茶が置かれる。

「遅くまでご苦労様」

 それは思った通り、ララだった。

 彼女はときおり、クルスが一人で研究室にいると、たわいもない話をしに訪れる。

「あいかわらず、静かな登場の仕方ですね」

「あら? ありがとう」

 ララは楽しそうに言うと、椅子を持ってきてクルスの横に腰掛ける。手には同じようにお茶の入ったマグカップを持っていた。

「どう? 省力化の方ははかどってる? 」

「ララさんなら、よくご存じと思いますが? 」

「まあ、教えてくれないの? ケチ」

 ふふ、と笑ってララは、美味しそうにお茶をひとくち口に運ぶ。

「でも、すーごく熱心ね。おまけに楽しそう。まあそりゃあ優秀よね、月羽さんは」

 チラッとララを見たクルスの顔を、彼女はいたずらっぽく見上げる。

「聡明で、凜としてて気が強くて、しかも美人ときた」

「何が言いたいのですか? 」

「ねえ、横恋慕って言葉、知ってる?」

 ふっと視線を外したあと、クルスはつぶやいた。

「自覚はあります」


 すると、ララは意外そうに手を口に当てる。

「そうなんだ…」

「同情や哀れみは不要ですよ」

「まあ、そんなイジワルしないわよ。だって」

 と、マグカップに目を落としたララが、こちらも小さな声で言う。

「私も同類ですもの」

 またチラッとララを見たクルスは、落ち着いた声で言う。

「泰斗はフリーですよね? 」

 すると、ララは寂しそうに言う。

「うーん、そうなんだけど。ナオが言ってたの、R-4が相手じゃ勝ち目はないって」

「話が見えませんが」

「ナオはそこまで泰斗を理解してるって事。泰斗はね、自分で気がついていないだけ。ナオが彼にとってどんなに大切な存在かってことに」

 と言いながら、顔をマグカップに伏せて表情を隠す。

「ララ? 」

 泣いているのだろうか? 少し心配になってクルスが声をかけた。すると、

「なーんて結果が、カードで出ちゃったの」

 と、顔を上げてあっけらかんと言い放つ。

「はあ…、そうですか」

「もーサイテー。遊び半分で、つい占っちゃったのよー。しかも私、こういう占い外したことないのよね」

 だ・か・ら、と、指を振る。

「私たち二人は、恋が叶わぬ者同士ね。そうそう、同士よ、同士」

 そんな言い方をするララに、なぜか楽しい気分になるクルス。

 だが、しばらくすると、ララが良いことを思いついたというように、クルスに提案してくる。

「ねえ、もしかしたら私たち、気が合うかもよ? おつきあいしてみない? 」

 さすがにそれには驚いて、

「まさか」

 と、失礼な言い方をしたあと「すみません」と思わず謝る。

「もう、冗談よ。ホントに真面目なんだから」

 大笑いするララにあきれた顔をしていると、そのあと意味深なセリフを残して、彼女は部屋をあとにした。

「でも、そのうち気が変わるかもしれないから、いつでも言ってきてね」


「まったく、何を考えているのやら」

 クルスはそれでも、実る可能性のない月羽への思いをララに知ってもらえただけで、心が軽くなったような気がしていた。




 月がまばゆく地上を照らす、凪いだ砂漠。

 誰もがこのまま静かに時が過ぎてくれることを祈っている。



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