第4話
連絡を受けてクイーンシティに泰斗が戻ってきたのは、回収された戦闘ロボがちょうど搬送されたすぐあとだった。
「ジュリーせんぱい! 搬送されたロボットは?! どこですか! 」
息せき切って研究室に入ってきた泰斗が、目を輝かせてジュリーに聞く。そんな泰斗を、ジュリーはにんまり笑ってからかい出す。
「え? ロボットぉ~? どれかなー。うちの研究所ってロボットだらけなんだもーん」
「ジュリー先輩またそうやってからかうんですから。僕が言ってるのは、ハリスたちが見つけた、すごく飛ぶタイプのです! 」
「おお! あの、あれか」
「そうです、その、それです」
「知らないよん」
涼しい顔をして言うジュリーに、ガクッとなりはしたが、すぐに立ち直って反論をする泰斗。
「もー、いい加減にしてください! 連絡受けて、本当に楽しみで帰ってきたんですから」
「へえ、なにがそんなに楽しみなのかな、泰斗くんは」
「なにがって、構造がですよ。もしかしたら、高い壁の修復用ロボットとして利用できるかもしれないじゃないですか」
「ほほう、あれをそんなことに」
「そうです。とにかく、僕の夢は、見つけたすべての戦闘ロボを作業ロボにしてあげることなんですから」
「…へえ」
泰斗の言葉を聞いたジュリーは、感心したようにあごに手を当てて、あらためて彼の顔を見直す。
天才なのに。やろうと思えば、この世のすべてを牛耳れるほどの天才なのに。彼には爪の先ほども野心や邪心がない。あるのは人への愛と平和への望み。そしてそれと同じほどのロボットへの愛だ。
「ま、そんなだから、みんな後押ししたくなっちゃうんだろうね」
小さくつぶやいたジュリーは、あごから離した手で頭をガシガシかいたあと、ロボットの場所を教えてやるのだった。
「へえー、これか~。わあ、…ふうん、なるほど」
ディスプレイに映し出されたデータを見たあと、解析用のアームを1度止めた泰斗は、台に横たわるロボットを検診? し始めた。
台のまわりをくるくると動き回りながら、泰斗はロボットを横に向けたり裏返したり、はては抱きしめたり? しながら長いこと構造を調べていた。ようやく一通りの調査が終わったのか、腰をウーンと伸ばして体勢を立て直す。
「どうですか? 」
その時になって、ようやく研究員が声をかけてきた。皆、集中しているときの泰斗が上の空になるのは熟知しているのだ。
「あ、はい、大体のことはわかったんですけど。…えっと、ちょっとここだけがわからないので、アームあててもらっていいですか? 」
そう言いながら、ロボットの腰のあたりを指し示す。
「わかりました」
研究員は、すぐさまアームを泰斗が言ったところにあてる。するとまたディスプレイに様々な数値や図が浮かび上がってきた。泰斗はそれらを見ながら、研究員のひとりと熱心に何かを話し始めた。
すると、シュッと入り口のドアが開いて、横長の箱を持ったナオが入ってくる。
「お疲れ様でーす。皆さん、食事は済まれましたか? 」
彼女が空いているテーブルにその箱を置いて蓋を開けると、中には軽食を彩りよく詰め合わせたプレートが入っている。
「こりゃいいや。そう言えば今日は朝から何にも食べてなかったなぁ」
「駄目じゃないか」
「お前は食べたのか、」
「あ、えーと、たしか、昨日の昼にー」
「なーんだ」
笑い合いながら言う研究員。そんな彼らをあきれたように見ながら、ナオが腕組みをする。
「もう、そんなことだと思いました。じゃあ、お腹すいた人はとりあえず食べる食べる! はい、受け取って」
プレートを受け取ると、思い思いの場所でそれを広げる彼ら。飲み物はセルフサービスでいつでも自由に飲めるようになっているので、先に手の空いた者が他の者に配ったりしている。一気に和やかになったその部屋で、まだ堅苦しい顔を付き合わせているのが約2名。ナオは、いったん外していた腕をまた組んで1つ頷くと、つかつかと彼らの前へ歩み寄った。
「先輩」
1度目はふたりともスルー。
「せんぱーい」
2度目で研究員の方が気づく。けれど泰斗はロボットから目を離さないで、まだ何か言っている。
「先輩!! 」
ナオが泰斗の耳元で叫ぶと、「わ」と声を上げて、ようやくそこにいるナオに気がついた。
「もう、ナオ、ビックリするじゃない」
「先輩がいけないんです。せっかく軽食を持ってきたのに」
そう言って後ろに隠していた2つのプレートを前に差し出す。それを見た泰斗は最初ほわんとしていたが、次に本当に嬉しそうな顔をした。
「え? わあ、どうもありがとう。そう言えばお腹ペコペコだよ」
「でしょ? 」
泰斗は2つのプレートを受け取って、ひとつを研究員に渡し、
「じゃあせっかくだから、食べながら続きを」
と、あいたテーブルに2人で向かうと、泰斗は自ら飲み物を持ってくる。そしてときおりロボットに目をやりながら、また真剣に話を始めてしまった。
ナオはため息を落として苦笑いしたが、「まあ、いつものことね」と、少し寂しそうに自分の軽食を取りに行くのだった。
「どーお、はかどってるー? 」
ジュリーは請け負っていた自分の仕事が一段落すると、泰斗のところへとやって来た。
1歩部屋に入った彼は目を見張る。
目のあたりを撃ち抜かれたロボットは、たいてい自立出来なくなるはずなのだが、驚いたことに、くだんのロボットは自分でしっかりと立っていた。
「わあお。これも泰斗マジック? ジャンプロボットくんが立ってるぅ」
何だか嬉しげに言いだすジュリーに気がついて、泰斗が答えた。
「あ、ジュリー先輩。マジックなんかじゃないですよ。調査が全部終わったんで、中身を取り出してみたんです」
「中身って…」
「あ、取り出した中身はあれですよー」
不思議そうに言うジュリーに、ナオが部屋の一画を手で示す。そこにはロボットの内部骨格と、それを覆うように這っている無数のケーブル。そして頭脳とも言うべきマザーコンピューターは、外されて横に置かれていた。
「中身を取り出してボディだけにすると、ビックリするくらい軽いんですよね。でも、だからってヤワじゃなくて、強度もすごいんです。それでね…」
説明し出すと止まらなくなる泰斗をいったん押さえて、ジュリーはまず外側へと近づいた。なるほど、試しに持ち上げてみると見た目よりかなり軽い。ボディは硬いのかと思いきや、柔らかくてかなり柔軟性がある。
ジュリーはロボットを元通りそこへ置いて、今度は骨格へと近づいた。
「ほおー、これはこれは。で、どう? この中身は」
「あ、はい。やっぱりテクノロジーは古いです。なんせ200年くらい前のロボットですから。けど、今でも動くっていうのは、保存状態がすごくいいのかも」
「そうか。あー、だけど、R-4だって200年前からいるよ」
「…、R-4は…なんか、他のとは違うんじゃないかと」
「へえ、ま、そうかもな、前にお前変な事言ってたし」
「変な事? 」
ジュリーは以前、R-4が吹っ飛ばされたときの事を言っているのだが、泰斗はなぜかその時の記憶が飛んでいるので、不思議そうに聞く。
「いや、何でもないよ。で、これからこいつをどうするんだ? 」
「前にも言ってたとおり、作業ロボとして復活させるつもりです。それと、本当はつけなくてもいいんだけど、万が一のために護衛の機能も」
そう言いながら少し寂しそうにする泰斗。
今後、同じタイプのロボットが復活する確立は高い。空中で攻撃を受けたときのことを考えてだろう。
「なので、ジュリー先輩。どうやら先輩はお暇らしいので、手伝ってもらいますよ」
2人のやり取りを聞いていたナオがニンマリして言うと、ジュリーは焦る。
「ええー? 俺やっと前の仕事が一段落したばっかなんだよおー」
「ほらー、前の仕事が一段落して、お暇なんでしょ? 」
「いや、違う違う」
手をブンブン振りながら言うジュリーに有無を言わさず、ナオはその背中を押して骨格の足の方へと移動させてしまう。
「この関節の構造が、ちょっと難しくてー。ジュリー先輩ならきっとわかるだろうって期待してたんですよお」
目をキラキラさせてお祈りのように指を組み、ジュリーを見上げるナオ。
「うん? そ、そうなの? どれ、ちょっと見てみようかな」
持ち上げられて悪い気になる者はいない。特にジュリーは調子がよくてノリが軽いから、すぐその気になるのだ。泰斗は、そんなジュリーの性格を良く把握して知らず知らずのうちに協力させてしまうナオを、感心しながら眺めるのだった。
同じく、ここはクイーンシティ王宮。
第1拠点の警護をハリス隊に任せた丁央と月羽は、クイーンシティに舞い戻っていた。もちろん、空間移動装置を使ってだ。
今後の方針を検討するため、会議用にしつらえられた広間には、歴史学の朔の他に、地質学者、エネルギー研究者など、各界の専門家が集結している。すぐに現場を離れられない者は、テレビ電話で参加している。建築設計の斎、ロボット研究所のジュリーなどがそれにあたっていた。
広間での会議の様子は中継でクイーンシティはもとより、ダイヤ国でもその様子が映し出されている。
「…ということで、このロボは主に太陽光で動いています。新エネルギーを取り込むことは出来ませんね」
ジュリーがロボットの骨格を前に、説明している。
「それは確かですか? 」
「200年前には、こんなフリーエネルギーがあるなんて、だーれも思ってなかったからね。だから無限に動き続けられるわけじゃないね。ただ、太陽が輝いている間は、こいつらは動けるって事だ」
「それでも、ほぼ無限だな」
「だね」
ロボットの説明が終わると、次に朔が意見を述べた。
「今回のジャンプロボットですが、王宮に残っていた資料と、もうひとつダイヤ国の資料も調べさせてもらったところ、クイーンシティ周辺にだけその存在が認められました。埋まっているとすれば、クイーンシティ国境から第1拠点の間まで、と言うことになりますね」
「だったら、そこの地下を調べていくことになるな」
「でも、いたずらに掘り返して、どんどん復活しはじめたら、対応が難しくなるわ。いくら優秀とは言え、近衛隊たちを危険な目に遭わせたくないわ」
月羽がそんな風に言う。もっともだと丁央も頷く。
「何か、目を撃ち抜く以外にロボットの弱点はないのかな」
「うーん、精密機械の最大の敵と言えば水だけど、ロボットごとどっぷりつけなきゃ意味ないし。そんな大きなプールを作るのは、物理的に無理だよね。だからチマチマ倒していくしかないだろうね」
ジュリーの言葉に、皆、苦笑したり頷いたり。
(なぜそんな話になるのか?
実は、彼らのいる次元には、海がないのだ。湖も川もない。水は地下にふんだんにある水脈から取り入れている。そのため、彼らの知っている一番大きな水の塊は、なんと、第1拠点にあるようなプールサイズのものだった)
伝説のバリヤがいた頃の戦い方は、一角獣にヨロイを着けて、同じように飛び上がりながら倒すというものだ。今もその方法で出来なくはないだろう。
「駄目だよ。一角獣をそんなことに使っちゃ」
誰かが提案した戦闘方法に、ロボット研究所から反対する者がいた。
当然、泰斗だ。
「今研究してる、新エネルギーを使った乗り物が完成すれば、っていうか、クイーンシティ周辺だけならすぐにでも使えるんだから。不本意だけど、ジャンプロボットに対応できるのを、すぐに開発するよ」
人一倍平和を祈る泰斗が戦闘用の乗り物を作るという。無理をしていないかと丁央が確認した。
「いいのか? 泰斗」
「うん、一角獣の危険が回避できるのなら、そっちのほうがいいもん。それに、どっちかって言うと、攻撃より身を守る機能を最優先にするつもり」
「わかった、それなら大至急頼む」
「了解! 」
嬉しそうに返事をした泰斗は、あっという間に画面から消える。
「他には」
と、丁央が呼びかけたとき、テレビ電話を通じて発言する者がいた。
「よろしいかな」
ダイヤ国国王だった。
「国王! もちろんです」
丁央が嬉しそうに承認すると、彼はコホンとひとつ咳払いをして話を始める。
「ジャンプロボットは、復活してしまうと、クイーンシティのみならず、ダイヤ国にとっても驚異になることは間違いない。ダイヤ国も及ばずながら力をお貸ししたい」
「ありがとうございます」
「ああ、よいよい。それで、幸いなことにうちの国には戦闘ロボットがおるのでな。あれは対ロボット用に作られたもので、指示がない限り人を襲うことはない。よろしければ、使っていただきたいのだが」
「本当ですか? 」
「もちろんだ。ただ、大量に搬送するためには移動車をお借りせねばならんがの」
ダイヤ国王の言葉の後ろから、もうひとつ違う声がした。
「それでしたら、空間移動装置を使えば良いのでは? 」
現れたのはクルスだ。彼もまた、あのあとすぐダイヤ国へと帰っていたのだ。
「クルス? それは良い考えじゃが、はて、あの装置はそんなに大量に移動できたかの? 」
「だったら、大量移動出来るヤツを開発するっきゃない」
すると、もうひとつ声が聞こえてきた。
「時田さん! 」
なんと、Vサインなどしてダイヤ国王とクルスの後ろにいるのは、誰あろう時田だ。
「あ、そうか。空間移動装置の講義で、今ダイヤ国に行ってるんでしたね」
「そうそう」
「大丈夫なんですか? 」
「なーに。この、クルスってのがすんげえ優秀でさ。トニーと3人寄れば、無敵のチームだぜ。んなもん、あっという間だぜ」
そう言いながら、バンッとクルスの背中を叩いて、咳き込ませている時田。相変わらずのこだわりのなさだが、ダイヤ国王は、なぜかそんな時田を満面の笑顔で見ながら言う。
「時田は面白いやつでの。この男がいれば、大船に乗った気でおれるのじゃよ」
どうやら時田は、国王のお気に入りになってしまったようだ。
「けど、トニーと俺はいったんクイーンシティに帰るわ。研究に関しては向こうに色々置いてあるからな。クルスはこっちで引き続きエネルギーの事を頼む」
「わかりました」
「それでは、戦闘ロボ搬送の件はそれでお願いします」
頷くダイヤ国王に礼を返したあと、丁央はあらためて各専門家ごとにチームを組んでもらい、ジャンプロボット対策を強化するのだった。
通信を終えた時田は、「うおっし! 」と楽しそうに言うと、国王へしばしの別れを告げ、クルスの背中を押す勢いで空間移動装置へと急ぐ。
「あ、の、時田。そんなに押さなくても、ちゃんと歩けます」
「歩いてちゃあ、駄目じゃねーか。国王も言ってただろ。事は急を要すってさ」
「? 言ってましたか、そんなこと」
「ああ、国王のお顔が言ってたよ」
ようするに、時田は自分が急ぎたいのだ。クルスは苦笑いをしながらも、憎めない時田にあわせて大股で歩き出した。
装置が置かれた部屋へ行くと、トニーが笑いながら2人を迎える。
「よう、早いな」
「あったりまえだ。さて、早速だが、今よりかなりでかい装置を考えてるんで、クルスには相当頑張ってもらわにゃーならん」
「それはそれは、光栄ですね」
「おいおい」
時田の無茶ぶりは毎回の事なので、クルスは慣れたものだ。かえってトニーの方が焦ったように時田に釘を刺す。
「皆がお前と同じだって思うなよ、この研究バカが」
しかめた顔で言うトニーに、クルスは微笑みながら彼をなだめる。
「トニー、研究バカはお互い様ですよ」
クルスの言葉に、やれやれと肩をすくめるトニーが聞く。
「ところで、今度のはどのくらいの規模にするんだ? あまり大きすぎると、平面が保てなくて安定感に問題が出てくるぞ」
「あ? 誰が平面にするって言ったよ」
「? 」
ニヤリと笑った時田が、またとんでもない事を言い出した。
「俺の考えてるのはな、R-4の移動部屋みたいなヤツだよ」
「は? 」
「え? 」
「何考えてるんだ! こんな火急時に! 」
トニーはさすがに怒ったように言う。だが、時田はちっともこたえていないようだ。
「だから出来るんだよ」
軽い調子で言う時田に、はあーっとため息をついたトニーは、大きく首を振ったものの、仕方ないというようにクルスに向き直る。
「仕方ない。クルス、本当に悪いが、可及的速やかにエネルギー省力化を頼む」
床に着きそうな程頭を下げたトニーは、時田の頭に手をおいて、そちらも有無を言わさず下げさせる。
「少しは頼み方も学べ」
「わーかったよ。わかったから手を離せ」
そう言ってトニーの手を頭からどけると、時田はあらためてクルスに向かって頭を下げた。
「いつも俺のわがままに付き合ってくれて感謝してるぜ。けどそれは、あんたの技術の高さに感服してるのと、あんたの人柄を全面的に信頼してるからってことだ」
その言葉に少し驚いたようなクルスは、一瞬あらぬ方を向いて照れていたが、また微笑んで言う。
「ありがとうございます。よく言っておられるように、追い込まれてからが腕の見せ所、ですね」
パッと顔を上げ、輝くような笑顔を見せた時田は、
「そうだぜ。皆があっと驚くような装置を、いっちょ作ってやろうぜ」
と、親指を立て、クイーンシティへと帰っていったのだった。