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第3話


 丁央と月羽は、視察へは空間移動装置を使わずに、移動車で第1拠点へと向かい、何日かの行程を経て到着していた。


「月羽、行くぞ! 」

 満面笑みの丁央を見て、月羽はガックリと肩を落とす。

 なぜなら、彼は水着にゴーグル姿で、手にはご丁寧にピンクの浮き輪など持っている。

「せっかく砂漠のオアシスなんだ。泳がない手はない! 」

「丁央、貴方は国王なのよ。もうちょっと…」

「国王としての自覚を持って、だろ。わかってるよ、だから国王として、オアシスのプールを視察しに行くんだ」

 そのセリフを聞いて、ため息をつきながらも仕方なく頷く月羽。

「わかりました。でも、私はゾーイに手合わせを頼んであるから、それが終わったら行くわ」

「ゾーイ? 」

「そ。ハリス隊の副隊長さんよ。あ、丁央もどう? 」

「げ! えーと、あーと。…今日は、ちょっと、遠慮しとくよ」

 心持ち顔が青くなった丁央は、そんな捨て台詞を残してそそくさとプールへ向かった。



 ハッ! 

 ガシッ! 

 足場の悪い砂漠で、2人の女性が手合わせのトレーニングをしている。

 その横では、チェアに座っている男が厳しい目つきで2人を見ていた。


 練習とは言え、かなり緊迫した手合わせに、まわりには自然に人が集まってきた。

 皆、固唾をのんで見守っていたが、ほんの少しバランスを崩した月羽を、ゾーイが見逃すはずがない。すかさず組み敷いて、のどの急所の手前で手を止める。

「参りました」

 月羽は潔く負けを認めた。

 口の端を少し持ち上げて月羽の上からどくと、ゾーイは月羽に手を差し伸べた。月羽も微笑んでその手を取る。

 すると、まわりから拍手が起こりだした。

「すごい、ですわ…」

「ああ、あのゾーイと、ほぼ、互角」

「こりゃあ、夫婦ゲンカしたら、絶対王妃様の勝ちだねー」

「だね」


 ハリス隊に賞賛を受けた月羽は、「ありがとう」とお礼を言って嬉しそうだ。

「これで汗を」

 ゾーイが渡してくれるタオルをニッコリ笑って受け取ったが、彼女はそれを使う気配がなさそうだ。

「あの、汗が…」

 言葉少なに心配するゾーイに気づいた月羽が、何かを思いついたように言った。

「ねえ、ゾーイもこのままプールに行きましょ」

「え…」

 そんな提案を、カレブが聞き逃すはずがない。

「プール? いいなあー俺も行きまっすよおーん」

「あ、カレブ、ずるい。俺も」

 レヴィも嬉しそうに言った。

「私も行きますわ」

「私もー」

 と言うことで。

 驚くゾーイの手を取って楽しそうに走って行く月羽を先頭に。

 その日、オアシスのプールは国王夫妻とハリス隊に占領されてしまったのだ。



 翌日の、まだ薄暗い早朝。

 丁央は、隣に眠る月羽を起こさないよう、細心の注意を払って、そっとベッドを抜け出した。

 昨日着いたばかりで、いきなり手合わせをして、そのあとプールに湯浴みに、と、やはり疲れていたのだろう。月羽はぐっすりと眠っている。

 その幸せそうな寝顔にキスしたいのをぐっとこらえて、丁央は部屋を出て行った。


 着いたのは砂漠の鍛錬場。昨日月羽がゾーイと手合わせしていた所だ。

「おはようございます」

「おはよう」

 誰もいないと思っていたそこに、二人の男を見つけて、丁央は少し驚いた。

 近衛隊隊長のイエルドと、ハリス隊隊長、ハリスだ。

「なんで? あ、二人で手合わせしてたのか」

 丁央が言うと、なぜかハリスは苦笑いしながら言う。

「…いや、負けず嫌いの誰かさんが必ず来ると思ってね」

 イエルドも、こちらは少し言いにくそうに言った。

「月羽さまが、最近腕を上げられてきたので、隠れて鍛錬なさるのでは、と」

 二人の言葉に最初ポカンとしていた丁央は、少しうつむいて、そのあと嬉しそうに顔を上げた。

「ありがとう! 実を言うとそうなんだ。あ、でも、負けず嫌いでじゃなくて、月羽に守られてばっかりというのも、なんだかふがいない…、あ、これが負けず嫌いか。ま、そういうこと! 」

「そんなことだと思った。だが、イエルドがいるんなら、俺はいいよな」

 と、帰ろうとするハリスを引き留める丁央。

「あ、待ってくれよ。ゾーイと何度も手合わせしているお前がいなくちゃはじまらない。で、イエルドは、基本のなってないところを指導してくれよな、頼む! 」

 そう言って手を合わせて拝むようにする丁央。

 イエルドは少し恐縮しているが、ハリスは、国王という名前をただの名札のようにしか考えていない丁央の、権力にとらわれないところが好きだし良いと思っている。ただし、それは人に接するときだけ。

 国王の権限や義務や、その立場に含まれるすべての重圧を自分で背負っていくと決めているのも、また丁央だ。そして、普段はあまりそれを人に見せることがないのも。


「わかった。だったら最初に俺が相手する。イエルドは横で指導してくれ」

「了解」

「え? 最初はハリスって、手合いはハリスだけ、だよな? 」

 確認する丁央に、二人はニヤッと顔を見合わせて答える。

「せっかく二人もいるのですから、もったいないです」

「早起きして来てやったんだ。ありがたく気持ちを受け取れ」

「うえー、そんなの体力持たないよー、勘弁してー」

 泣き言を言う丁央に、「早くしろ! 」と、容赦なく声をかけるハリスだった。




 今回の視察も、交代で第1拠点に居留するエネルギー班や建築班、警備のハリス隊などからの報告と、簡単な会議。そのあとはダイヤ国との調整だ。

 その日の会議で話題に上ったのは、主に宇宙エネルギーの事だった。

 ただ、丁央は会議の最後に、移動車でここまでやって来る途中に、今までとは少し違う感じがしたことを告げる。何がどう、と言うことをうまく説明できないのだが、些細な違和感があった。それは月羽も感じていたようだ。

 国王夫妻は視察に出る際、極力空間移動装置を使わずに移動車を使う。それは、今回のように、拠点と拠点の間に、変わった動きがないかの確認のためでもある。(時田は、国王が空間移動の装置を使わないことにむくれていたりするが)


 そして、護衛のためにともに移動してきた近衛隊にも意見を求める。

「どう思う? 」

「そうですね…」

「あー! 俺はさ、砂漠を走ってるときになんだか本物みたいな夢を見た! 」

 考え込むイエルドの横で、蓮が手を上げて言う。

「夢? 」

「うん。何か変なヤツが出てきてさ、俺のじいちゃんのじいちゃんのそのまたじいちゃんだー、とかなんとか言ってさ。なんかすんごく高く、ぴょよよよーんって飛ぶんだよね。なんだコイツって思ってると、…イテ! 」

 蓮が言いたい放題言っていると、何かが落ちてきて彼の頭に直撃した。落ちたあたりを見やると、このあたりではどこにでも落ちている小さな木の実だった。

「あれ? なんだこれ、どっから落ちてきたんだろう」

 拾ってあたりを不思議そうに見回す蓮。その彼に誰かが語りかける。

〈変なヤツじゃなくって~君の先祖の~、神足 怜。飛ぶヤツに気をつけろって言ってんの、まったく〉

「ほえ? 」

 佇む蓮に、イエルドが声をかける。

「どうした? 」

 すると、ガチガチと歯をならしてゆっくり振り向いた蓮が、またいきなりまくし立てる。

「うわ! イエルド、聞いて聞いて! 今、俺のご先祖様って言ってた! な、なんなんだろ、うわ! すげえ」

 興奮する蓮の話を根気よく聞き出して、丁央は少し考え込む。

「うーん。やっぱりここまで来るときの感じからして、何かあるのかもしれない。それと、ラバラさまに来てもらう必要があるかもな」

「今の蓮くんのこと? 」

 月羽が聞くと、丁央は頷いて答える。

「ああ。ラバラさまなら、何か聞き出してくれるかもしれない、蓮のご先祖様に」

 ウインクして蓮に告げる丁央に、イエーイと親指を立てて答える蓮。

 だが、ラバラさまに連絡を取る暇もなく、事は起ころうとしていた。




 砂漠のオアシスからかなり離れた場所。

 地中を流れる水脈が、ちょうど途切れたそのあたり。

 ズ、ズズズ…

 始めは小さなへこみのようなところから、どんどん砂が落ちていき、やがてそれは緩やかに回転しながら大きくなっていく。人1人分ほどのすり鉢状まで成長したそれが、徐々に動きを止めたかと思うと。

 ボウン。

 と、音がして、何かが飛び出した。

 ロボットだ。ギシギシと関節が痛くなるような音をさせながら、そいつはしばらく自ら停止と再起動を繰り返し、そのたびに手足の可動域が大きくなっていく。まるで準備運動をしているようだ。

 最後の起動を終えると、ピピッと目のあたりが赤黒く光を放ち…。

 キュ。キューーーーーーウン!

 1度小さくかがみ込むと、それはオアシスのある方角に向かって、空高く飛び上がって行った。




 丁央は会議を終えると、ラバラさまへの連絡は他の者に任せて、月羽とともにエネルギー開発室へと向かう。

 ダイヤ国と協力しつつ、研究を重ねて利用することになったこの宇宙エネルギーは、フリーで無限であるため、取り込み方さえ間違わなければ永遠にその恩恵を受けることが出来るのだ。

 部屋に入ると、今日の会議にあわせて来ていた、ダイヤ国の宇宙エネルギー担当、クルスの姿が目に入る。

「ご苦労様です。いつもわざわざありがとう、クルス」

 丁央が声をかけると、クルスは微笑んで握手に答える。

「いいえ、私の仕事ですから」

「でも、移動が。あっそうか」

「そう。時田が自信を持ってお勧めしてくれる、空間移動装置を使いますから」

 そう言って苦笑するクルスに、同じく苦笑いを返す丁央。

 クルスが最近、空間移動装置にかなりの関心を寄せていることは、本人に聞いて知っていた。どうやら、時田に耳にたこができるほど素晴らしさを吹き込まれているうち、頭から離れなくなったらしい。

「まったく、時田にも困ったもんだ」

「いいえ。現時点ではこの装置は、かなりエネルギーを必要とします。トニーや時田はその点もずいぶん研究したようですが、省力化には苦労しているようですね。私が入る事で何か協力できるのではないかと思っています」

 丁央はクルスの言葉に、またガシッと握手を交わして続ける。

「ありがとうございます! トニーはともかく、時田はかなり思い込みの激しい変わった人物なんで、違う意味で苦労すると思いますが」

「そうですね。ですが、思い込みが激しいが故に、行き詰まった時や、新事実が発覚したときの思考の切り替えの素早さには感心させられます」

「へえー、それは知らなかった」


「国王! 」

 2人が時田話に花を咲かせているときだった。慌てたような通信の声がエネルギー開発室に響き渡る。

「なんだ? 」

 即、通信を開いて丁央が答えると、前面のディスプレイが何かを映し出す。それは、遠い砂漠の向こうで、何かが空から落ちてくる映像だった。

「なんだ? 隕石? なわけないか」

 丁央が言うと、いったん地上に落ちたあたりから、また何かがボンッと飛び出したのだ。

「何だあれは? こっちへ向かっているのか? ドームシステム、スタンバイできてるか! 」

「はい、すぐにでも」

「よし、起動してくれ! それから、近衛隊、ハリス隊は調査に向かえ」


「もう向かってるよー」

「こっちもだ」

 テキパキと指示を出す丁央だが、近衛隊とハリス隊は独立した体系になっているため、国王の指示を待たずに動くことが出来る。これは、丁央が国王を継いだあと、自らが考案したシステムだ。このことは、言うまでもなく、丁央が彼らに寄せている信頼の厚さから来ている。


「ドームバリヤ、起動します」

 部屋を飛び出す丁央の耳にドーム室からの声が聞こえた。

 すると、敷地を円形に整備された第1拠点と砂漠の境界線が、まばゆく光り出した。そして、そのすべてから、薄い膜のような光がどんどんせり上がっていく。やがてその光は、第1拠点をドームのように覆い尽くしたのだった。

 そう、ダイヤ国の技術協力により、ここ第1拠点にドームバリヤが設置されたのは1年ほど前のこと。ただ、今まで何度も起動したことはあるが、それは訓練や点検のためだった。

「完璧だわ、備えあれば憂い無し、ね。さてと、血の気の多い国王が出て行っちゃったから、私は待機しなくちゃならないじゃない。…第1拠点は、これよりエネルギー開発室において、王妃である私、小美野 月羽が指揮を執ります。よろしくて? 」

「「了解しました! 」」

 これもまた、丁央と月羽が相談を重ねて取り入れたシステムで、どちらか一方が必ず指揮官として拠点に残ること、というものだ。万が一の時でも、国王か王妃、どちらかか残っていれば国は機能していくという考えからだ。お互いどれほどの覚悟を持ってこの決定をしたのかは、誰にも計り知れない。



 近衛隊、ハリス隊の先発隊は、こちらへ向かっていると思われる物体が目視できるあたりまで進んでいた。

 キューーーーウウウン……、ザンッ!

 すると、嫌な金属音を響かせて、そいつはすぐそばへと落ちてきた。

「ロボット? 」

「戦闘タイプ? 初めて見るね。あ! ご先祖様の言ってた飛ぶヤツって、これかー」

 蓮が言うと、イエルドは頷いて何体かの護衛ロボを地上に送り出した。

 ドンッドンッ。

 間髪を入れず、攻撃してくる戦闘ロボ。


「うえっ、容赦ないねー」

 カレブがディスプレイを見ながら思わず言う。

「当たり前だ。戦闘用なんだから」

 言いながらゾーイは、今にも地上に降り立とうとしている移動車から走り出る。


 ドォン! 

 キュ……ウ。

 ゾーイの攻撃もまた容赦ない。ただ、飛び上がろうとするそれが、今までのロボにはない動きだったため、弾がほんのかすか外れたようだった。


 ドン! 

 ガクガクと異様に動きながらもそいつは攻撃を仕掛けてきた。横っ飛びに弾を避けたゾーイと入れ替わるように、人影が現れた。

「あきらめなさい」

 ティビーだ。

 落ち着いた言葉とともに目のあたりを撃ち抜くと、そいつはようやくガラガラと崩れ去ったのだった。


「これ一体か」

 音が止んだ砂漠で、くまなくあたりを見回したあと、ゾーイが崩れたロボにかがみ込んで言う。

「そのようね」

 ティビーが答えると、上空で止まっていた移動車から声がした。

「とりあえずそいつは回収して、クイーンシティのロボット工学研究所に搬送するよ。念のため、もう一発撃ち込んどいて」

 遅れてやって来た丁央の移動車だ。

「ラジャ」

 静かに言うと、ゾーイは、ロボの目のあたりに銃を向けるのだった。



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