第2話
ドームシティの建物は、砂漠の中に長い間放置されていたにもかかわらず、かなり良い状態で保存されていた。
斎は、街中にある高い塔から砂漠を見渡していた。
彼は今、クイーンシティとダイヤ国が共同で行っている、両国の建造物修復のため、第2拠点であるドームシティを訪れているのだ。
多久和 斎。
かつて、クイーンシティの新たなエネルギー開発と高い壁の保存のため、ジャック国を探すべく結成されたプロジェクトのリーダーだった。そして、すべてが滅び去ったと思われていた砂漠で、彼らと同じように国を守り続けていたダイヤ国を発見する。
その後、平和を望む2つの国は、互いの持てる技術を交換しつつ、交流していくことを取り決めていた。
「あれは…」
斎は塔の上で、さっきから同じ所を何度も行ったり来たりしては、途中でプスンと止まってしまう乗り物を眺めていた。おかしなことに、その乗り物は止まったかと思うと、また浮かび上がり、進む。そしてくるりと方向を変えて進むのだが、また同じところで地上にコトンと降りてしまうのだった。
何度かそんなことを繰り返していたが、ようやく乗り物から脱力して降りてきた人物が、彼がよく知る人物だったのだ。
「泰斗じゃないか」
そうつぶやくと、斎は仲間に断って塔を降りて行った。
「泰斗」
「あ、多久和さん! 」
泰斗はやって来た斎に気がつくと、笑顔になって声をかけてきた。
「何やってるんだ? 」
「今開発中の、乗り物を試乗してたんです」
「それはわかってるんだけど、何で途中で止まってしまうんだ? 」
「えっと、それがですね…。どう説明したらいいのかな、リトルペンタとリトルダイヤの中継がなかなかうまくいかなくて」
そんなふうに言ったあと、乗り物の説明をはじめる。
以前は人にふれるとパチンとはじけて消えてしまっていたリトルペンタだが、ここ何年かで、それがほぼなくなりつつあった。すると、リトルペンタたちはフワフワと街のあちこちに現れては、最初は子どものおもちゃを浮かばせて一緒に遊んでいたり、木に引っかかったボールなどを落としてくれたりしていた。
あるとき燃料が切れて立ち往生していた移動車を、リトルペンタたちがやんやとやって来て、車庫まで運んでくれた光景を見た事で、泰斗はいまある乗り物を思いついたのだった。
「これも移動車と同じように、普通に浮かび上がることは出来るようになってるんです。けど、なんて言うのかな、もっと楽しく移動したいなって」
「楽しく移動? 」
「はい。えーと、自然のぬくもりみたいなのを感じながらっていうか。それなら一角獣に乗れば良いって言われそうなんですけど、小さな子どもやお年寄りには一角獣はハードル高いんですよね。だから、誰にでも簡単に乗れるものをって考えて」
斎は、泰斗の発想に感心しつつ、なぜ彼の作るロボットが、いつもあんなに優しいのかがわかったような気がした。泰斗は、ロボットに彼自身の心の温かさや、世界を楽しむ心を載せているのだろう。たぶん無意識に。
「で、リトルペンタとリトルダイヤに相談したら、いいよーって快く引き受けてくれたんですけど。彼らの間には、彼ら自身にもどうしようもない決まり事があるらしくて、あ、これはステラさんが言ってたんですけどね。ちょうどあの第2拠点のあたり、昔のダイヤ国がその決まり事の地点になってて、彼ら単独で行き来できるのはそれが限度なんです」
と、ドームシティの方を見やる。斎も視線に誘われるようにそちらに目をやった。
「単独と言うのは? 」
「不思議なんですけど、一角獣がいると超えられるんですよね。けど、いつも一角獣についててもらえる訳じゃないし」
すると、ドームシティを挟んでリトルペンタとリトルダイヤがサアッーと現れ、ポンポン弾んで遊んでいる。だが、中間で混じり合うことはあっても、決して2つのリトルたちが入れ替わることはないのだ。
「そうか。けど、泰斗ならきっと出来るよ」
「そうですか? なんか多久和さんに言われると、絶対大丈夫な気がしてきた。ありがとうございます、頑張ります! 」
ぴょこんと頭を下げたあと、ニッコリ笑うと、泰斗はその場を離れようとした。
すると、彼らの左右から、2つの移動車が近づいてきた。
ひとつはクイーンシティのもの、もうひとつはダイヤ国のものだ。その2つは同じように速度を下げ、同じように着陸した。
中から降り立ったのは。
「先輩! 」
「泰斗」
ロボット工学研究所の後輩、ナオと、ダイヤ国の占い師、ララだった。
「ナオ、ララさん。ふたりともどうしたの? 」
「それが」「それがですね」
同時に声を発した2人は、ふいと顔を見合わせる。そして目と目が合った途端。
サァーーー
サァーーー
リトルペンタとリトルダイヤがやって来て、2人の真ん中でぶつかり合うと、バチバチッと火花を散らしはじめたのだ。これには泰斗も斎も驚いた。
「わあ! だめだよ、リトルたち。どうしちゃったの」
慌てて泰斗が止めに入ろうとした時、また声がした。
「おばあさまから、またヒントを預かってきたわ、ララ」
「ステラ」
「ステラさん」
そこには、いつの間にかもう1台移動車が止まっていて、筒のように丸めた布らしきものを手に持つステラが立っていた。2人の視線が離れたことで、リトルたちはおとなしくなっている。
ララはそんなリトルたちに気づいたかどうか、ステラに向かって頭を軽く下げた。
「まあ、ありがとうございます。ふふ、でも、ステラさんの顔。ラバラさまったら、また謎かけみたいな事を用意されたんですね」
「そうなのー、もう、おばあさまったら、いい加減にしてほしいわ」
ほとほと困ったという表情をしていたステラは、三人の顔を見回したあと、なぜか突然、泰斗に話を振った。
「…ところで泰斗」
「はい」
「貴方、好きな人っている? 」
「え? 」
急に何を言い出すのかという顔で、泰斗はステラを見る。その言葉に、ナオはなぜか、バッと顔を赤らめてうつむき、ララは一瞬ポカンとして、そのあとふふっと微笑んだ。
「なんなんですか、急に」
「いいから答えなさい」
「はい! 好きな人ならいます」
泰斗の答えに、はじかれたように顔を上げるナオと、驚き顔のララ。
「えーっと、まず、丁央に、遼太朗に、ハリスに。それから月羽さんに、あ、当然ステラさんもです。それからそれから…」
と、彼を見つめる2人に向かってニコニコしながら言う。
「ナオとララさんも、もちろんね」
ガックリ肩を落としたナオに気づかずに、泰斗は話を続ける。
「あ、多久和さんに雪乃さん。青葉さんも。えーと、で、いつもちょっかいかけられるけど、ジュリー先輩も好きです。えーと、それからー」
すると、こちらもガックリ肩を落としたステラが、
「あー、わかりました。もういいわ」
「え? でもまだたくさんいますよ、たとえば」
「はいはい、聞き方が悪かったのね。じゃあ、その中で1人だけ、ランチに行かなきゃならなくなったら、誰を選ぶ? 」
「え、ひとりだけ? 全員じゃ駄目なの? 」
「だめよ、ひとり」
ナオはもういいというような顔でステラを見るが、ステラはなぜか面白がっている。
「ええー、えーと、だって誰かだけなんて選べないし、皆で行きましょうよお」
ブンブンと首を振るステラに、汗たらたらの泰斗に、それを可笑しそうに見ている斎。
さあ、泰斗の運命は!
と、こんなとき、救世主は必ず現れてくれるのだ。
目線をあらぬ方へとやった泰斗が、その方向に見たものは。
グニャグニャと歪みはじめる空間だ。
「R-4! 」
移動部屋からひょっこり顔を覗かせたR-4に、嬉しそうに走り寄りながら泰斗が言う。
「ステラさん、決めました。行くならR-4とにします! 」
「ナンのコト? 」
「何でもないよ、で、何か用事? 」
「用事ガあるカラ、忙しいノに来てやったノ」
「良かったー」
R-4に飛びついて、ホッとしたように移動部屋へと消える泰斗だった。
ステラは肩をすくめて、ララとナオの方へ向き直る。
「おふたりとも、あんな天然は放っておいたほうが身のためよ。綺麗さっぱり諦めることね」
すると、ララはまたふふっと微笑みながら答える。
「そうですね。ちょっと、鈍感すぎ、かな? でもそういう人を待ってるのも、また楽しいかも、ですけど」
だか、ナオの反応は少し違っていた。
「ララさん。駄目ですよ、やっぱり諦めた方が良さそうです」
「どうして? 」
「だって、R-4が相手じゃ、絶対太刀打ち出来ません! 先輩は本当にR-4が大好きで、いいえ、愛してるって言ってもいいくらいなんです! 」
これには、その場にいた全員がかなりあっけにとられたが、最初に立ち直ったのは冷静な斎だった。
コホン、と咳払いすると、苦笑して二人に言う。
「まあ、今の泰斗にとっては研究が恋人みたいなものだから、恋愛に目を向ける余裕がないんじゃないかな。そのうち二人の気持ちにも気がつくと思うよ、…たぶん、だけど」
素直に頷くララとナオ。けれど二人は少し恥ずかしそうに微笑みあったあと、きっぱり宣言する。
「ナオ。あんな鈍感、放っておきましょうね」
「そうですね、天然のニブ男は、待っててもちっとも良いことなんかないですよね! 」
そう言ってガッチリと腕を組むと、楽しそうに笑い合った。どうやら彼女たちは愛情より友情を優先したようだ。
しばらくして、そおーっと移動部屋から顔を出した泰斗は、皆が楽しそうにしているのを見て、ホッとしながら降りてやって来た、のだが。
「わあー、なにー? どうしたのー。痛い、痛い、やめてー」
現れたリトルペンタとリトルダイヤに、泰斗はパチパチとはじかれながら追いかけられる羽目になってしまったのだ。
「リトルたちも、私たちの味方ね」
「そうですね。でも、そろそろ許してあげるように言って下さい」
「わかったわ。…はい、リトルたち、そこまで。ちょっとやりたいことがあるから、みんな集まってー」
ステラが声をかけると、2つの国のリトルはすぐさま泰斗への攻撃? をやめる。
「あれ? どうなってるの? 」
泰斗は急に止んだリトルたちのパチパチに、ホッとしつつも不思議そうにしている。
「ハハ、泰斗も大人になれば、わかるよ」
「? 」
斎の言葉に、僕もう成人の儀はすんだんだけどな、と、また頭の中にクエスチョンマークが飛び交う泰斗だった。
斎は皆から別れて塔へ戻ると、また修復のための調査を始める。
さすがに高い技術力を誇ったジャック国の近くにあった国だ。この砂漠に置き去りにされながら、その塔の補修箇所は数えるほどしか見つけられなかった。
「これで終わりですね」
「はい、お疲れ様でした」
修復の方法を細かく確認してタブレットに入力すると、ダイヤ国の建築士と斎は、微笑みあってガッチリと握手をかわした。
立ち上がって外を眺めると、またさっきと同じように、泰斗があの乗り物で行ったり来たりを繰り返している。
さっきと違うのは、ステラ、ララ、ナオの3人がまわりでフォローをしていることだ。
見ると、ステラとララが境界線の左右に手を広げて立っている。真ん中では、ナオがタブレットを持って何やら指示を出している。
乗り物がプスン、と止まる度に、リトルたちがザザッと集まってきてはパチパチはじけて、「わっ、ごめーん! 」と叫ぶ泰斗の声が小さく聞こえてくる。
「頑張れよ」
微笑みながらつぶやくと、斎は塔を降りて行った。