第1話
ここはクイーンシティ。
新国王の戴冠式から一ヶ月ほどすぎたある日のこと。
「ヒューウ! いやっほーい」
「こ、こ、こ、国王! 危険です、降りてきて下さい! 」
「危険なんて言ったら、泰斗に失礼だせー、うおお、すげぇ! 」
「こくおーう」
ここは王宮の裏庭。
裏庭とはいえ、その広さは見渡す限りなのだが。
その庭の上空に、なにやら怪しげな飛行物体。
この乗り物は、泰斗の勤務するロボット工学研究所が、今開発中の新しい移動手段だ。
エネルギーはダイヤ国と共同で開発中の宇宙エネルギーを使用し、空中に浮かび上がる方法として、リトルペンタ(本名リトル・ペンタグラム。200年ほど昔、次元のトンネルで発見された、正体不明の存在。ラバラによると、クイーンシティの護りであるようだ)の協力を得ている。
そのため、移動車のような大きな装備もいらず、軽くて、機能性、操縦性、居住性がすこぶる良いはず、である。
今、裏庭を飛んでいるのは1人用の試乗車。
本来なら泰斗が乗り込んで、国王にその姿を見てもらう趣旨だったのだが、乗り物をひと目見て目をキラキラさせた国王が、くそまじめな態度で機動の仕方を教えてもらったと思うやいなや、他の者の目を盗んでヒョイと乗り込んでしまったのだった。
「わあ! 丁央! ダメだよ、まだ試作品なんだから」
「だいじょうぶ。お前の優秀さは俺が認めている」
「優秀とか、関係ないってば」
だが、さすがに運動神経の良い丁央の事だけはある。縦横無尽に空を駆けて、まるで1人乗りのジェットコースターのようだ。
泰斗や側近たちが、地上であっちへ行ったり、こっちへ行ったり、大騒ぎしていると。
「蓮、頼んだぞ」
「はいはーい、まっかせといてー」
そんな会話が聞こえてきて。
一頭の一角獣が大空に舞い上がった。
「国王~、楽しそうですが~また王妃に怒られますよ~」
どんな動きをするかわからない乗り物の横に、ピッタリと一角獣をつけながら提言する人物がいた。彼は王宮近衛隊副隊長の、神足 蓮。
約200年前に活躍したバリヤ隊員の1人、神足 怜の子孫に当たる者である。見ての通り、受け継いだDNAは伊達ではなく、かなりな身体能力の持ち主だ。
王妃という言葉を聞いた国王は、うへっと言う顔をして頭をかく。そして、仕方がないと言う感じでスピードをゆるめていった。
「あーあ、もっと操縦したかったな。泰斗、これどうやって止めるんだ? 」
「もう、そんなことだと思った。説明が長くなるから、自動操縦を使うよ。操縦桿から手を離して」
「え? こうか? 」
と、丁央が操縦桿の上で両手のひらをぱっと開く。
そのタイミングで、泰斗は蓮の乗っていた一角獣に「よろしくね」と呼びかけた。一角獣は頷いて、乗り物に語りかけるようにブルブルと首を振る。
すると、何と言うことか、乗り物の側面が金銀に輝きだして。
サアーーーっと言う音ともに、それは音もなく地上へ降り立ったのだ。
あっけにとられる皆をよそに、同じように地上に降り立った一角獣へと走り寄った泰斗が、頬をなでて言う。
「ありがとう、助かったよ。リトルペンタもありがとう」
そう言って乗り物に近づいた泰斗を金銀が取り巻いて、まわりでポンポン弾んで踊り出す。
楽しそうな泰斗に声をかける者がいた。
「ここにも1人、功労者がおりますよ」
見ると、蓮が胸に手を当てて言っている。
「あ! そうだよね。神足さんもありがとう」
「蓮で良いって、いつも言ってるのにー」
「はい! 蓮さんありがとう」
納得したように二イーッと笑う蓮に、生真面目な声が飛ぶ。
「ご苦労だった。だが、最後まで国王のご無事を確認するのもお前の仕事だ」
「あ、いっけない。けど、全然平気そうですよ」
と、降り立った乗り物から軽く飛び降りる丁央を指し示した。
「そ、俺なら大丈夫だよ、でもありがとう」
丁央が2人に声をかけると、1人は深く頭を下げる。
この人物が、先ほど蓮に指示を出した男。王宮近衛隊隊長のイエルド・オルセンその人だ。蓮とは対照的に生真面目で、だが、規則一辺倒ではない柔軟性も持ち合わせている。
もう1人、連の方は、イェーイとVサインなど出している
丁央はそんな2人に微笑んだあと、泰斗に素朴な質問をした。
「これってもしかして、一角獣がいないと動かないのか? 」
「ううん、でも、まだ着陸のときは一角獣が話してくれないと、リトルペンタに伝わらないんだよね」
そう言ってちょっとシュンとしていた泰斗の後ろから声がした。
「ごめんなさいね。おばあさまったら、私に任せたんだから最後まで責任とれって言って、肝心の事を教えてくれないの」
「ステラのせいじゃないだろう。悪い、遅くなった。首尾はどうだ? 」
振り向くと、そこには遼太朗と恋人のステラが立っていた。ステラはラバラさまの孫にあたり、彼女も伝説の魔女の血を引く優秀な占い師だ。
「遼太朗、ステラさん」
「遅いじゃないか。華麗な俺の腕前を見逃したぜ」
「俺の腕前って、泰斗が運転するんじゃなかったのか? 」
「それがさ」
と、さっきのいきさつを泰斗から聞いて、あきれたように顔を見合わせる遼太朗とステラ。
そしてもう1人。
「丁央、今のはどういうこと? 」
彼らの後ろから、腕組みをした月羽が現れたのだった。
「ほんとうにごめんなさいね。丁央ったら、ひと月も立つのに、全然国王って言う自覚がなくて」
場所が変わって、ここは王宮の応接室。月羽が自ら紅茶を入れてくれている。運んでいるのは丁央だ。
「ほんとうにごめんなさい。泰斗くんには心労ばかりおかけして」
月羽の言い方を真似して紅茶を配る丁央に、泰斗はため息をつく。
ステラはクスクスと笑っていて、その横では遼太朗がこれも可笑しそうに言う。
「お前、いい加減にしないと、王位を剥奪されてしまうぜ」
「うーん」
慌てるどころか、考え込む丁央に、ステラが言った。
「あら、それだと、この結婚も白紙になるわね」
この一言には、かなり慌てる丁央。
「え?! それはダメです、嫌です。絶対に駄目だ! 」
「だったら、頑張るしかないわね」
「わかりました。月羽、皆、ごめんな」
なんだかんだ言って、丁央は月羽が大好きなのだ。そして月羽も。
部屋の隅にあるキッチンカウンターで、丁央の言葉に心持ち頬を染める月羽と、それを見ながら微笑みあう遼太朗たちだった。
「ところであの乗り物、着陸以外に改良するところはないの? 」
月羽がキッチンから泰斗に聞くと、彼は少し困ったような顔で質問に答える。
「うーん、それがさ。着陸の方はもう少し調整すればいいと思うんだけど、」
「けど、と言うことは他にも何かあるのね」
「この前ね、ダイヤ国の研究者が見てみたいって言うんで、持って行ったんだよね。そしたら最初、ちっとも浮かばなくて」
「へえ、何でなんだ? 」
紅茶を配り終えた丁央が話に加わる。
「僕も最初それがわからなくて。で、また一角獣の力を借りたら浮かび上がったんだ」
「ハハ、リトルペンタがご機嫌斜めだったのかな」
すると、泰斗は首を振る。
「違うんだよね。ダイヤ国であれを浮かび上がらせてたのは、リトルダイヤだったんだよ」
「え? 」
これには、事情を知らない月羽と丁央が驚く。
「そうなの。あのね、ちょうど元のダイヤ国、あのドームシティのあたりから、リトルペンタとリトルダイヤが入れ替わるの」
「縄張り、みたいなものか? 」
丁央が聞くと、説明していたステラは首を振る。
「いいえ、そう言うのではなくて、なんて言うのかな。宇宙と大地の決まり事…」
「宇宙と大地の決まり事? 」
「言葉では上手く表せないんだけど、あの子たちはわかってるの。その美しい緻密な法則に従って、宇宙と大地が成り立っている」
「へえ、すごいんだな」
丁央が感心する横で、泰斗があとを引き受けて話をすすめる。
「だからさ、ステラさんともう1人、ダイヤ国のララさんって言うんだけど、この2人がそれぞれの護りと今、調整を繰り返してくれてるんだよね」
「そうなの、それはありがとうございます」
頭を下げる月羽に、ステラは、
「いいえ、リトルペンタたちとのやり取りはとっても面白くてよ」
と、恐縮しながらも楽しそうに言う。
「俺は不満だ。おかげでステラと過ごす時間が短くなってしまう」
ちょっといたずらっぽく言う遼太朗に、
「わあ、ごめん」
と焦って謝る泰斗。
「もう、遼太朗! 大丈夫よ泰斗、冗談だから」
と、あわてて泰斗をなぐさめるステラ。
そして。
「だったらお前たちも一緒に住むか、早く結婚しちまえ! 」
などと言って、顔を見合わせる恋人同士の反応を楽しむ丁央がいた。
ほぼひと月前、月羽が成人を迎えるのを待って、丁央は月羽と結婚し、同時に国王となった。
それまでの二年間、彼は建築の仕事と勉強を続けながら、王宮での教育カリキュラムをこなしていった。丁央は王位を継いだあとも、天職と呼べる建築の仕事を続けていきたかったし、月羽もそれを強く願っていたからだ。
「丁央から建築の仕事をとっちゃったら、腑抜けになっちゃうもの」
「ああ、それは言えてるな。こんなわがままなヤツを受け止めてくれるんだな。ありがとう、月羽」
「どういたしまして」
そんな会話をしたあとに、丁央が「でも」と、少し肩を落として言う。
「王宮教育って言うのは、なんでこんなに大変なんだー。歴史に作法に言語に…数えだしたらきりがない」
「ふふ、だって王族が赤ちゃんの頃から習うことを、貴方は2年で覚えなきゃならないんですもの」
「だったなー、あ~あ。でも、月羽と結婚するためでなきゃ、きっと今頃挫折してるぜ」
「…」
「なに? 俺、何か変なこと言った?」
急に黙り込む月羽に、丁央は怪訝な顔をする。
「ううん、何でもないの。次は何の授業? 頑張ってね」
「おし! お次は、と。へえー、家事一般だって。何するんだろ、まあ行ってくるよ」
丁央が行ってしまうと、月羽は「私と結婚するために頑張ってるのか」と、つぶやいて、嬉しさを隠しきれない様子でその場をあとにした。
待ちに待った戴冠式と結婚式は近年まれに見る大きなイベントで、お祭り好きのクイーンたちの喜びようはハンパではなかった。
丁央は、いつになく真面目な面持ちで戴冠の儀に望み、月羽はその名の通り、月の妖精のように愛らしく美しい花嫁だった。丁央が花嫁に見とれすぎて、式が滞ってしまったのは、まあご愛敬と言うことで。
もうひとつ、お祭り好きの前国王が、身体中を笑顔にして(というのは比喩)、ああでもないこうでもない、もっと大々的なやり方はないのか、もっと楽しくできないのか、と、奔走したために、式後の披露宴が何日間も続けられることとなった。
だが、この提案には誰も異議を唱えず、クイーンもキングも歌い踊り、打ち上げ花火に、ランタンに灯籠に、王宮も旧市街もブレイン地区も住宅地区も、クイーンシティはその間中、祝福と笑顔と幸せに満ちあふれていた。
そしてようやく騒ぎが収まると、また街は穏やかな暮らしに戻っていた。
丁央は建築事務所と王宮の仕事を半々にこなしているため、月羽も王宮の執務をかなり担っている。
ただ、クイーンシティの平和と安寧の他に、新たにダイヤ国との共同プロジェクトが加わったので、新国王夫妻はクイーンシティを留守にすることも多い。そのため、丁央と月羽がダイヤ国に出向いているときは、前国王だった月羽の父が仕事を各専門家に采配して、不在中の執務を皆でこなしている。
「では、行って来ます」
「おう、留守中のことは心配しなくて良いからな。なにせクイーンシティには良い人材がわんさといるので、婿殿が不在でも国は平和で安泰だ」
「はい、それを聞いて安心です。ですが」
「うん? 」
「月羽の伴侶は、俺を置いて他にはおりませんので、それだけは誰にも譲りません」
丁央がきっぱりというと、前国王はしばらくポカンとして、そのあと豪快に笑い出した。
「アハハハ、わかったわかった。そんなに愛される月羽は、本当に幸せだな。末永く仲良くな」
丁央は本当に嬉しそうな義父に一礼してきびすをかえすと、月羽を伴ってダイヤ国へと出発して行った。