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第10話


「なんだあれは? 」

 ハリスが驚くのも無理はない。

 彼らの目には、空高く吹き上がる、水の柱が見えているのだから。




 久しぶりに第1拠点にやって来たとき、ラバラは、オアシスがほんの少し大きくなったような気がしていた。

「オアシスの水が増えておるんかの? 」

 ここに滞在している者に聞くと、

「そうなんですよ。でも、よくわかりましたね。オアシスは広がってはいますが、その速度はとても人の目では測れないほどなんですが」

 と、驚くように言われた。

「さすがはラバラさまです」

「なんの」


 ダイヤ国と連携してあらためて砂漠の地形を調査したところ、オアシスのあるあたりは、他の場所よりも土地が少し低くなっている事がわかった。そして、クイーンシティとダイヤ国に向かってゆるやかに標高が高くなっていく。

 オアシスはちょうどすり鉢の底。それで地下水が流れ込んで集まるのだろうと予想された。

「地下に埋もれるロボットは、水が集まってきたのを察知し、被害を避けるため、出来るだけ標高の高いところへ移動しようとした。そして、ダイヤ国ではなく、ここから一番近いクイーンシティを目的地に設定したのじゃろう」

 同じ方向に移動する大量のロボットたちを見て、ラバラは言った。

「…」

 そのあと無言で目を閉じていたラバラが静かに目を開けた。

「もう迷ってはおれん」

 聞くところによると、ここへ来て戦闘ロボットは、攻撃よりも移動を優先させはじめたとのことだ。

「すぐに丁央に連絡を入れてくれ」




 そうしてダイヤ国ロボットの回収作業が始まり、その途中であの水柱が上がったのだ。

 もっと驚いたことに、最後のロボットが天文台移動部屋に入るのを待っていたかのように、急に水が勢いを増しはじめる。

 ドオーーン

 うなるような音をたてて、水が後から後から噴き出してくる。

 第1拠点にいる者たちは、はじめ、あまりのことに現実味が失せてポカンとしていた。

 だが、

「何をしておる。早く移動装置でここから離れるんじゃ」

 というラバラの声に、ハッと我に返る。

「そ、そうですね」

「クイーンシティ行きと、ダイヤ国行きに別れて下さい。まだ時間はあります、落ち着いて」

 第1拠点に滞在している者たちは、2つの移動装置に乗って、次々拠点をあとにしていく。

「ラバラさまたちも早く」

 急かされるように言われたラバラとステラ、ララの3人は、ニッコリ笑って首を横に振った。

「わしらは行かんよ」

「え? 」

「わしらはここに残ってやることがあるんじゃ」

「でも」


 そんな押し問答を繰り返している間も、水はその勢いを止めることなく吹き出してくる。やがて、2年前に雪乃と丁央が設計した美しい建物にも水が迫ってきた。

 最後の人々を乗せて移動装置が消えると、しばらくしてもう一度それが起動しはじめる。

 現れたのは小型の移動車だ。

 中から降り立ったのは、高い壁の守りを他の者にまかせてやって来た月羽だった。

「どうしたんですか? いきなりこの子たちを転送してくれって」

 そうして、月羽のあとから降りてきたのは3頭の一角獣。しかも人が乗れるように、きちんと鞍がついている。

「おう、ありがとう。万が一に備えてじゃ。それにしてもお前さんが来ずとも良いのに」

「こんな危険なことを他の人には任せられません」

「ははは、そうか。お、そろそろここもいかん。では、屋上でしばらく待機しようかの」

 そう言って移動車に乗りこもうとするラバラたちの後ろで声がした。

「それなら僕も乗せてって下さい」

 振り返ると、そこには泰斗が立っていた。


「もう、泰斗ったら何考えてるのよ。危うく置いてく所だったわよ」

「えへ、ごめん」

 月羽は怒るが、泰斗ももともと最後まで残るつもりでいたと、申し訳なさそうに笑うばかりだ。そうするうち、小型の移動車は、緊急用の避難通路を器用に走って屋上へとたどり着いた。

「! 」

 そこで一行は、周りを見渡して唖然とする。

 吹き上がった水は、あっという間にオアシスから流れ出て、しかもあの短時間で建物のまわりはもう一面の水だ。

「こんなにたくさんの水、初めて見た」

「どこからやって来るのかしら」

 そんな話をする間も、水が勢いを衰えさせることはない。

 屋上もそろそろ限界が見えてきたので、月羽は移動車を浮かび上がらせた。

 ハリス隊と近衛隊、そして後方にいた丁央たちも、各々が乗って来た移動車へと避難して、上空で事の成り行きを見守っている。

 とどまることを忘れた水は、あっという間に戦闘ロボットの大群を覆い尽くして行く。

 その勢いたるや、もはや尋常ではない。



「このままだと、この世界はすべて水に沈んでしまうかも…」

 地上を見下ろしながら、何かに言わされるようにつぶやいた泰斗に、ラバラは、ほほう、と目を見開くと、近づいて頭をクシャッとなでる。

「ラバラさま? 」

「お前さんは不思議な奴じゃの。大丈夫じゃよ、そのためにわしらがおる」

「? 」

 怪訝な顔をする泰斗にニイッと笑いかけて、後ろを振り向く。

「ステラ、ララ、用意は良いか? 」

「大丈夫よ、おばあさま」

「はい、バッチリです! 」

 2人はニッコリ微笑んで頷いた。


 少し勢いが衰えた水柱の横に移動車をつけてもらったラバラは、そこで一角獣に乗り換えて外へ飛び出した。

 ステラとララがあとを追う。

「お前さんは少し離れておけ」

 と言われたので、仕方なく月羽はかなり離れたところに移動車を待機させる。

 やがて、彼女のまわりに丁央やハリスやイエルドの移動車もやって来る。

「どうしたんだ? 」

 丁央が聞くと、

「わからないけど、ラバラさまには何か策があるみたいなの」

 と、月羽が少し心配そうな声で答える。

「そうか。でも、あの3人ならきっと大丈夫だぜ」

「そう、そうよね」

 確信があるわけではないが、丁央が言うと、なぜか本当に大丈夫のような気になってくる。月羽は少し微笑んで、3人を映し出しているディスプレイへと目を向けた。


 ラバラたちを乗せた一角獣は、三方に別れて水柱のまわりを取り囲むと、回転するように少しずつ進み始め、手綱から手を離して、両手を天に差し出すようにして何かを唱えはじめる。

〈これは水を制御するための呪文と祈り。ねえ、術はね、私たち魔女の力じゃないの。天と地と、そして宇宙の限りない力が私たちに手を差し伸べてくれているだけ。私たちは感謝と尊敬を持って、それらを受け取って解き放つだけなの。くれぐれも間違えないでね、傲慢は身を滅ぼすだけよ。まあ、貴女たちなら絶対そんなことはしないけどね〉

 ルエラはそんな風に言いながら彼女らにこの術を伝授してくれたのだ。


 しばらくはディスプレイでその様子を見ていた泰斗だが、なぜか急にそわそわし始めると、丁央に通信を入れた。

「丁央、そっちにダブルリトル、乗ってるよね」

「ああ、どうした? 」

「何だかドキドキするんだ。少しあの近くに行きたいから、1台こっちにまわしてほしいんだけど」

「ああ、いいぜー」

「ありがとう」

 するとすぐに、1台のダブルリトルが丁央の移動車から飛び出してこちらへ向かってくる。

 1度移動車に収納したそれに乗り込んだ泰斗が、外へ出てみると。

「え? 」

 なんと、目の前にもう1台ダブルリトルがいたのだ。

「お前1人で行こうなんて、10年早い! 俺も行く! 」

「丁央…」

 心なしかガックリしたような声で言った泰斗が続けて言う。

「そうだよね。こんな面白そうなこと、って言っちゃダメだけど。丁央が黙って見逃すはずないよね」

「よくわかってるじゃないか」

「長いつきあいだもん。でも、本当に何が起こるかわからないから、それだけは決して忘れないで」

「もちろんだ」

 生真面目に答えた丁央に泰斗が頷いたあと、2台のダブルリトルは、水柱に向けて発進した。


 …☆θΩ♭∃★☆★…

 3人が唱える呪文はまだ続いている。

 近づいて見ると、水柱がさっきよりぐんと小さくなっているのがわかった。

「ラバラさまたち、すげえ」

「ホントだね、さすがだね」

 そんな会話の間にも、心地よい3人の声は響いている。

 そのうち一角獣が少しスピードを上げはじめた。


 ぐいん、ぐいん。

 風を切る音が聞こえてきそうな程、一角獣のストライドが大きくなったかと思うと、ラバラの乗る1頭が描いていた円を離れて中心へと向かう。


 ほとんど収まった水柱の真上で止まる一角獣。

 それを待っていたように、まわりを走るステラとララのスピードが、ぐんぐん上がっていく。

 そして、なんとラバラは、鞍から腰を上げて立つような姿勢になると、もう一段大きく天に手を伸ばした。

 すると。

 空から、ラバラさまめがけて光が差し始める。


「うわ」

「なに? 」

 丁央も泰斗も。そして、離れて見守る移動車の面々も。

 その美しさに目を奪われる。

 しかし、柱のように降りてきた光が地に届いた瞬間。


 ドドォーーーーン…、…、

 今までで一番大きな水柱が吹き上げたのだ! 真上にいたラバラの乗る一角獣めがけて。

「おばあさま! 」

「ラバラさま! 」

 あまりのことに、叫ぶしか出来ないステラとララ。


 丁央と泰斗も一瞬身動きできなかったが、

「ラバラさま! 」

 と、丁央が最初に我に返り、ダブルリトルを急発進させる。

 あとを追う泰斗。

 事の成り行きを見守っていた移動車も、フルスピードで向かってくる。


 天に届くかと思うほど吹き上がった水は、空中で大きく広がると、ザァーー、と音を立てて落ちてきた。それはまるで夕立のようだ。だが、その中にラバラの姿は見えない。

「ラバラさま! 」

「おばあさま! どこ! 」

「ラバラさまー! 」

 叫びながら、ラバラの姿を探すステラたち。やがてほとんどの水が地上に落ちて、少し視界が開ける。

 すると、上空からラバラが落ちてくるのが見え始めた。そのあとを必死で追う一角獣の姿も見える。

 そこにいた誰もが救出に向かおうとしたとき、上方にグニャグニャと歪む空間が見え始めた。

「あれは! 」

「R-4! 」

 空中に、見慣れた移動部屋の入り口が現れ、中からこれもおなじみのアームが、グイーンと伸びてくる。

 本当ならグッとつかむはずが、衝撃を考慮してゆるめにつかんだため、なんとするっと滑ってまた落ちてしまった。


「きゃあ」

 思わず叫んでしまうステラ。

 だが、少し落ち方が緩やかになった所に、ダブルリトルが待っていた。

「皆! お願い! 」

 泰斗が叫ぶと。

 ザアーーーー、

 金銀とプラチナブルーが、泰斗と丁央の乗る2台のダブルリトルから飛び出して、手のひらのように広がっていく。

 ぽよん。

 なんとも可愛らしい音を立てて、ラバラはリトルが作ったクッションに見事に受け止められていた。

 しばらくして、声がした。

「うーむ…」

 さすがのラバラも今の今まで気を失っていたらしい。起き上がってあたりを見回したのだが、

「どうやら成功したようじゃな」

 と、ニンマリ笑う。

「おばあさま! 」

「ラバラさま! 」

 泣きながら自分を呼ぶステラとララに、

「なんじゃお前たち、美人が台無しじゃ」

 などと言って、皆の心配をよそにカラカラと大笑いするのだった。



「見て」

 すると、月羽の声が移動車のスピーカーから響いた。

 水が落ちきったあとの空に、美しい大きな虹がかかっている。


 そうして、あれほどの勢いで流れ出していた水も、いつの間にかピタリと止まっていた。




〔エピローグ〕


「これが、海? 」

「いや、歴史や次元と照らし合わせると、これは湖と言うらしい。海って言うのは、もっと大きくて、しかも真水ではないらしい」

「真水じゃないの? 」

「ああ、濃度の濃い塩水だとある」

「うへっ、そんな水が大量にあるのが海ってのか? 」



 オアシスから吹き出した水は、この世界のすべてをその底に沈めることはなかった。

 ただ、いちど流れ出たものは引くことなく残ったため、クイーンシティとダイヤ国の間には、大きな大きな湖が出現したのだ。

 幸いと言うか、皮肉にも、と言うのか。その昔、クイーンシティを攻め落とさんと企てていたまわりの国の戦闘ロボットだけが、水底深く沈む結果となった。


 それはラバラたちのおかげでもあるのだが、当の3人はあのあと、嫌がるR-4の移動部屋に、さっさと引き上げてしまったのだ。

「お礼に行くの? おばあさま」

 R-4部屋に来たことで、また時間移動を使ってルエラに会いに行くのかと思ったステラが聞いた。

「いや、もう行かんよ。ルエラなら、わしらが成功したこと、きっと感じておるはずじゃからの」

「ふふ、そうよね。面白くて、とっても素敵な人だったわ」

 ララと顔を見合わせて可笑しそうに言うステラの横で、R-4が言う。

「デモ、ラバラさま、間違ってタヨ」

「おや? そうじゃったかの」

「今度ナニカあったら、130年マエって言ってたのに、倍ノ260年だったじゃーン」

「ハハッそうじゃの。じゃが、あんなヘンテコリンな魔女がかかわっておったら、わしも調子が狂うわい」

「フーン、ちょっと、ナットク」

 おとなしく言うR-4に、こちらも調子が狂うラバラだったが、そのあと言い含めるように真面目に言った。

「のう、R-4よ。わしが言うのもどうかと思うが、もう、時間移動は使わぬ方が良い。今回はたまたまわしらを救ったが、概念のないものを使うことは、諸刃の剣じゃからの。それをどうしても言いたくて来たのじゃ」

「ウン、ダーイジョウブ。ソロソロ時間移動のほうハ、機能停止ニしようと思ってタから」

「そうか、そうか」

 嬉しそうに言うラバラだったが、ステラとララは、わかってはいたが、あの不思議な伝説の魔女にもう2度と会えなくなると思うと、少し寂しくなるのだった。



 目の前に広がる湖は、今日も多くの人が見学に来ている。

 こんなにたくさんの水の塊? を見るのは、この次元の人にとっては初めてなのだ。

「船? 」

「ああ、水に浮かぶ乗り物だよ」

「へえ、面白い。資料はあるの? 」

「ああ、すごく少ないし、今は想像上のでしかないけど。でも、調査していけば見つかってくるかもしれない」

「本当? 見つかったら、絶対見せてね! 」

「それは期待してます、歴史学者殿。どうか頑張ってくれたまえ」

「茶化すんじゃないよ、国王様」

 船という名前の乗り物があると聞いて、また心ここにあらずになる泰斗。

 湖が出現したことで、歴史において水に関する新たな謎が浮かび上がり、ワクワクを隠しきれない遼太朗。


 丁央は、そんな友人たちの嬉しそうな姿に自分も楽しくなりながら、2つの国にまたがる水、いや、湖の未来に想いをはせていくのだった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

ようやく落ち着く所に落ち着きましたー、バリヤ8完結です。

今回もご多分に漏れず、あっちへ飛び、こっちへ飛びの大わらわのお話しでした。

実は、バリヤの世界観を考えたときに、どうも海が思い浮かばなかったんですよね。

今回、大きな水の塊が出現してしまいました(笑)

またいつか、彼らに会えるかも。その時は是非遊びにいらして下さいね。


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