王の死
国王、不治の病患いて床に臥せり。
ただ命果つるを待つのみなれど、国王は末を憂い、「ああ」と股肱なる臣を呼ぶ。
「こちらに」
艾年になろうかというほどの男が何処からとなく馳せ、王の臥す寝台の枕元にかがむ。そしてしばらくの沈黙の後、国王は口を開く。
「我の治世はこの国の末を見据えた物であっただろうか」
「もちろんでございます、陛下」
「世辞や綺麗事なぞいらぬ。我はただ、お前の率直な言葉が聞きたいのだ」
股肱の臣たる男は暫し戸惑い、しかしすぐにその返答を口にした。
「政治などと言うものは、結局のところ後世にその判断を任せるしか無いものであります。例えば税を上げれば、一時は圧政だなどと言って民心が離れることもありましょう。しかし、軍備を怠り戦に敗れ、無辜なる民の命が失われてしまっては、元も子もないわけです」
「分かっておる、分かっておる」
しかし王は憮然とした様子で相槌を打つのみであった。
「我が聞きたいのは、『お前の』評価だ、一般論などではない。我の治世の、我の人生の統括として……そうだな、お前の『感想』が聞きたい」
「感想、ですか」
臣下の男は逡巡ののち、再び口を開いた。
「私は陛下とは、幼馴染でありましたから……俗に言うところの、『ご学友』というやつでした。先帝の意向でしょう、参謀家の中で、子供の年齢が近いのが私だけ、ということもありましたけれども、陛下のことは、昔から存じ上げているつもりです。ですから、いままで政にたいして様々な進言を差し上げてきましたが、結局のところ、どこかで昔の『良き友』であったときの事を思い忍んでいたのかもしれません」
「そうか、やはり王は王でしか居られなかった、と言うことだろうな」
王はそこで言葉を一度切り、再び続ける。
「我は王として政を進める必要から、確かにお前の意見を退けたりもした。しかし、お前の事を輔弼と頼ることこそあれど同時に朋友であると、常に思って……いた、のだが……な」
王は苦しげに咳き込み、吐血した。
「陛下!」
男は慌てて駆け寄り、医者を呼ぼうとしたが、王はそれを片手で制した。
「我は……いや、私の命ももう、そうながくない。医者なぞ呼んだところでどうにもなるでもなく、それに、私は……もう王であることに疲れたのだ」
「陛下……」
「出来ることなら、王だの政治だのとは離れたところで、お前と出会っていたい人生だったな……」
そこまで言い切ると王は力なく、しかし明確に頭上で右手を振り、そのまま全身から力が、そして鼓動が消えていった。
しばらくの間、男は呆然と座り込んでいたが、やがておもむろに立ち上がり、ひとりごちた。
「あの世では、王とか云々とか無しに、あんたのダチでいてやんよ、昔みたいにな」
子供の頃そうしたように、そして最期に王がそうしたように、頭の前で敬礼のように右手を振り、男は王の亡骸の前から立ち去った。
王の死の翌日、王を殺害した疑惑によって、この臣下の男は処刑された。




