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海底都市


坑道から繋がる道を抜けた先に、その遺跡の眠る2km四方のドーム状の空間が広がっていた。

その遺跡は、鉄とも石ともあるいは焼き物ともつかぬ滑らかなもので覆われていた。

つるつるとして冷たいそれは、僕の長剣で力いっぱい殴ってもヒビ一つはいらない。

よく見ると頑丈な岩盤が溶かされた後、前述の不思議な素材で覆われ、この地底の不自然な空間を維持しているようだった。

時折坑道で見つけた気持ちの悪い怪物が、隊伍を組み巡回しているのが見える。

奴らはどうやらこの遺跡の補修が本来の役割のようで、ヒビや欠損を見つけては溶解液と白い液体を吐きつけ美しくなめらかな状態に戻していく。

僕達3名に案内役のドワーフを含めた4人は、怪物たちの巡回に注意をはらいながらゆっくり外周から遺跡を観察していった。

それは高い壁を備え、四方に門のある楕円形の城のようだった。

八本の尖塔が等間隔で備えられ、本来は見張りが常駐しているのであろう。

4つある門のうち3つまでには、金属で作られたと思われる巨大な魔導の人形、ゴーレムが鎮座し近寄るものを睨みつけていた。

だが残り1つについては巨大な落石により破壊された残骸が残るばかり。

どうやら城を補修する怪物たちも、ゴーレムの補修と後片付けは管轄外のようだった。

白く美しい空間に残る落石と黒いゴーレムの残骸はどこか滑稽で物寂しく、この遺跡のいびつさを象徴するようだった。



僕たちは壊れたゴーレムの鎮座する城門から中に入った。

長大な城門は意外にも滑らかに動き、4人が力を合わせればすんなりと開いた。

そこは目に優しいベージュの町並みが、ドワーフの町並みのように規律正しく広がっていた。

建物の多くは3階建てで、古い言語で書かれた看板が下がっている。

りんごや、パン、肉と言った絵が添えられているので何を商っているか想像もつく。

どうやらここは市、もしくは商店街のようだった。

二、三軒覗いてみたが何処にも生きた人間はおらず、ただ朽ち果てた商品が残されるのみ。


「ほっほう、これは結構な実入りじゃわい!」

「め、目ざといですねオーガスさん。」

「なにか見つけたら、お前さんらと山分けということになっておるでな。」


店の隅っこのほうでセシルとドワーフが騒いでいると思ったら、どうやら店の銭箱を見つけたらしい。

いいのかなぁと思わなくもないが、貴重な路銀と思い直して僕も見物に行く。

そこには金貨と銀貨、そして見た事のない水晶らしきもので山盛りの青銅の宝箱があった。


「なんだろ、この水晶……?」

「魔術師戦争時代の高額貨幣だな。賢者の学院に持ち込めば一つ金貨二〇枚程度で取引されるはずだ。」

「そうなんだ……でも何に使うんだろ?装飾品?」

「私もよく知らんが、なにか魔法の道具を作る際には不可欠だそうだ。」

「何に使われようと、金になるのならそれでええわい。」


ひのふのみぃ、と勘定を始めるオーガス。

どうやら一人頭金貨二千枚程度にはなるようだ。

うん、これだけでも十分な黒字だ、と胸をなでおろす。


「まだまだ一区画あさっただけじゃぞ?この街全部漁ればどれほどになるか!」

「全部調べる気ですか!?」

「当たり前じゃ、坑道とつながったここにどんな危険があるかわからんじゃろう?」

「そんなこと言って主目的はお宝ですよね……」

「どっちも本気じゃい。」


この強欲ドワーフ、とプルプル震えるセシル。

プッとおもわず吹き出す僕。


「なんですか?」

「なんじゃい?」

「いや、なんでもないよ、何でも……くくく」


二人のやり取りは、探索でささくれた 僕の心を癒やしてくれる。

全くタフな人たちだ。



商店街、工房街、住宅街、城内の周辺部を回り、残されていたガーディアンであろう魔獣たちを倒し、あるいは心残りを残すゴーストなどのアンデッドを祓う。

危険を排除して探索した結果、宝飾品や宝石、金貨銀貨を含め、〆て金貨10万枚相当、4人で山分けにしても一人2万5千枚の資金が手に入った。

基準とするものの価格にもよるけど、贅沢をしなければ金貨3枚で一週間生活することができると考えると、現代日本にして2億5千万円はくだらない。


「冒険者って儲かるんだなぁ……」

「ワシも鉱夫やめて冒険者になろうかなァ……」

「今回は運が良かっただけだ、正気に帰れ。」


それはさておき、と兄が続ける。


「坑道に出た怪物たちについては、わからぬことばかりだ。

なぜ城郭補修用の魔獣が坑道に出たのか、なぜ人を襲ったのか。

これを明らかにしないことには、ロイド氏の依頼を果たした事にはならん。」

「やっぱり中央の塔に登るしかないですよね。

明らかに重要施設って感じだし、これまでの探索では何もつかめませんでしたし。」

「重要施設なら警備もこれまで以上に厳しいだろうね。」

「その分お宝もあればええがのう。」

「オーガスさん、そればっかですね……」


さて、結論から言えば、僕らの予想はあたった。

幾重にも重ねられたセキュリティによって、認証の解読は困難を極め、兄とセシルが協力してようやく解読できる程度。

ちなみに古代語や魔法の知識のない僕とオーガスさんは蚊帳の外だ。

パスワードの些細な入力ミスでトラップが発動したり、セキュリティランク違反の地点に侵入しては警備魔獣と対決したり。


「いっそ全てをなぎ倒していったほうが早くないかの?」

「僕もなんかそんな気がしてきました。」

「馬鹿者、そんなことしていたら魔力がいくらあっても足りぬ。」

「まぁまぁ、皆さん落ち着いて。ほら、また警備ゴーレムの足音ですよ!」


この探索行で一つわかったことがある。

セシルは実に気が細やかだ。

気遣い上手というのもあるのだろうが、単純直情な僕やオーガスさんと思慮深くて気難しい兄の間に入ってはうまく潤滑油の役目を果たしてくれている。

それに注意力も鋭く、遺跡の些細な変化や、異常に気づくのも彼が一番早い。

こういったところは天性の探索者と言っていいだろう。

それに、あの一見とっつきづらい兄に懐いていることからして、人を見る目は確かなようだ。


「細っこい割にえらく硬い敵じゃったのう……」

「兄さんやセシルの光の矢も弾いてたね。魔法が効かないのかな。」

「おそらくはミスリルのゴーレムだろう。貴重な魔術金属で、加工すれば対魔力を備えるようになる。」

「む、じゃあの残骸を集めれば!」

「再利用は流石に難しいんじゃないかなぁ?」

「……そうでもなさそうだ。見ろ、みんな。」


兄がそう言って指し示したのは、ミスリルのゴーレムが守っていた部屋。

どうやら武器庫のようで、大小様々な武具が年月を感じさせずピカピカと輝いている。

だが兄が示したのはそのさらに奥。

薪も石炭もないのに赤々と燃え上がる炉があった。

不思議な事にふいごも押していないのに、白い炎を上げて実に熱そうだ。


「火の精霊力を利用した魔法の炉だ。あれならさすがのミスリルでも溶かし再利用することができるだろう。」

「なんじゃと!精霊力を使った炉じゃと!」


”魔”を打ち払った六精霊の一柱、火の精霊王は生前はドワーフであったとされ、ドワーフたちにとって最も親しみ深く、深い信仰心を集めている精霊でもある。

そんな火の精霊の力を持つ炉となれば、ドワーフにとってはまさに神器にも等しい貴重な存在なのだ、とオーガスさんが興奮した口調でまくし立てる。


「これは驚いた、いやぁ驚いた!まさかまさかにこんな素晴らしい物を発見できるとは!」

「持ちだすのはできそうにないですから、なんとかここへの安全を確保したいですね。」

「ああ、それにはあの怪物を何とかしないとな。」

「そのためにも武具を更新しておこうぞ。幸いここには山ほどあるのじゃからな。」

「一応鑑識の呪文を使っておくか、呪われてはかなわん。」


熟練の職工であるオーガスさんの見立てと兄の鑑識により、選りすぐった武具で僕らは身を固めた。

まず僕は、ミスリルの鎖を編んで作った真っ青なチェインメイル、これは革のように軽く、板金鎧のように硬い。

むしろサイズの合っていない革鎧より動きやすいのが気に入った。

そして碧岩を装飾した白銀に輝く両手剣。これも魔法がかけられているらしくサイズと重量の割に操作性が高くバランスがいい。

兄は鋲打ちの革鎧に炎の文様の浮かぶ三日月刀。

投げナイフと分厚いスクラマサクスはいつもどおりだ。

セシルはやはり鋲打ちの革鎧に、レイピアとマン=ゴーシュ。

小ぶりの銀の弓を予備の武器としている。

オーガスさんはドワーフらしく板金鎧にバトルアクス。

いずれも闇のように漆黒で、魔法のかけられた逸品だ。

軽く上下に体をゆすり、新しい武具が体にしっかり馴染むのを確認する。

うん、大丈夫。

誰からともなく、互いの目を見つめ、僕らは息を揃えて頷くと最後の部屋へと上がっていった。



ゴウと唸り、叩きつけられる炎の塊。

手に入れたばかりの両手剣が唸り両断するそれを、兄とセシルはそれぞれ光の矢で相殺し、オーガスさんは根性で耐える。

雄叫びを上げて突っ込むオーガスさんと僕の連携攻撃を、彼は最小限の結界でいなし弾く。

彼は強い。

強すぎる。

流石に魔術師戦争時代に名を残しただけのことはあり、死してなおその魔力は強大で、僕ら4人の連携攻撃にもびくともしない。

まるでそびえ立つ巌の如き、アンデッドの最高峰、リッチ。

その名を”荒ぶる”ナイトレイ。

この海底都市の創造者であり、南洋諸島のかつての支配者。

それがこの遺跡の最後の障害だった。


リッチとは、強力な魔術師が生きながらにしてアンデッドと化した存在だと言われる。

その絶大な魔力は現代の魔術師では足元にも及ばず、兄の得意とする呪術はかける端から弾かれてしまい、光の矢などの単純な魔法くらいしか効果を発揮しない。

アンデッド化することで痛みも感じず、出血によるダメージも期待できない。

屍蝋化し、魔力で練られたからからの皮膚は生半可な剣の一撃では罅一つ入らない。

せめてもの救いは、彼自身がこの都市に執着しているため、強大な魔法を使わないということだろうか。


「兄さん!こいつには魔術は無駄だ!」

「――そうか!合わせろセシル!」

「はい!」

「な、なんじゃ!?」


そう、こいつに搦め手は通用しない。

通用するのは絶対的な肉と鋼だけだ。


「”我言祝ぐ、風よりも疾き一撃を!”」

「”祝福よ、広がれ、風に乗れ!”」


ならば今ある肉と鋼を、最大限に活用すればいい。

僕の体にかかる重みが消え、まるで風と一つとなったような疾さを得る。

兄の祝福はセシルの補助により僕とオーガスさん与えられ、僕ら二人はまさに嵐となって不死なる魔術師に突っ込んでいく。


ゴウと唸り、叩きつけられる炎の塊。

オーガスは肩からこれにぶつかっては粉砕し、そのままナイトレイの結界に巨大な斧を叩きつける。

僕の両手剣が唸り炎塊を両断、返す刃でナイトレイの結界も叩き斬る。


「!?]


初めて彼の顔に動揺が見えた。

突く。

叩く。

撃つ。

斬る。

構わず僕ら二人は鋼の嵐となり、剣閃を、斬撃を叩きつける。

苦し紛れの炎の嵐は兄とセシルの光の矢が相殺し、僕ら4人は死の嵐となって死に損ないにとどめをさした。



ナイトレイを倒し、僕らはようやくこの海底都市全域を掌握した。

まず肝心の、坑道に現れた補修用魔獣についてだが、遺跡と坑道がつながってしまったことで迷子になった挙句暴走したものを思われた。

さてこの都市は中枢となる中央市、つまりここと八つの衛星都市からなり、相互にテレポーターによってつながっていた。

これら海底都市群は南洋諸島全域に散らばっており、エルボーン、ヨーファルはおろか監獄の直下にも遺跡があるようだ。

テレポーターは大半が生きていたため、この海底都市群により南洋諸島はつながっていたことになる。

この海底都市の攻略により、僕らは課題となっていた多数の囚人たちの脱出路と移送に必要な経費を手に入れた。

残る警備体制の情報はロイド氏の手腕に期待すればいいだろう。


「まぁ、いざとなったら囚人の皆さんを強奪するということで。」

「強引ですねぇ……」

「まぁそれも一つの手ではあるさ。さぁバロッド市に戻ろうか。」

「無事任務が達成されたのを祝って宴会じゃのう!」

「お、オーガスさんのおごり?」

「割り勘じゃ!」


ようやく明るい展望が見え軽口を叩く僕らであった。

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