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ドワーフ


ドワーフたちの住む鉱山・バロッド市までは交易船で7日の距離である。

陸の孤島というだけあって、バロッド市は南海に突き出た半島の先にあり、船でなければ本土と行き来することができない。

鉱山と荒野と監獄があるだけの半島に、観光客など行くはずもないが、点在する遺跡目当てに冒険者達は交易船に乗って行く。

僕らもまたそうした遺跡荒らしとして交易船に乗り込んだ。

そして7日間という貴重な時間を利用し、僕らは状況を整理することにした。


「では、まず私達の目的であるエドワードとダナの行方についてだ。

エドワードはダナの足跡を求めて、エルボーンに渡ったところまでは確かだが、その後の行方はわかっていない。

彼については、六精霊の神殿とハミルトン子爵の組織が探してくれている。」

「ダナ姉様については、反海賊組織派の貴族、アーヴァイン男爵家の3男に嫁いでいました。

このため、ギルモア侯爵等によって国家転覆を図る不埒者の情婦として、投獄されています。

ボクたちの目的は、ダナ姉様の消息を探り無事であれば救出することです。」

「次に僕達の味方だけど、六精霊の神殿から紹介状の出ていた貴族は、全員が反海賊派とされていたみたいだ。

それで、大半の人間が汚名を着せられ投獄されているか軟禁状態だ。

現在比較的自由に動けるハミルトン子爵に至っては反海賊組織の急先鋒だね。

僕達はこうした反海賊派の貴族たちの救出と引き換えに、エドワードさんの足跡の調査と旅の支援を受けることになってる。」

「つまり私達とハミルトン子爵の目的は、監獄から無実の貴族を助けるという点において一致する。

ただし、救出する規模が随分と差があるがな。」

「反海賊派の貴族100名に王位継承者のレオノーラ姫ですからねぇ……」


はぁ、と揃って溜息をつく。

考えるだけでも厄介な仕事だ。

まだいっそ、死神海賊船の一隻でも沈めてこいと言われたほうが楽な気もする。


「続けようか……

監獄の状況についてわかっていることは殆ど無い。

所長はギルモア侯爵の妾腹の妹マルガレーテ、魔法の才に恵まれ剣士としての訓練も積んできた才女らしい。

副長はマルガレーテの守役でもあった剣士ノルド、補佐役として元は海賊と思われるジュドー。

こうした幹部の下に看守長と看守たち、品質管理のドワーフがいる。人数は不明だ。」

「品質管理ってなんです?」

「監獄では、人件費との関係でドワーフが掘り出すのを放棄した坑道を再利用してるんだ。

囚人たちという無料で使える労働力を利用できれば、そうした枯れた坑道でも利益を生み出せるからね。」

「なるほど、それで鉱石の管理をするドワーフがいると。」

「監獄には兄さんが言ってくれた管理側の他に、当然ながら囚人がいる。

僕らが救出すべき無実の貴族たちと、海賊たちだ。」

「海賊ですか?」

「ああ、死神海賊船に対抗していた昔ながらの海賊だそうだよ。

犯罪者には間違いないが、敵の敵は味方とも言える、とハミルトン子爵は言ってた。」

「まさかその海賊たちも救出しろとは言わないでしょうね?」

「あるいは使い捨てにする気かもしれぬな。」

「ありうる……」


はぁ、とまたもや溜息。


「バロッド市についてだが、ここは昔から豊かな鉄と石炭の鉱脈があり、良い鋼の産地としてドワーフたちが住み着いていたようだ。

だがドワーフたちが住み着く以前、おそらくは六精霊の時代のあとの魔術師戦争の時代のものと思われる遺跡が数多く残されている。」

「噂では一番の大物は海底都市遺跡だとか!」

「海底都市遺跡?」

「ええ、ボクが聞いてきた噂ですと、アランさんが仰る魔術師戦争の時代に海底に要塞都市を築いた魔術師がいたそうなんです。

その名も”荒ぶる”ナイトレイ。彼は優れた魔術と魔法の道具で、南洋諸島全域を支配したそうです。」

「彼の残した生物兵器により、バロッド市のある半島の荒野を旅するのは腕利きの冒険者でも骨が折れるらしいな。」

「地上から逃げ出すのは、困難だってことだね。」

「牢獄のことについて調べるには、バロッド市のドワーフに聞くしかないだろうな。」

「そういえば救出の期限は決まっているんですか?」

「三ヶ月後にギルモア侯爵とレオノーラ姫の婚約が発表され、侯爵が王位に就くことが決まっているらしいよ。

少なくともそこまでには、姫たちを救出しないと。」


はぁ、と三度溜息。

考えれば考えるほど困難な任務に、気が滅入ってくる。

だが、これは僕達の任務の上で避けられないことなんだ。

ドワーフたちの協力が得られればより良い状況が望めるかもしれない。

そう思って自分を鼓舞する僕だった。



バロッド市で人間も泊まれる唯一の宿屋、鋼のゆりかご亭は今夜も飲んべぇのドワーフでいっぱいだった。

ここにはドワーフ基準ではアルコールが弱いが、旨い人間の酒を大量に扱っているので街でも指折りの人気の酒場なのだ。


「牢獄?あんなところクズの吹き溜まりじゃわい。なんでそんなことを聞きたがる?」

「単なる好奇心かな?出入りしてる人とかいるの?」

「農作物を運びこむ商人がいるくらいじゃな。どいつもこいつもこすっからい小悪党じゃよ。」

「中にいるのも上から下までクズばかり、ヘタしたら囚人のほうが人間ができておるんじゃないか?」


ワッハッハとテーブルが沸く。

なるほど、随分と牢獄の連中は嫌われてるらしい。

仲間思いなドワーフたちがこき下ろすくらいだ、牢獄に雇われているドワーフもチンピラに毛が生えた奴らだというのが伝わってくる。


「ところでお主ら三人、冒険者じゃろう?」

「ああそうだよ。荒野の遺跡に潜るつもりで来たんだ。」

「やめとけやめとけ、あそこは大概枯れた遺跡ばかり。

腕に自信があるのなら、市長の家を尋ねたほうがええ。」

「何かあるんですか?」

「おう、ちょっと坑道の方で問題があるらしうてな。

市長が人手を欲しがっておったんじゃ。」


兄に目線で問いかけると、かすかに頷いてくる。

たしかにここでのんべぇたちから情報収集をしても限界が有るようだ。

そろそろ河岸を変える頃合いかもしれない。


「いい情報をありがとう。これは少ないけどみんなの酒代に当ててくれよ。」

「おお、すまんの!儲け話になったらまた奢っちょくれ!」

「図々しいやつじゃの、お前!」


僕らが渡した金貨10枚にまたテーブルがどっと沸く。

僕らは目配せを交わし合い、市長の家へと移動した。

まだ日が暮れて間もない、市長が僕らを受け入れてくれたら良いのだけれど。


バロッド市市長のロイド・アイアントゥース氏は、勤勉な人物だった。

彼はよほど困り果ててたようで、急な来訪にもかかわらず、僕らを快く招き入れてくれた。

彼の悩みの種というのは主要な鉄鉱山に出没する8本足の怪物だ。

再開発した最も深い鉱山の奥からそれは現れ、鋼よりも硬いつま先と鎧すら溶かす毒液で幾人もの坑夫と守備隊の兵士を血祭りにあげたそうだ。


「もし君たちがこの怪物を倒し、その出現の原因を解明してくれたなら、私に可能な限りどんな報酬でも払おう。」

「どんな報酬でも?例えば情報でも?」

「ああ、私のつてのある限りでどんなことでも調べよう。」


僕らは互いの顔を見て頷き、ロイド氏の依頼を引き受けることとした。



「思ったよりでっかい通路だなぁ。」

「ここは最も古い坑道での。

鉄鉱石が掘れば掘るほど出たものじゃから、気づけばここまででかくなっておった。」


怪物が出たという坑道はおよそ3m四方の空間だった。

所々にドワーフが栽培するヒカリゴケの籠が置かれ、青白い燐光を放っている。

道案内のドワーフによれば、それはバロッド市が成立した頃からの古い坑道であり、もともとは鉄鉱石を掘り出していたものだそうだ。

怪物はその坑道をさらに深部へと伸長しようとした工事中に大きな空間にぶつかりそこで遭遇したという。

ギャーギャー、とカラスを絞め殺したような声が響く。


「怪物じゃ、もう近いぞ!」

「道案内ありがとう、安全なところで見守っていてくれ!」


行動の突き当りは10m四方の空間になっていた。

ドワーフのゴツゴツとした坑道とは異なり、何かで溶かしたようになめらかな壁となっている。

そこは酸い臭いが充満していて、僕は思わず鼻をつまみそうになった。

そこに、奴はいた。

大きさは約3m。

目も鼻もない赤子から手足をもぎ取り、鋼で作った黒い蜘蛛の足を8本無理矢理に取り付けたような姿をしている。

まるで血を思わせる赤黒い粘液を、その体のいたるところから流しながらぼっかり開いた黒い口からギャーギャーと耳障りな声を立てている。

怪物が不意に鳴き声を止め、ぐるりと周囲を見渡した。

戦闘、開始だ!


「”我が足は軽く、壁を滑る”」

「セシル、助かる!」


壁走りの魔法がセシルによってかけられるやいなや、僕は壁を蹴って走りだす。


「”汝れは飛べ、彼の地へ”」


セシル自身は兄の魔法で怪物の背後へと瞬間移動し、三方を包囲する陣形が作られる。

初手はセシルの魔法から始まった。


「”唸り轟く光の矢ァッ!”」


彼の3本に分かれた光の矢が柔らかい怪物の胴体に突き刺さり、怪物は苦悶の叫びを上げる。

怪物は窮屈そうに振り返ろうと体を捻り、柔らかい側面を露わにする。

次は僕の番だ。

ロイド氏から前金代わりに頂戴した長剣を振りかぶり、横合いから叩きつける。


ギャーッ!?


鉄錆の臭いのする体液を派手にぶちまけ、絶叫する怪物。

喉を膨らませ、僕めがけ溶解液を吐きつけようとする、だがここにはもう一人いる!


「”唸り轟く光の矢”」


兄の7本に分かれる銀の矢が、狙い過たず怪物のぼっかり開いた口に次々と飛び込んでいく。

たまらず咳き込み、自らの溶解液でその身をさらに傷つける怪物。

無闇矢鱈と足を振り回し、坑道の壁を削り、兄をセシルを叩き潰そうとする。

革鎧しか身に着けてない僕らだ、一撃でも食らったら致命傷になりかねない。

僕は思わず手に汗を握るが、兄もそしてセシルも落ち着いて退避に成功する。


「みんな、落ち着いていけ。どれほど重い一撃でも当たらなければ意味は無い。」


セシルが牽制し、僕が痛撃を与え、兄がフォローする。

溶解液を吐く口さえ封じてしまえば、あとは退屈な死の舞踏であり、ミスさえなければ僕らの勝利は明白だった。

そして――僕達にミスはなかった。


「大したもんじゃなぁ、これが人間の冒険者か!」

「魔法使いが二人もいましたからね。相性が良かったんですよ。」


案内人のドワーフが飛んできて、怪物の死体を見聞し、僕達を褒め称える。

終わってみれば簡単そうに見えるが、実際は薄氷の上を渡る戦いだった。

向こうの攻撃力は非常に高く、こちらの防御力は紙同然、一撃でも喰らえばあの世行きだ。

兄とセシルという魔法使いが二人おり、前後と上方を即座に位置取れたこと、防御を無視して回避に専念したこと、何より魔法という飛び道具があったことが大きい。

もちろん僕らの技量が十分に高かったこともあるのだけれど。


「バート。」

「どうだった兄さん?」

「この先は遺跡に通じている、かなりの規模だ。」

「かなりの規模って……具体的には?」

「城一つ……いや、街一つ。」


ゴクリとつばを飲み込む。


「それじゃ。」

「ああ、噂の海底都市がこの先にある。」

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