英雄
一
スカルフェイス、そう名乗っていた灰色の髪の男はエルボーンの牢の中にいた。
ハミルトン子爵派、あるいは反海賊派の貴族たちにしてみれば万死に値する怨敵ではあったが、その正体が封印の血族たるエドワードとなればそう簡単に処刑することはできない。
かと言って、無罪放免とするには恨みを買いすぎていた。
故に彼らはアランとバートが帰還する時まで牢に繋がれることとなったのだ。
エドワードは子爵らの尋問に素直に応じ、死神海賊船の拠点や人員構成、本拠地である孤島の情報を提供した。
これらの供述によって、死神海賊船の中枢はこの世界に滅びをもたらさんとする”魔”の教団であること、そしてその指揮者たる死の大主教こそが死神海賊船の真の首領だということが明らかとなった。
これらの情報を受けてエルボーン王国並びにヨーファルの六精霊神殿は、共同して死神海賊船討伐軍を興すと決める。
それは国を滅ぼす敵への報復であり、世界を守る聖戦だった。
そして討伐軍の中には、キャプテン・ペネローペ率いる戦艦”紺碧の鷹”号があり、バート、アラン、セシルそして赤鉢巻の第六班らはこれに搭乗した。
討伐軍と死神海賊船との戦いは当初、討伐軍有利に進んだ。
いかに数と戦闘力に優れた死人の軍団といえども優れた指揮官であるスカルフェイスを失っては烏合の衆に等しい。
加えて討伐軍の総指揮官フレデリック将軍は歴戦の勇士である。
世界を救う一戦ということもあって士気も高く、討伐軍の勝利は確実なものと思われた。
だがいよいよ死神海賊船の旗艦を射程にとらえたところで、戦況は覆る。
前兆もなく霧が立ち込めてきたのだ。
それはたちまちのうちに戦場を包み込み、視界を閉ざす。
そして映しだされる黒いローブを纏った、赤い瞳のシワだらけの老人。
「我は”魔”の教団、死の大主教なり。
愚かなる定命の者どもよ、汝らの運命はすでに閉ざされた!
この世は全て”魔”の餌食となりて、新しき世界が幕を開けるのだ!」
自らを死の大主教と名乗るそれは、耐え難き恐怖を植え付け、兵士たちの心を束縛した。
進軍が止まった討伐軍に対し、死の大主教はさらなる異変を巻き起こす。
水平線のはしに黒いシミのように見えたそれは、たちまちのうちに黒雲となり青空を塗りつぶした。
嵐だ、嵐である。
二
予兆もなく法則もなく、海上を地獄と変えた嵐に僕らは覚えがあった。
南洋諸島へとやってきた僕らを襲ったスカルフェイスの海賊船が伴っていたものと同じだ。
ならば、これは……
「兄さん、この嵐は魔術が成したものだよね。」
「ああ、間違いない。」
「なら、神様の力を借りた、この剣なら。スカルフェイスを束縛していた黄金の髑髏を打ち破ったこの魔剣なら!」
「やってみろ。私達はお前を支援する。」
力強く頷く兄とセシル。
「”われは願う仮初の翼を”」
「”我言祝ぐ、風よりも疾き一撃を!”」
セシルによる翼の呪文が、兄による倍速の呪文が僕に与えられ、僕は嵐に負けず自在に空を舞う力を得る。
「至高なる神の御名において、光を我に――!」
祈りを捧げ、心を鎮め、誓いを呼び起こす。
僕の心臓が早鐘を打ち、そこに焼き付けられた聖印から光があふれる。
聖印の光は、両手剣の柄に埋め込まれた碧玉に注ぎ込まれ、白銀の刃があふれる魔力で脈動する。
(もっとだ、もっと!もっと光を!)
僕の心臓は悍馬のごとく暴れまわり、あふれる魔力は光の奔流となる。
白銀の刃はその魔力を受け、幾倍にもその力場を展開する。
「至高なる神の御名において。」
心静かに魔剣を大上段に掲げる。
「光よ、魔の嵐を打ち砕け!」
咆哮とともに真っ向正面に斬り下ろす!
光は闇を裂く閃光となり真っ暗な嵐を切り裂く。
刹那、嵐さえ吹き飛ばす轟音とともに閃光が爆発し、戦場を白く染める。
僕が視界を取り戻した時、そこにはすでに嵐も霧もなく、死神海賊船へとひた駆ける”紺碧の鷹”号の姿があった。
三
「”勇気ある風の精霊よ、我らが船に汝の加護を”」
朗々たるアランの詠唱が響き、”紺碧の鷹”号の白帆が風を一杯にはらむ。
「総員抜刀!突撃準備だ!」
キャプテンペネローペの号令一下、赤鉢巻の第六班を始め古参海賊たちが白兵戦の準備を整える。
先駆けるのは魔剣を携え、蒼きミスリルの鎖帷子を纏った神官戦士バート。
彼らは嵐と霧の衣を剥がれ立ち尽くす、死神海賊船旗艦へと脇目もふらず突っ込んでいく。
衝撃音とともに”紺碧の鷹”号の衝角が海賊船旗艦に土手っ腹に突っ込まれ渡船用のロープがかけられる。
乗り込むのは魔法による翼を与えられたバートとアラン、セシル、そして赤鉢巻と精鋭の古参海賊たち。
「”荒れ狂え炎の精霊、敵打ち砕く嵐を起こせ!”」
「”呪いよ、広がれ、風に乗れ!”」
セシルの呪文により拡大化された、アランの炎の嵐が死に損ない共をまとめて炎で包む。
雑魚とはいえぬ髑髏の勇者たちでさえ、アランの炎にまかれてはどうしようもない。
動きを止めた死に損ないたちを刈り取っていくのは、古参海賊たちだ。
「こいつまだ動くぞ!?」
「「マミーだよ、触られたら呪われちゃうよ!」」
「アッシュ、右からモールで行け!俺は左から槍で行く!」
包帯で包まれた魔の戦士に立ち向かうのは、精鋭の赤鉢巻。
4人のチームワークは最上位の死に損ないにさえ打ち勝った。
かくして道は開かれた。
残るは敵首領、死の大主教ただ一人!
四
心臓から注がれる聖なる光でその身を包み、僕は蒼き閃光となって大主教目指して飛ぶ。
黒き衣と恐怖のオーラ、それはまさに人の形をした邪悪そのもの。
近づくものの心を凍らせ、肉体を縛る生きた呪い。
だが。
「なぜだ、なぜ貴様は私を恐れぬ?」
己の恐怖のオーラが効かずうろたえる大主教。
「効くものか、そんな薄っぺらい恐怖など!」
僕には祈りがあった、誓いがあった。
そして何より愛する仲間がついていた。
今こうして彼に対峙している間も、愛しき仲間たちは僕を支えている。
どうして今更この程度の魔物に恐れを抱こうか。
「ならば貴様を打倒し、新たな傀儡に変えるまで――!」
「やってみろ、この世に生き飽いた臆病者!」
先手は大主教、短縮呪文を用いた二重行動。
「”斬人剣”、”穿け”」
手にした大鎌が呪いを帯びて黒く輝き、十にわかれた光の矢が襲い来る。
だけど今の僕には通用しない。
空を舞うように九本を回避し、魔剣もって最後の一つを叩き切る。
返す刃を十文字に重ね、狙うは主教の右の腕。
剣の軌跡は閃光で彩られ、どす黒い血が流れる。
「ぐぅ?!――”踊れ剣”!」
大鎌を取り落とすも、即座に自動起動させては、僕の死角を狙わせる。
だけど。
「無駄だよ。」
魔剣を肩に担ぎ上げ、踏み込みとともに体を反転、大鎌を完全に破壊する。
さらにもう半回転、袈裟懸けに叩きつける。
大主教は衝撃を殺すように後ろに飛び退ったけれど、それでも僕のほうが一瞬早い。
再び腐った血が宙に舞う。
「ま、待て……お前は永遠の生が欲しくないか?終末を克服し、新しい世界が欲しくないか?」
「僕には仲間がいる……それで十分だ!」
答えは、真っ向唐竹割り。
溢れる光が生ける闇を両断し、戦いは終わった。
五
それからのことを少し語ろうか。
エドワードは故郷の封印の地に帰り、魔の封印を継続することになった。
形式上は流刑になって生涯軟禁ということだけど、実質許されたも同然だ。
エドワードは亡き妹の忘れ形見であるフィリップ少年を引き取り、立派な封印の守り手として育てているようだ。
エルボーンのフレデリック将軍は宰相となり、ハミルトン子爵は伯爵となって王宮秘書官長としてそれぞれ辣腕を振るっている。
エルボーン王は僕の祈りと兄の魔術の助けもあって危篤から回復、なんとか執務を執り行えるまでになった。
彼らの目下の悩みは、レオノーラ姫がどんな見合いにも首を縦に振らないことだそうだ。
セシルは、赤鉢巻の第6班の現場指揮官としてそのままエルボーン王宮に仕官することになった。
階級としては騎士になるのだろうけど、国王直属なので堅苦しくて仕方ないとぼやいてるようだ。
兄は、僕の兄アランは、宮廷魔術師として招聘された。
その実はセシルたち赤鉢巻を指揮し、諜報をはじめとする何でも屋だそうだ。
珍しく頬を緩めていたから、今の立場を結構気に入っているようだ。
なお口喧しい宮廷雀達の間では、アランがレオノーラ姫の婿になるのか、セシルを娶るのかが人気の話題らしい。
そして僕は。
「良かったのかい、バート?
仕官の口が山程来てたんだろ。」
「うん、来てたみたいだね。
でも兄さんに任せてきたから、上手いこと断ってくれたと思うよ。」
そして僕は”紺碧の鷹”号の上にあった。
傍らにはキャプテン・ペネローペ、僕の盟友。
僕たちは護衛、運搬、商取引、非道なこと以外は何でもやる海上の冒険者として海にいた。
僕の契約は果たされた。
僕は自分の帰る場所と、大切なモノを再確認し、それでも旅に出ることを選んだ。
俗世の煩わしい駆け引きに取り込まれるのはゴメンだったし、何より神様がくれたこの新世界をもっともっと知りたいと思ったからだ。
兄はいつもの様に困った顔をして、それでも快く送り出してくれた。
これもお前の選んだ道なのだから、と。
僕は旅をする。
ペニーとともに世界中を旅する。
辛いこともあるだろう。
悲しいこともあるだろう。
だけど、僕には仲間がいて、家族がいて、帰る場所がある。
それはどこまでも僕に勇気をくれるのだった。




