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蜂起


「レオノーラ姫を移送する?!」

「ええ、警護には私の直衛があたります。

あなた達は囚人を抑えるように。

実行は3日後、各自準備を怠らないように。」


どよめく5名の看守長たちと一人黙坐するアラン。

その爆弾発言を投げた時、監獄の幹部たちは少なくとも上辺は一切動揺を見せなかった。


(いますこし時間があれば……)


アランは内心そう嘆いたが、眉一つ動かすことはなかった。

いずれにせよ、為すべきことを為すまでだった。

アランは訓示の後、即座に第6班を招集し申し伝えた。

3日後、唯一の王位継承者がエルボーンに送られる、自分はこれを奪還し解放すると。

アッシュも、ブレイドも、クレイドも、不平屋のディーンすら一言も口を利かなかった。

皆口を真一文字に引き結び、じっと己の隊長瞳を見つめている。

皆一様に驚いていたはずだ、だが動揺は見せなかった。


「俺達もついていきます。」


アッシュが口火を切る。


「「ボクタチも一緒です!」」

「隊長以外に信用できるやつなんていねぇしな。」


ああついてないぜ、謀反の片棒担ぐなんてよ、とディーンが結ぶ。


「今なら所長に注進が効くぞ?」


アランの言葉に、下手な冗談を聞かされたように4人がケラケラと笑う。

その不敵な態度に、眩いものを見るかのように目を細め、アランは片時も外したことのない白銀の指輪をアッシュに手渡した。


「隊長、これは?」

「バートという囚人に会ってこれを見せろ。

お前たちを仲間として受け入れるよう協力してくれる。

3日後、囚人の蜂起が起これば、お前たちは囚人たちと協力して坑道を制圧するんだ。」

「「坑道を?」」

「地下から脱出できるよう手はずを整えてある。」

「それで長物じゃなくて、短刀を仕込んだってわけか。」

「他のどの看守たちよりも、お前たちは坑道に習熟しているはずだ。

気合を入れて巡回させたからな。」


何から何まで計算通りだったのか、と呆れる4人にアランは頬を緩める。


「お前たちがここまで成長するとは思ってもいなかったがな。」


アランの言葉に、ニヤリと返す4人に不安の色はなかった。



アランからの知らせを受け、セシルはオーガスと囚人たち、そしてバートに急ぎ接触し、蜂起のタイミングを調整した。

防具はともかく武器については3日後までに全員に行き渡らせ、病人や怪我人を収容する準備を整えた。

食料や薬品、ブーツや毛布などの日用品も準備万端だ。

幾度と無く確認を繰り返し、彼女は亡き父に祈る。

どうかアランが、兄弟たちが無事戻ってくるように、と。


バートと囚人たちは、動揺しながらも唯一の好機を活かすために囚人全員につなぎを取る。

幸いなことに看守にも動揺が走っており、唯一まともな第6班は見て見ぬふりをしたため、時間的にはギリギリながらもなんとか連絡を行き渡らせることが出来た。


レオノーラは静寂の中にいた。

もとより彼女の囚われた石造りの塔は、マルガレーテとシロフクロウを除き、訪れるものとていない。

その夜も月が天に登る頃、明かり取りの窓より現れた友は、彼女に嬉しき知らせを伝えてきた。

3日の後、ついに彼女をこの塔から開放するというのだ。

どうやって?、疑問はいくつか湧いたものの、彼女に唯一の友を疑う理由はなく、静かな喜びの中でその時を待つのであった。


マルガレーテもまた静寂の中にいた。

誰一人寄せることのない私室に一人佇み、青い青い月光を浴びていた。

その裸身に、昇降機を動かすことのできる護符のみを身につけ、青い月光を浴びていた。

それは清めであった。

それは儀式であった。

アランとの決別を意味する神聖な儀式であった。

静かな決意の中彼女もまたその時を待っていた。


多忙な一日を終え、アランは一時の平穏の中にあった。

やることは全てやった。

己の考えの及ぶ限り最善と言って良い状況だった。

それでもなお、成さねばならぬことは残っていた。

マルガレーテを倒し、護符を手に入れ、レオノーラを救い出す。

それが出来なければ、どれほど蜂起がうまく行っても無意味だ。

すべてがマルガレーテとの決着に帰結する。

それが彼女の演出であり、道具であることを選んだ彼女の意志であった。

なれど、ならばこそアランは彼女を打ち破ろうと思う。

それが家族であることを選んだ自分の意志なれば。


そして運命の朝が、来る。



「ウオォォォォォーッ!」


夜明けと同時に、巡回の第3班が襲撃される。

先頭に立つのは、ミスリルの鎖帷子と碧玉で飾られた両手剣を手にしたバートだ。

坑道では扱いづらい大剣を、ランスのように掲げ突進していく。

190センチ115キロの巨体はまさに肉の弾丸と化して、脆弱な鎧と意志しか持たぬ看守たちをなぎ倒していく。

彼に続くのは、ブロードソードを帯びた貴族たちと、曲刀で武装した古参海賊たち。彼らは地上の武器庫を占拠する囮であり決死隊だ。

本命はセシルとオーガスが率いる特別房の襲撃隊、それぞれが動きやすい短柄の武器を持ち東西へ別れて指導者たちを開放する。

監獄側も流石に無能ばかりではない。

副所長のノルドとジュドー補佐役を中心に幹部の直衛が一団となって、武器庫を襲撃する。

そこへ応援に来る4名の看守たち……精鋭である赤鉢巻の第6班だ!

思わず歓声を上げる直衛に容赦なく襲いかかる第6班。

たちまちのうちに数の優位は、不意打ちの混乱で打ち消され、戦局は大きく蜂起側に傾く。

それでもなお、戦線を立てなおそうとする副所長のノルドだったが。


ザンっ!


バートの両手剣が一閃し、ノルドは永遠にその苦悩から解き放たれた。


ヒッヒィと情けない悲鳴を上げて飛び退るジュドーは、アッシュのモールが粉砕する。

残るは手練とはいえ混乱した直衛たち。

彼らが全滅し、監獄が完全に統御を失うまで数時間とかからなかった。



前夜の静寂とは一転して、監獄は混乱と喧騒のまっただ中にあった。

混乱をさらに煽るため地上の建物には火がかけられ、武器を手にした囚人たちにより看守たちは次々と殺害されていく。

そんな阿鼻叫喚の中、平然と塔の前に立つ美姫が一人。

所長のマルガレーテその人だった。

これまでの虐待の恨みを晴らすべく、襲いかかる囚人たちを片端から切って捨てる。

首を、脇を、太ももを、冷酷に、正確にただの一振りで切り断つ。

吹き上げる返り血を浴び、赤く染まったマルガレーテはまさに地獄の天使だった。


「遅かったわね。」

「またせました、所長。」


まるでいつもの戯れ言のように、アランとマルガレーテは対峙する。

その赤い瞳にも、黒い瞳にも、憎しみの色はない。

ただただ哀しみと寂しさと決意だけが浮かんでいた。


「さぁ。」

「えぇ。」


「「始めましょう、終わりの始まりを。」」


そして剣の舞が始まった!



アランの手から投げ放たれるナイフは二本、いや三本。

同一の軌跡から放たれるその刃は、まるで一つの点のようにマルガレーテの心臓めがけて吸い込まれ、マン=ゴーシュとレイピアにより弾かれ、最後の一本は蜻蛉をきってかわされる。

そうして稼いだ貴重な時間を持って、紡ぐは倍速の呪文!


「”我言祝ぐ、風よりも疾き一撃を!”」


だが、マルガレーテもただ回避しただけではない。


「”斬人剣”」

「短縮呪文だと!?」


マルガレーテが行ったのは、正式な魔術師の高位の訓練を持ってして初めてなせる呪文短縮である。

唱えられる呪文はよほどに習熟したものに限られるが、一音節の発声によって発動し、その他の行動を妨げない。

魔術を使う戦士に取っては切り札の一つであろう。

これで二人の手数は同じ。


「”唸り轟く光の矢ァッ!”」

「”穿け”」


互いに放たれる7本の光を相殺し、ぶつかり合う二人の両刀。

力はアランが勝り、技量はマルガレーテが上を行く。

アランが振るう三日月刀が炎の魔剣であるならば、マルガレーテのレイピアには即死の呪いが付与されている。

どこまでもどこまでも互角な二人の剣舞は、燃え盛る監獄を背景にいつ終わるともなく続けられる。

赤い魔剣と黒い死刀が交錯し、黒曜石の瞳と紅玉の瞳が交わされる。

どちらともなく、二人の頬には笑みが彩られていた。



終わりは唐突だった。

アランの左手が僅かにぶれ、そのスクラマサクスの動きが止まる。

吸い込まれるように左手を穿つ、マルガレーテのレイピア。

スクラマサクスを取り落としたかに見えた左手が、即死の呪詛を付与した細剣の刃を握りこむ。

レイピアの玄妙なる動きが止まる!


ザンッ


アランの右手が一閃し、己が左手ごと呪詛を付与した剣を叩き折り、そしてズブリと美姫の心臓を貫いた。


「あ、はっ。」

「……マルガレーテ。」

「これが、終わり?」

「……ああ、これで終わりだ。道具としての君の人生は、これで終わりなんだ。」

「は……ハハ……なんだ。

こんなに簡単に、終わっちゃうんだ。」

「……マルガレーテ。」

「誰かに使われるだけの人生だったけど、最後に一つだけ願いがかなった。」


不意に微笑む、マルガレーテ。


「誰でも良い、私を、私と見てくれる人の手の中で……」


掠れ掠れに言葉を紡ぐ。


「死ぬことが、出来た。」


アランは、彼は何を思ったのだろうか。

ほんの一瞬彼女にくちづけ、髪を一房切り取った。

まだ、やるべきことが残っていた。

彼を待つ、人がいるのだ。

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