ジージョの後継者
夕日を受けて橙色に染まった騎士たちの眠る墓地で、真新しい墓標の前に立つ男が一人。
彼は、「悪かったな」と呟いた。
「こんくらいしか、してやれねぇよ……」
そう言って、彼は墓標を後にした。
夕日が、彼の背をほのぼのと暖めたが、彼は知らんぷりを決め込んだ。
トスカノ国の罪人を記載する名簿から、ジージョ・ポターの名前が消えた。
ロゼット・カヌ・リョクスからの要請だった。
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マクサルト出発の朝は、朝と言うにはあまりにも早く、まだ薄暗かった。
その薄闇の中、船の前でマクサルトの人々は皆しみじみと泣き出したのだった。
皆を誘導していたバドが、苦い顔をして俯いた。
バドにはなんでだかわかった。
皆はマクサルトへ死にに行こうと思っている。
マクサルトで、死にたいと願っている!
「ふざけんなよ!」
わっとバドが皆に怒鳴った。
「泣くんならなぁ、喜んで泣けよ! なんでそんな葬式みたいに泣くんだよ!? お前達はなんで助かった? なんで助かったんだよ!?」
生きる為だろぉ……!と声を怒気で震わせながら、バドは拳を握った。
「マクサルトで生きろなんて言わねぇよ。オレがマクサルトを帰還先にしたのは、皆に真実を見て欲しいからだ。さぁ乗ってくれ! 生きる気のあるヤツだけ乗ってくれ!」
でも、と誰かが言った。
「守護神様の加護無しに、どうやって生きろと言うのです……」
今更ぁ? とバドは大袈裟に頭を抱えて見せる。
「なに言ってんの。加護なんてとっくに無くして地下で生き延びたじゃんか」
皆が「そうだった」という顔をして、傍にいる者のお互いの顔を見合った。
「いいっていいって。喰いあぐねたら最悪、賊にでもなろうぜ〜」
わはは、とどこかで笑い声が上がった。
バドはニヤッとして「旅団とかもいいな」と両手をヒラヒラさせて見せた。
子供たちが笑った。
バドが微笑んで、皆に瞳を輝かせた。
その輝きが、皆の心を照らし、不安や怯えの衣を脱ぎ捨てさせる。
「なんとかなるって!」
そう言うと、バドは足の弱ったオバアを支えていたラヴィに手招きした。
ラヴィがそっとオバアを座らせ、傍に来ると「ニヒッ」と笑う。
「なんですか?」
「ちょっと待ってな。おおい、ヘビ女! 交渉しようぜ! 聞こえてんだろ?」
ガシャーン! とバドの足元に稲妻が落ちて、皆が固まった。
バドだけがケタケタ笑ってレディ・トスカノの荒々しい登場を迎えた。
レディ・トスカノは、稲妻の落ちて焼けた地面にスラリと立ってバドを睨みつけている。
『お前な、本当に殺してやろうか?』
ケケケ、とバドが笑った。
「だってヘビなんだろ? なぁ、空飛ぶ船をくれよ」
『……私はランプの精じゃないよ』
「できねぇの?」
『出来なくは無い。ブラグイーハの作った船に、私の魔力を燃料とすればいい』
バドは多忙をおして、見送りに来たクリス皇子を媚びた目で見た。
クリス皇子はしょうがない弟を見る様な顔で笑った。
「どうせ使わない。好きにしろ」
ヤッタ、とバドはレディ・トスカノへ顔を向けた。
「じゃあ、盗まれると困るから、船長にしか飛ばせないやつにしてくれ。あと、船長に危害が加わりそうになったら、あんたのピシャン! みたいなのが落ちる機能とか欲しいな」
ホイホイ希望を挙げるバドと、ふんふん何てこと無しに聞いているレディ・トスカノを、一同は目を丸くして見守った。
『ちょっと希望が多すぎやしないか? まあいい。で、船長はお前か?』
バドはニヤ、と笑うと、ラヴィをレディ・トスカノの前に押し出して、彼女の陰からひょいと顔を出した。
「船長はラヴィ・セイルだ」
「バド!」
「ラヴィ・セイルの魔法の船と、オレの目玉を交換だ。……死んでからなんだよな?」
『そうだ』
ラヴィが首を振った。
「バド! そんな、ダメです」
バドはパチッと片目をつぶった。
「いーんだ」
「バド! わたくしは貴方と……」
まだ何か言い掛けたラヴィを遮る様に「なぁ、いいだろぉ?」と甘える様にレディ・トスカノに問いかける。
『船を飛ばし続ける力を何かと常に交換してくれるなら、いい』
例えば……と、レディ・トスカノがラヴィの腰の辺りを指さした。ラヴィは「あ」と声を上げて、故国から持ち出した宝石を入れた袋に触れた。
「宝石ですか?」
『うん。美しい、私の力になるものを』
「じゃあ、当面の分は超セレブな俺様が用意してやるから、俺もその船乗せろやぁ」
ロゼがハイハイと手を挙げた。
「ロゼさん!?」
「いいじゃん、俺も連れてけよぉ。ほれ、女の一人旅なんか物騒だしぃ」
バドが思い切り顔をしかめて「お前と行く方が物騒だ!」と喚いた。
「あ、でも、確かに用心棒がいてくれたら助かります」
「ラヴィ!」
うふふ、とラヴィは笑う。
一緒に行くつもりだった。なのに、バドはそうするなと暗に言っている。
それなら、このくらい気を揉ませたって、お釣りが来るわ。
ラヴィはツンとしてバドを横目で見た。
「大丈夫ですよ。わたくしに危害を加えたら、ピシャン! なのでしょう?」
「そうだけど……そうだけど……ええー!? なにこの展開……」
「俺もビックリだぞ。ロゼ、『獅子の団』はどうするんだ」
アスランが腕を組んで言った。ちょっと顔が怒っている。ロゼは「はん」と笑うと、アスランに中指を立てた。
「隊長はあんただろ?」
「……あ?」
眉根を寄せて、アスランがポカンとした。
「あんたが『獅子の団』隊長だ」
そう言いながら、ロゼは満足だった。
よぅ、これでいいだろ?
これで、チャラにしてくれよ……。




