明かされない真意
後に『呪われた披露宴』と呼ばれる夜に、バドの悪ふざけの演出のせいでその場から退避した人々の口から、王の逝去は『マクサルトの呪い』によるものだ、と既にトスカノ中に広まってしまった。
何故罪の無い王が、と大半の国民が疑問を持ち参列した王と王妃の葬儀の際に、その疑問をクリス皇子がバカ正直に晴らしたせいで、葬儀の場は騒然となった。
善意あるほとんどの者が、自分たちの啜ったおぞましい恵みに震え、『呪い』は『裁き』であると考えた。
しかし、糧を失う恐怖は大きく、昔の荒れたトスカノが身体に刻み込まれている者達の中には、イーハトーブ王の意思を継げという意見も数多く上がった。
知らなかったからおぞましく感じるだけだ。もし戦争をして、捕虜として理解していれば、私たちの大半は王の意思を受け入れていただろう、と。
ハハハ、とクリス皇子は明朗に笑った。
そのまま、とん、と父の棺の置いてある檀上へ上がると、皆を微笑んで見渡した。
その姿は天の使いの様に神々しい。
朗々とした声が、その場に気高いラッパの様に響き渡った。彼は声もハンサムだ。
「では、そうしようか! マクサルトを攻め落とす事は容易い。だが、私たちはいつか必ず愛と正義に負けるだろう。何度も何度も、負けるだろう。……父の様に……」
その場に居合わせた者皆、瞳に各々の強い感情をのせて、瞼を閉じる者もいれば、グッと見開く者もいた。
諦めと、それでもまっとうに進むしかないという生きる者の強情さ。それらが場を満たす中、そうでない者達の目が薄暗くぴかりと光った数をザッと数え、目を細めたのはロゼ。
ったくよぉ……、混ぜっ返しやがって、やってらんねぇぜ!
並んで立つ『鷲の団』隊長ホークの武者震い交じりの鼻息に、彼はますます嫌気がさして、空を見上げる。
空は、葬儀だと言うのに、雲一つ無く晴れ渡っている。
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ゲェ、とバドは胸を押えた。
「ナニ? あのバカそんな事言ったの?」
『大掃除』の成されたリョクスの、廃墟と化したリョクス邸庭園で、彼は荒れ放題の庭園の草をむしって、首都の方へ向かって投げた。
バドの腕に縋る様にして眠っていたオバアの頭が、カクンと揺れたので、バドは「おっと」と言ってそっと彼女を支えた。
ここへ戻って来てから、オバアはバドの傍から片時も離れず、バドもそれを許していた。
ババア好きとはなぁ、とロゼにからかわれたが、バドはちっとも気にしなかった。
バド達が助け出したマクサルトの民は、この広大な敷地のリョクス邸にかくまわれている。弱った者達は屋敷内で休み、動ける者達は庭園で空の眩しさや、風の香りを言葉も無く感じていた。
広大な敷地、とはいえ、ここに一国の民全員がすっぽり収まってしまったのは、バドにとって悲しい事だった。
きっと千もいない。
そう思うと、自分の行動の遅さが憎い。
それでも皆に感謝されるのだから、バドの罪悪感は余計に膨らんだ。
そんな彼を、年長者の思いやりに溢れた目で見守って、アスランは彼の傍にしゃがみ込むとドン、と彼の背を叩いた。オバアの頭がまた揺れた。
「ボヤッとすんな。皇子を見習え」
「あ? あのバカ皇子を?」
「人の王をバカって言うな」
バドをたしなめた後、アスランがキラキラした目で溜め息を吐いた。
「愛と正義に……。うん。間違いない!!」
うんうん、と頷くアスランを横目で見て、葬儀に参列したロゼは顔を歪めている。
「俺はすげぇ引いたけどぉ。まぁ、ある程度まとまったんじゃない? 皆泣いてたけどな」
「俺も感動した!」
「……や、今後の不安でです。隊長!」
バドがゲラゲラ笑って、アスランの肩をバンバン叩いた。アスランはとぼけた顔でしばらく叩かれていたが、気まずそうにバドを横目で見た。
「ラヴィはその、どうするんだ?」
ラヴィは女達と一緒に庭園を横切る小川で、薄汚れて痩せ細った子供たちを洗ってやっている。悲劇の最中に赤ん坊だった者や、母親の腹の中で光を見るのを待ち望んでいた者たちだ。皆、悪夢の中で立派に生き抜いた強い子たちばかりだ。
ラヴィは、子供たちの笑顔に幸せそうに微笑んでいる。
水が跳ねては子供たちと笑うラヴィを遠目に眺めて、バドは眩しそうに目を細めた。
クリス皇子……もうすぐドタバタと王になる……はラヴィとの結婚を辞退した。
貧しくなっていく国に迎えられない、と。
でも、そんな事はブラグイーハの野望を止めると決めた時点で判っていた事だ。彼は計算違いをする程バカでは無い。その証拠に、父の葬儀で全て真相を明かしたと見せかけて、父と自分の正体は隠し通した。
王座に執着している? 否、違う。と、バドは思う。
誰が好き好んで再び元の貧しさへ崩れゆく国を背負い込みたいというんだ? 彼は責任を取りたいのだろう。そして、試してみたいんだ。自分の代だけで、どこまでやれるのかを……。
そこでバドはふと思う。
クリス皇子は、早い段階でラヴィとの結婚は諦めていたんだ。だとしたら、何でわざわざ自分の傍に置こうとした?
もしかしたら……ひでぇ。まさかな。まさか、まさか。
首を振りながら、バドは苦笑いをした。
喰えねぇ皇子だぜ。
「確かに、見習わせて貰うぜ……」
「え?何だって?小せぇ声で喋るなよ! それにしてもよ、皇子らしくないんだよな。国も愛する女も守る!ってタイプなのに」
ラヴィの行く末には最善を感じつつ、その結論については、アスランは首を捻っている。
バドはニヤついてアスランを見た。
「タイチョさ、知ってる? 気持ちの離れた女ほど、手の施しようがねぇもんないんだぜ」
「ああ? なんだよ。そんなん、頑張れば」
ケケケ、とバドが笑った。
「無理無理ー。余計避けられるんだってば」
「珍しく空気を読んだよなぁ」
ロゼが感慨深げに言って、「で?」と言った。
「で?」バドが眉をピンと上げて聞き返した。
「お前あのアバズレ連れてくの? アレはやめとけよぉ。大人しそうに見えて、すげえ強情だぜぇ?」
バドはアハッ、と笑った。
「だから、それもあの娘の自由だってば」
バドの視線に気付いて、ラヴィがこちらを見た。遠目からでも判る、黒目がちで大きな瞳を天使の様に微笑ませる彼女に軽く手を上げて答えながら、バドは呟いた。
「……自由さ」
ふうん、とアスランは細い目をもっと細めてバドを見る。
「まぁ、その辺は俺の出る幕じゃねぇから、好きにするといい。お前はマクサルトに皆を連れて帰るんだな?」
「……うん」
マクサルトの現状は既に見て来た。そこへ皆を連れて行って、生きて行ける保障は無い。
それは皆に伝えてある。誰か一人でも、守護神の恩恵を受け続けたいと希望したなら、どうしようか、と不安を抱きながらの報告だったが、誰もそれを望まなかった。
……実は少しだけガッカリした。
自分が犠牲になるのは簡単だ。それですっかりサッパリ元のマクサルトに戻るなら、こんなに楽な事はないからだった。でも、それでは振り出しに戻ってしまう。
クリス皇子が出来る限りの支援を申し出てくれたから、それに縋ってなんとかやってみるしかない。―――そちらも大変なのに申し訳ないですね、という気持ちは残念ながらバドには全くない。
「大丈夫なのか?」
パッとバドは笑って見せた。
「まぁ、ダメだったらどっかに移るよ」
「今そうした方がいいぞー」
草の上に寝転んで聞いていたロゼが、空を見ながら助言した。
「止めろ。皆家に帰りたいんだ。お前だって久々の家が嬉しいだろぉが」
「全然」
「……まぁいい。バド、マクサルトに帰る為の準備に、時間がかかる。俺達がマクサルトへ行った時は、馬で片道一月半掛かった」
「帰りの食糧無くて、死ぬかと思ったぜぇ」
ロゼが口を挟んだ。アスランもうんうんと頷いた。まるで当時の隊長が誰か忘れてしまっている様子だ。
「途中まで仲間が迎えに来てくれなかったら、ありゃヤバかったな。まぁ、とにかく皆の分の食糧だろ? 水だろ? ほとんど病人みたいなもんだから、馬もそれなりの数いるだろ? 他にも色々……って考えたら、すぐ準備出来ないんだ。船はもう飛ばねぇし、国も揺れてるしな。」
ああ、とバドは笑った。
「船なら飛ぶぜ。トカゲがさ、やってくれるって」
「……でも、犠牲が出るだろうが」
アハッとバドが笑った。
「だろうね。でもまず船を見せろとさ。いいさ。多く見積もって来やがったら、誰がマクサルトへ帰りたいんだ? って言ってやる」




