殴ってみたかった
短いです。
ロゼは完璧に一連の流れに乗りそびれていた。
なんだか悲鳴が上がったり光ったりと賑やかなあちら側に比べ、随分地味だ。と思いながら、クリス皇子とひたすら剣を交える。
もともといけ好かない皇子だった。どこを、と詳細を聞かれると「別に」なのだが、一つ明確に言えるとしたら、自分よりも強い事が気に入らなかった。
ロゼは剣術においては誰にも負けない自負があった。
天才とも呼ばれた。
でもそれは、人並み以上の努力をしたからだ。
「成長期に身体を鍛えすぎると背が伸びない」といった噂を聞いた時には衝撃だった。
彼はその噂を盲信し、自分の努力を呪った。それ以後、彼の信条は「努力死ね」だった。
ロゼの場合は遺伝な気がするが、本人はそう思っていない。
なのに、なんだ。このバカ皇子は、全てを備えて生まれて来た。
身長を犠牲にする事無く、天才的に強い。
「ムカつくぜぇ」
今だって、圧されている。
こりゃヤベェかな、と思ったところでふとクリス皇子の顔を見ると、彼は泣いていた。
霞の掛かった黒曜石の様な瞳から滴る涙を見た瞬間、ロゼの怒りが沸騰した。
「この、クソ皇子がぁ!」
泣きっ面でこのロゼット様と打ち合うとは、マジで許せねぇ。
本気で来い、本気で来い、本気で来いやぁ!
ロゼの鋭い三段突きをクリス皇子は難なくかわし、最後の引きのタイミングでガキッと音を立ててロゼの剣を大剣で抑え込んだ。
鍔と鍔で押し合い、ロゼはクリス皇子の顔を見る。やはりその顔は泣いている。
「ムカつくぜぇ……」
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可哀想に、と声がする。
ローズ様は、早く入り婿と離縁したくてしょうがなかったらしいよ。
でも、跡取りは絶対に必要とされたし、―――様の子なんて望めないだろう?
ロゼット様が産まれて、やっと解放されたって、ご機嫌らしいよ……。
入り婿? 滅多な事は聞いちゃいけない。
もう絶対に、誰かに聞いてはいけないよ。
お子は一度も抱いていないってさ……。
可哀想に……。
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ロゼは唐突に剣から手を離し放り出すと、さっと一歩引いた。
それから力の支えを失って態勢を崩すクリス皇子へ強く踏み込んで、彼の顔に拳を思い切り打ち込んだ。
クリス皇子が倒れ込み、その隙に手放した剣を拾って「ざまぁ!」と吐き捨てた。
本気で胸がスカッとして、ロゼは興奮した。そして、世界の反対側からでは無く、真正面からクリス皇子を罵れるこの機会に、彼は初めて神に「あんがとよ」と思った。祈ってはいない。思っただけだ。
「おらぁ! 来いよぉ、親に利用されたからなんだっつーんだぁ!? メソメソ泣いてりゃ抱っこしてもらえるとでも思ってんのか! ぶっ殺すぞ!」
ロゼの噛み付く様ながなり立てに、クリス皇子は起き上がろうとしない。
彼は「……ロゼット」と、声を出した。
ロゼは鼻の頭の皺はそのままに、口の端を上げた。
「……よう、いいネンネだったなぁ、バカ皇子」
「……私は、別に父上に利用されたから泣いているのでは無いよ」
「へぇ」
立っていた位置のまま、ロゼは座り込む。
「……情けなくてね……自分が……」
「……前からだろぉ?」
まだ気は抜けないものの、一息吐いてロゼはバド達の方へ視線を投げた。ちょうど、その時だった。
「……あ」としか、ロゼは声が出せなかった。
ブラグイーハの背に、刃が突き刺さるのを、ロゼは現実味も無くただ眺める事しか出来なかった。
ロゼットの盲信している例の噂の信ぴょう性は、良く分かりません。




