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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第十二章
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蜥蜴の話と夕日の光

 エ・レナの明るみから、暗闇を通って、青白い明るみへ進むと、裸の男の子が膝を抱えて座っているのが見えた。

 男の子はバドと目が合うと、「やあ」と口を裂けさせニンマリし、ガラス玉の様な目をクルクル回した。


「『やあ』じゃねーよ。どうしてくれんの」

『僕のせいじゃないよ。そうして下さいと言ったのもやったのもお前達だし、こうしたのは西の魔法使いじゃないの。尻尾は切られるし、いい迷惑さ。これこそどうしてくれんの』


 バドはフンと鼻を鳴らした。


「人を喰うのはそういう性ってんだろ?」

『そうだよ。悪と呼ばれれば悪だし、神と呼ばれれば神さ。それにしても、眠たいや。早く帰してくんない?』


 バドは腕組みをしてちょっと首を傾けた。


「なんだ、自分で帰れねぇの?」

『そだよ。一度切り離されたら、戻して貰わなきゃ』

「切り離された?」

『西のジジイがさ、エ・レナの身体に僕を隠す為にそうしたんだ』

「ああ……」


 西の奴らなんか大嫌いだ、と呟いて、男の子は唇を尖らせた。

 バドは一息吐いてから、気兼ね無しに彼の隣にあぐらをかいた。


「……なぁ、なんでこうなっちゃったワケ?」

『やだよ。長くなるもの』

「なンだよ、帰してやんねーぞ」

『ちぇ……いいよ。でも、良い話じゃないからね』

「期待してねぇよ」


 ふぅ、と男の子は溜め息を吐いて語り出した。


『お前は西の血を引いてるんだ』

「また西か。いい加減にしろよ西!」

『良い土地ではないよね。こういう事を起こすのは、必ず西の奴らだ。人間が力を持つと、ロクな事になりゃしないのに』


 お前が言うなよ、とバドは思ったが男の子に先を促した。


『西から来たのは女だった。北海から流れ着いた。海は厄介だよね。なんでも運んできちゃうからサ。だからそれ以来、ボクは北海を荒れ海に変えてやった。

 ……その女はマクサルトの男との間に赤ん坊を産んだ。その頃ボクはただ眠ってた。だからマクサルトはお前の知ってるマクサルトじゃなかった』

「荒れ放題だった?」

『うん』

「でも、皆生きてた?」

『そうだね……うん。なにがいいのか、お前達はそこを選んでたよ。多分、敵の来ない阻まれた土地が良かったんじゃないかな』


 バドはその話に少しだけ希望が持てた。

 蜥蜴無しで、マクサルトは生きていた。


『皆飢えてた。……女も女の赤ん坊も、例外無く。赤ん坊は病気もしていた。女は我が子可愛さに、死にもの狂いで力を使ってボクの居場所を探り当てた。……と言うより、引きずり出した。あの時はムカついたなぁ。不機嫌なボクは、国を豊かにして欲しいと懇願する女に言ってやったんだ』


 ―――じゃあ、その赤ん坊を喰わせてよ。


「胸糞悪ぃ。ゲス蜥蜴」

『ボクは力を使うのにそうゆうのが必要な質なんだからしょうがないじゃない』

「レディ・トスカノって知ってる?」

『なんだそりゃ?』

「トスカノの蛇だよ。そいつはあんまりグロくないぜ」


 男の子は肩を竦めた。


『……でも、そいつもきっと怠け者だろ。乞われても動かないからグロくないんだよ。動いたら、酷いと思うよ』


 チロ、と男の子が二股の舌を出したので、バドはゾッとした。

 確かに、レディ・トスカノは酷そうだ。ただ、彼女は美しい物が好きだ。それが彼女の力の源だとすれば(そう思いたい)、やっぱりマクサルトは貧乏くじかもしれない。


『話が逸れちゃったじゃないか』

「……女は赤ん坊を差し出した?」

『いいや。青ざめて逃げて行ったよ。それが狙いだったしね。でも、すぐに数人の男が泣いている女と赤ん坊を引きつれてやって来た。バカな女だよ。きっとすっかり男達に話しちまったのさ。……赤ん坊をボクに差し出した男の腕には、たくさん引っ掻いた跡があったなぁ……。ねぇ、まだ聞きたい?』


 バドは厭だった。でも、頷いた。


『ボクは飢えた病気の赤ん坊なんかいらないよって言ったんだ』

「……なんか救われた」

『でも、じゃあこの子が立派に育ったら捧げますって食い下がるんだ』


 蜥蜴は思った。こんな貧弱な赤ん坊が育つワケが無いと。

 しかし、大人たちの執念で子は育った。女がどうなったのか、蜥蜴には判らない。すでに異界の門を潜った男達は、蜥蜴の道を覚えてしまったから。


『わかった? 生き延びた赤ん坊がお前の』

「そして、門を潜った男達が」


 男の子がニンマリした。


『良かった。お前、ちょっとバカそうだから解んないかと思った』

「うるせー、でもさ、ずっとオレのルーツに絞ってたのはなんでだよ? なんか、誰でも良い感じじゃんか」

『うん。でも、君のルーツの味に慣れちゃったんだ。お前たちはなんて言うんだっけ?

 ―――そうそう、ソウルフード? 力が沸くだろ? ソウルフードは』

 

 バドは強烈な脱力感に頭を垂れた。


「……ロゼのヤツじゃないけど、吐きそう……」


『ねぇ、ずっとここにいる気? 話したから、帰してよ』


 男の子が口を尖らせた。

 バドは彼を横目で見て、呆れた様に笑った。


 あんな話を聞いて笑えるなんて、オレもどうかしちまってるな。


「……いいぜ。でもサ、その前に尻尾の仇、取りたくねぇ?」


 男の子はメキメキと口を裂けさせ、青い二股の舌をチロッと見せると、ガラス玉の様な目を底光りさせた。


『……いいね』


 バドも、悪そうにニンマリした。


「決まりだな」


------------------------------------


 少年がバドの傍にととと、と寄って来て、手を差し出した。柔らかそうな子供の手に見えるのに、何の気無しにその手を取ると、ズシリと重かった。


『行こう。そこの光に入るんだ』


 薄闇の中、ボンヤリ光るモヤを確認して、バドは頷いた。

 重量感のある子供の手を引きながら、バドは薄闇を歩き出す。


『僕の器になったアイツ、君に憧れてた』


 ぽつ、と男の子が言って、バドはアスランの小屋で、出会ったばかりの自分を励ますジージョの笑顔を思い出す。


「…………なんでわかんの?」

『わかるよ。中にいたんだ』


 憧れてただって? どうして?

 オレはアイツがロゼに責められている時、ラヴィの様に庇ったりしなかった。

 ただ信じる事が面倒臭かった……。

 そんな奴になんで憧れたりするんだ。

 ジージョは馬鹿だ。馬鹿野郎だ。


 ……バドと一緒に見れたから、とても綺麗な思い出に……


 飛空船でジージョと一緒に見た夕日が、そこにある訳でも無いのにバドの心の中で、眩しく光った。


『泣いてるの?』


 少年が小さく聞いた。バドは答えなかった。

 黙って、前だけを向いてそのままずんずん歩いた。

 歩く歩調に、いつしか気持ちが重なって行く。 

 右足、(ごめん)

 左足、(ありがとう)

 右足、(ごめん)

 左足、(ありがとう)

 ごめん

 ありがとう

 ごめん

 ありがとう

 ごめん

 ありがとう……。


 ジージョ、ごめん。

 ―――ありがとう……。


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