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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第十二章
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ナイト

 バドはニヤつきながらブラグイーハに向かって「トカゲの尾」を振ってみた。案の定、何も起きなかった。


「お前では使えない。生け贄としての力しかないのだから」


 こちらへゆっくりと近づいて来ながら、ブラグイーハが言った。


「そりゃいいや。テメーみてぇにイイ気にならずに済むもんな!」

「お前は母親似だな」


 ブラグイーハが薄く笑った。

 バドはその言葉にカチンと来たが、無視をした。

 それから、少しだけイソプロパノールの母親の方を思い出して、「違いねぇ」と心で呟いた。

 本当の母親を慕っていない訳では無いが、バドには記憶が浅すぎたのだ。

 ブラグイーハは、イソプロパノールのあの、小喧しくて、情の深い女を知らない。そう思うと、バドと(否、マクサルトと?)思い出を共有しようとでもしている様な奴の態度も気にならなかった。


「私が憎いなら、殺せばいい。だが、マクサルトを実現してからだ。邪魔をするならば、暫く寝ているがいい」


 言い終わるや否や、ブラグイーハはバドの方へ手をかざし、西の言葉で歌の様な長い呪文を発した。

 途端、バドは身体の自由を奪われ、ドサッと床に倒れ込む。

 ラヴィが小さく悲鳴を上げた。

 ブラグイーハは更に強く何か言った。


「……!?」


 身体中を激痛が走り、バドは声も出せずに身体を反り返らせて顔を歪めた。


 なんだこりゃ!? 話が違う!!


 視界に映るもの全てが熱線となって目を焼き、目をつぶれば瞼の裏にピカピカ光る光が激しい頭痛を引き起こし、息をすれば炎を飲み込む様に熱くて肺が焼け付いた。腰から背骨にかけては凍てついた氷が神経に直接触れているかの様な、鋭く残酷な痛みに襲われ、足は無遠慮に棒か何かが貫通する痛みを繰り返した。


「バド!」


 ラヴィの悲鳴じみた声まで、耳に刺さる様で、バドは心の中で「黙れ!」と思わず罵ってしまった。

 ブラグイーハは不可解そうにラヴィを見た。


「姫がア・レンと知り合いとは」

「お願い! もう止めて下さい!」


 懇願するラヴィに、「じき意識を失う」と短く言うと、ブラグイーハは今度はラヴィに手をかざした。


「姫、少し早くなりますが、今『万象の杖』を作ります。……お命を」

「だ、だ、ダメだぁー!」


 ブラグイーハの手から生み出された青い炎がラヴィを飲み込む前に、ジージョが二人の間に躍り出た。


「ジージョさん!」


 音も無く、ジージョの身体を青い炎が包んだ。

 ジージョが青い炎に焼かれながら、ラヴィに微笑んだ。

 彼の唇が「大丈夫」と滑らかに動いたのを、ラヴィは見た。


「邪魔だ!」


 ブラグイーハが炎に飲まれたジージョを突き飛ばし、それを追いかけるラヴィの腕を掴んだ。

 ラヴィはサッと掴まれていない方の手でドレスを捲り上げると、ストッキングに忍ばせた小さな赤いナイフをブラグイーハの手に突き刺した。

 

 思ってもみなかった反撃にたじろいだ手からもがいて離れ、滑り込む様にジージョの傍へ行き、素手で青い炎を叩き消そうとするラヴィを、ジージョは見ていた。


-----------------------------


 ジージョは死は怖いモノだと思っていた。

 子供の頃、何かで激昂した父親に桶に張った水の中に頭を突っ込まれた事がある。

 何度も何度も繰り返されて、もがいてもがいて、苦しくて仕方が無かった。

 勢い余って桶の淵に頭を打ち付けられて、気を失ったのが幸いだったのか、それでその折檻の記憶は終わっている。

 それから、死とはそういうモノなんだ、と彼の中に刻まれて、ずっと恐れていた。

 

 でも、どうだろう。

 いざ迎えて見ると、ジージョはとても穏やかな気持ちだった。

 だって、ラヴィが生きているじゃないか。

 それ以上に、彼に望むものは無かった。


 嬉しいなぁ。

 ラヴィに会えて。

 泣かないでよ。オイラは、嬉しいんだから。

 アスラン、オイラ、ラヴィのナイトになったよ。

 褒めてくれるかな?

 くれるよね? 


 こんな勇気をオイラにくれて、ありがとう。


-----------------------------

 

 ラヴィの努力も虚しく炎は燃え上がり、そしてジージョの命と共に消えた。


「ジージョさん!? 嫌! ジージョさん!」


 ジージョの身体は傷一つ無く、ただ、命だけが無い。ラヴィはジージョに覆いかぶさる様にして涙を流し、背中にブラグイーハの残酷な足音を聞いた。

 バドは依然苦しみの表情で、しかししっかりとこちらを見て、「に、げ、ろ」と口を動かしている。


「姫。気が変わりましたか」


 背中に掛かる冷たい声に圧力に、身体が震え、それでもジージョを見ていると、ジージョの胸が青く光り出した。


「……え」


 ラヴィは思わずジージョに添えていた手を離し、明るさを強めて行く青い光を見た。

 バドも苦しみの淵で、その光を見た。

 オバアの声を、不意に思い出す。


 ……エ・レナ様は、『本体』を持って逃げました……


「ジ、ジージョ……」


 ……バドみたいな、金髪の……

 

ジージョの胸から現れた青い光が、正しく光の速さでバドの方へ飛び、彼の身体の中にドーンッと音を立てて入り込んだ。


 ……あの娘がくれたんだ……。


 衝撃と力が、ブラグイーハからもたらされた苦痛を吹き飛ばし、バドの身体に入った光の記憶が一瞬で駆け巡った。


-----------------------------


 本当に、それは一瞬だった。

 ごうごうと渦を巻いて流れる光の記憶が、途切れ途切れにマクサルトの景色を映し、それが済むと顔の判断がつかない速さで色々な男たちの顔が、連続で映し出された。顔は最後に父の顔になって止まり、ふわりと消えて大好きだった姉の姿が映し出された。早くに両親を亡くしたバドにとって、唯一強がらず、心から甘えられる存在だった彼女は、記憶よりも少し大人びている。


『……ねぇさま』


 バドは恋しさでいっぱいの声で姉を呼ぶ。

 エ・レナが微笑んだ。


『ア・レン。やっと、渡せた……』

 

 バドは「待ってくれ」と思わず叫んだ。直感は当たり、エ・レナは消えかけている。


『どうすればいい? どうすればいいんだ!』

『……終わらせて……悲劇を』


 エ・レナの声が響いた。

 バドの前に現れたエ・レナが、全てを知っていたかは判らない。もしかしたら、彼女の言葉は現在の時間軸で発せられた言葉では無く、「捕えられたマクサルトの人々を助けて」という意味合いだったかも知れない。

 それでもバドは、頷いた。

 悲劇を終わらせる。その指針を胸に突き刺し、「わかった」と彼は答えた。

 エ・レナは安堵した様に微笑んで、北東を指差した。方向感覚なんて判らない場所にいたけれど、バドにはそれが北東に思えた。

 頷いて「さよなら」と呟くと、バドはそちらを目指した。


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