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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第十二章
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 バドはいやに冷静な気分で、ブラグイーハの瞳をしげしげと覗き込む。

 レディ・トスカノが自分たちに加勢しなかったハズだ。

 彼の瞳はどこまでも澄んでいて、綺麗だった。一直線に、自分の想いを通そうとしている者独特の光を灯し、何も後ろめたさを持っていない。


 ああ……もしも全てが真実ならば、幸せな子供時代の暖かな記憶のマクサルト、マクサルト!

 誰の犠牲も払わずに存在する、正真正銘の楽園!

 ―――いや、本当に?


 バドはブルッと頭を振った。


「ア・レン、お前が王だ」


 クッ、とバドは笑った。


「オレが? あんた、マジで頭おかしいんじゃねぇの?」

「反抗期か」

「真っ盛りです」


 ブラグイーハとジルが囁き合うのに「ちげぇわ!」と怒鳴ってバドは地団太を踏んだ。


「何が犠牲の無いマクサルト、だ! メチャメチャ犠牲払って作るんだろが! トスカノはどうする? お払い箱にするのか!?」

「守護神のいる国は根強い。ここをマクサルトにするつもりだ」

「守護神ったって、ぐうたら女じゃねぇか!」


 失礼な、と虚空で女の声がした。

 空間を捻じ曲げて、やはり美しいくるぶしから現れたレディ・トスカノを、バドは思い切り睨み付けた。


「クソ女、グルだったのかよ」


 レディ・トスカノが目尻を釣り上げた。


「言葉が過ぎるぞ。私が人間の野望などに賛同するものか。今の話は初耳だ。しかし、ちょっといいなと思ったな」

「クソッたれ!」


 ピシャッとバドの足元に雷撃が落ちた。


「クソッたれ!」


 バドは臆せず、レディ・トスカノにもう一度言い放った。

 バアン! と音がして、バドの足元の床が飛び散り、床の破片と共にバドが吹っ飛んで転がった。バドはそれでも床を叩いて喚いた。


「クソッたれ!」

「レディ・トスカノ。殺されては困る」


 長い髪を波打たせ、美しい口元を、もはや耳まで裂けさせ細長い舌を出しているレディ・トスカノに、ブラグイーハが言った。バドは豹変したレディ・トスカノの顔を見て笑った。


「……ヘビじゃん! マクサルトがトカゲで、トスカノはヘビか! ハハハ! ちゃんちゃら可笑しいぜ!」

「そうさ。土にいるものだからな」


 何てこと無しに、レディ・トスカノが言って、元の美しい女に戻った。


「気持ち悪りぃんだよ!」

「ア・レン! レディ・トスカノを怒らせるな。レディ・トスカノ。どういう理由で現れたか存じませんが、トスカノを離れる約束をしたからには、トスカノで力は使われますな」

「……いいだろう。ナニ、お前が瞳を汚していないか心配で、こやつらと見物に来ただけさ。杞憂だったがね。好きにしろ」


 レディ・トスカノがふわりと宙を舞って、美しいシャンデリアの上に腰かけた。

 途端に、シャンデリアに灯が灯り、辺りが明るくなった。


「ブラグイーハ、オレはテメーの作るマクサルトなんか欲しくない! かと言って、今までのマクサルトもご免だ! ただ、オレを優しく見守り、共に笑い、生きて来た皆と一緒に生きたい!」


 そう言ってバドは腰に差した短剣を抜いた。


「……最初の犠牲者、覚えているか?」

「身代わりの子か」

「なに?」


 バドが眉をギュッと寄せた。


「エデンは私がアガルタにマクサルトの絡繰りを話し、今後の展開を打ち明け、トスカノへ招いたのを知ったからな。私に『火の鳥』役はア・レンだと偽りの情報を流し、お前をなんとか私から隠そうとしたのだ」


 バドは顔をぶん殴られた様な衝撃で、目を見開いた。


「じゃあ、じゃあバドは……」


 ブラグイーハに何か問われ、頷く幼馴染の映像が、バドの頭をグルグル駆け回った。


「アイツに、何か聞いただろ」


 ああ、とブラグイーハがそんな事もあったかな? という調子で答えた。


「お前はア・レンか、と」


 バドの全身の血の気が引いた。

 聡い子供だったから、なんとなく判ったのだろう。コイツはア・レンが狙いなのだ、と。


「私はお前の身にトカゲを宿させ、トスカノへ連れ帰るつもりでいた。だが、イシュタルもエデンも、それに反対だった。子供に名を尋ねたが、お前で無いのはすぐに判った。私は丁度いいと思った。何年か後に、皇子らしき骨が転がっているのが見つかれば、マクサルトを葬った事になると」

「うわぁー!」


 バドが憎悪の雄たけびを上げてブラグイーハに切りかかった。クリス皇子がサッと現れて、それを打ち返す。


「皆死ね! 死んじまえ!」


 喚きながら、クリス皇子に短剣を繰り出すも、頭に血の上がったバドをクリス皇子は軽々と壁に追い詰めた。


「クソ! クソ! クソッたれ!」


 壁に背を突き、ズルズルと床にはいつくばってクリス皇子の足元からネズミの様に抜け出し、態勢を立て直したその時、ちょうど扉の傍に立ったバドに、思い切り扉が開きぶち当たった。


-----------------------------


「よぉ、派手にやってんな」


 扉板の向こうで、呑気そうな声がした。


「あれ? バカのバドは? 始末されちった?」


 マッジィーなオイ。と呟いて、


「『獅子の団』ロゼット・カヌ・レルパックスただ今、参上致しましたぁ!」

「寝返るな!」


 扉板の裏から現れたバドを見ると、「なんだぁ、生きてらぁ」と吐き捨てて、クリス王子の斬撃を剣で受け止める。


「覚えてろ! でも皇子よろしく!」


 ギャァン、と鉄が鋭く打ち合う音をロゼの返事代わりに受け取って、バドはブラグイーハ一直線に駆け出した。不幸中の幸いか、先ほどのロゼの扉の一撃で頭の中は切り替わり、熱を帯びた冷静さを取り戻したバドは、ブラグイーハが引きずっていた長いマントをハラリと脱いだと同時に懐から「トカゲの尾」を出すのを見逃さなかった。

 「トカゲの尾」から吐き出された灼熱の炎を避けて飛び、腕に隠し持ったお馴染みの小さなクロスボウをブラグイーハ目がけて打ち放った。

 針の様な矢はブラグーイーハが「トカゲの尾」を振る間でも無く彼の一睨みで灰になり宙を舞ったが、次に来た斬撃には流石に剣を抜いて受け止めた。


「……何だよ……飾りかと思ったぜ」

「歯向かうのは止めろ。私を殺してどうするのだ? 残るのは一握りの民と、枯れた大地のみではないか」


 バドはフンと笑って、ブラグイーハから離れると、彼の足元に赤い玉を投げた。

 マクサルトの空で使った煙幕だ。球は床に打ち付けられた衝撃でポンと弾け、ブラグイーハを赤い煙で包んだ。

 バドは赤い煙の中で、ブラグイーハに体当たりを喰らわし、襟首を掴んだところで見えない力に煙ごと振り払われた。

 シャンデリアから見下ろすレディ・トスカノの綺麗な足が近くに見える程高く吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。そのまま床にも叩きつけられそうになって、慌ててダラダラと垂れ下がっていた分厚いカーテンにしがみ付く。

 カーテンが勢いに音を立てて破れ、布まみれになって転がり落ちたのは、青い顔でジージョと隠れていたラヴィのすぐ傍だった。


「やっべ……」

「バド!」

「ラ、ラヴィ、ダメだって」 


 ラヴィがカーテンの陰から出て来てしまったのに呟いて、ジージョまでオロオロ駆け寄って来てしまい、「お前もなにやってんの!」と両目を閉じた。


「大丈夫ですか?」


 ラヴィの手を借りて立ち上がりながら、バドは「ヘーキ」と、頷いた。目はブラグイーハから離さない。

 バドは心配するラヴィに、「ほらな」と手に持った物を見せた。

 ラヴィは、くしゃくしゃの顔で微笑んで頷いた。


「さすが、『うみねこ団』ですね」


 バドは蜥蜴の尾をくるんと手で得意げに回して、ニッと笑った。


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