対峙
大ホールの灯という灯が、全て消えた。
その場に居合わせた者達は、悪魔が飛び込んで来て、次々に明かりを消し去っていったと思った。
数少ない冷静でいられた者は、あれは鷲だった、と後に語った。
騒めく大ホールに、不気味な声が響く。
『呪いをそなたたちにー』
シン、と暗闇でその声を聞いた者達が静まり返る中、バドは笑いを噛み殺して高い天井のカーテンレールから、自分のモノでは無い不気味な声を張り上げた。
これ、酒場のオンナのコ達に、やたらウケたんだよな。
芸は己の身を助けるって、ホント、そうだよなぁ……。
こんな大掛かりな悪戯をする事になるとはなぁ、とほくそ笑みながら、更に色々な場所から声が聞こえる様に、巧みに不気味な声を操った。
不安のうねりをビリビリと肌で感じながら、バドは吹き出さない様に気を付けた。
『マクサルトの呪いを~』
自分の傍で声がすると錯覚した招待客たちが、身を竦めて暗闇で目を見張った。
『トスカノ王に、さばきをーーーー』
バドが一際大きく喚いた直後に、カチャン、と誰かが床にワイングラスを落とした。
「ま、ママ、マクサルトの、の、呪い、だぁぁあー!」
誰かが喚いた。
いいぞ、ジージョ。いいタイミングだ!
バドは厚いカーテンにしがみ付きながら、ニヤリと笑って、シュルシュルと床に降り立つと、大ホールの扉の一つの方へ顔を向けた。
「皆さま、速やかにホールからお逃げ下さい。こちらです。明かりの方へ!」
出入り口で灯を掲げているのは、人型に戻ったジルだ。
彼の足元に、何人か警護の者が倒れていたが、皆気にもせず灯に群がり、大ホールから駆け出して行った。ジルが残りの一人を蹴り飛ばしながら退室させると、後ろ手で扉を閉じる。
「はいはーい、こっからは獅子の団が誘導しますよぅ」
呑気な声が、人々のざわめきと足音を引きつれて離れて行くと、ガランとした大ホールに、その場を動こうとしない王を守る為残ったのは、何か諦めた様な顔の老人と、数人の警備たち。慌てて灯を灯せば、目の前に金色と漆黒が閃き、彼らを次々と打ちのめした。
床に落ちた幾つかの灯に照らされながら、バドはフッ、と一息ついて、「よう」とブラグイーハと対峙した。
シャン、と鞘から剣の抜ける音がして、クリス皇子が王の前に立った。バドは気にせず、ブラグイーハから目を逸らさなかった。ブラグイーハはバドを見て、口の片端を上げた。
「ア・レンか」
名乗りを上げるタイミングを奪われて、バドは内心肩すかしに遭いながら、「そうだ」と答えた。
「二人に良く似ている」
懐かしむ様な視線にムカつきながら、バドは憎しみでいっぱいの表情で唸った。
「なんでこんな事した」
ブラグイーハはそよりともせず、バドを見ている。
「オレたちが何をした? お前に、ここまでされる程の、何を?」
歯を食いしばりながら、怒りを絞り出すバドに、クリス皇子が進み出たのを、ブラグイーハが止めた。
「いい。下がれ。……ア・レンよ。マクサルトの守護神は、王族を喰らう。それをどう思うか」
バドは少しだけ身構えた。その件については、考えない様にしていたからだった。自分の国が、生け贄で保たれていたなんて、その生け贄が、代々自分の先祖だったなんて。国を取り戻したいバドにとってちょっと脇に置いておきたい問題だったのだ。
「王は皆の為にそれ位してもいいと」
「思っているのか?」
「……」
「思っていないだろう? そしてそのやり方を知っているか? 王も死ぬ直前に自分が生け贄だと悟るのだ。そして覚悟する。マクサルトの為。愛する者たちの為、と。当事者のお前でさえ、王族は代々短命と聞かされているだろう?違う。殺されているんだ。マクサルトの民の為に……否、土竜一族の為に!」
「それがなんだ……。お前はマクサルトそのものを壊したじゃねぇか!」
「マクサルトは壊れるべきだった!」
ブラグイーハの吠える様な言葉に、バドは全身の毛が逆立った。次いで、抑えていた怒りで身体が震え、影の様に傍に控えたジルに支えて貰わなければ、まともに立てない程だった。
コイツハ一体、何ヲホザイテヤガル?
……ボン様ならわかるさ。
怒りと疑問で沸騰しそうな頭の中で、ふいにオジイの声がした。
「お前達王族は、土竜一族に飼われていたのだ。土竜一族がマクサルトの本当の王族だったからだ!」
「王族とか、どうでもいい!」
「では言い換えようか? ある奴隷の一族が、マクサルトの豊穣の為、半世紀に一度生け贄として犠牲になっていた。王はそれを隠し、民は何も知らずにマクサルトの恩恵を浴びていた」
バドは頭がクラクラして、唇を噛んだ。
ブラグイーハの話には聞き覚えがあった。そしてバドは、その話に怒りを感じていた。
そうだ、まるで今のトスカノだ……。
そして、オレはそれを良しとせず、ぶっ壊そうとしている……。そうした方がいいと、思っている!
「ア・レン。私と共に歩もう」
は? とバドがブラグイーハの台詞に素っ頓狂な声を上げた。
「ふざけんな! テメー、一体何が望みなんだ」
返って来た答えは、予想外のものだった。
「マクサルトを作り直す。犠牲に成り立たない、完璧なマクサルトを!」
目を向いてブラグイーハを見詰めるバドの前に、スッとジルが立った。
「イーハ様」
「ジル?」
バドが戸惑ってジルの背中を見た。彼は振り向かず、ブラグイーハに片膝を付いて首を垂れた。
「ジル!?」
バドが驚いて一歩下がりかけ、彼に駆け寄って肩を掴み揺すった。
ジルは固い表情で、バドの方を見ない。ブラグイーハは目を細め、ふっ、と微笑んだ。
「久しいな。鷲の子よ。よく私との誓いを守ってくれた。お前がマクサルトから動いたのを感じてもしや、と思ったのだ」
「はい。ア・レン様を慈しみ、お守りして来ました。……あの事件までは……。……貴方は一言お伝え下されば良かった。そうすれば、ア・レン様を見失う事も無かった」
「確かに、お前が傍にいれば、私はすぐにア・レンを見つけられただろう。だが良い。良くここまで連れて来てくれた」
「それも幸運が重なった結果です」
「……ジル……?」
バドはジルとブラグイーハを交互に見た。
クリス皇子にも感じたが、ブラグイーハとジルを見ると、余計に感じるものがある。
似すぎている。
そして、子供の頃から親しんで、疑問すら持たなかったジルの不思議な性質。
……そうだ。オレはなんで今まで不思議に思わなかった? 人間が、鷲になるなんて。
常識という感覚がその部分だけ、捻じ曲げられていた、としか言いようの無い覚醒に、バドはパッとジルから飛び退いた。
「お前……お前は……」
ジルはこちらを見ない。
「ア・レン。その男は、私が命の欠片を分け与えたものだ。いわば、私の分身だ」
「……ジル!」
ジルは一度だけ目を閉じ、立ち上がるとブラグイーハの元へ歩みだした。
ブラグイーハは満足そうに微笑み、ジルが傍に据えるのを許した。バドを見る。
「ア・レン。私は全ての願いを叶える『万象の杖』を作る。マクサルト人を糧に『トカゲの尾』に力を溜め、魔力を持つ乙女を核として」
バドはまじまじとブラグイーハを見た。
「『万象の杖』でマクサルトを?」
「そうだ。トカゲのいない、マクサルトを」




