素直な気持ち
ダンスパーティが始まると、王妃に顔を売りたい男たちがラヴィの元へ群がった。
「花嫁のお披露目だ。踊って来なさい」
ブラグイーハに言われて、ラヴィは複雑な気持ちで従った。
座ってジッとしているのに疲れてしまったし、緊張の糸が張り詰めていたので、音楽に身を任せる事で気が和らぐと思ったけれど、やはり見も知らずの男達に次々と手を取られるのは、良い気分では無かった。
何人目かの男の手を取った時、不意に彼女の気持ちを揺さぶる曲が流れた。
マクサルトの廃墟で、バドと踊った曲だった。アレンジがされているのか、少し切ない、悲しげな調子に変わっていたが、間違い無い。思わずブラグイーハを見据えると、彼は曲に耳を傾けてどこかここでは無い、別の処を見ている様だった。
なんて神経!
ラヴィはダンス相手のお喋りを遮って、「貴方はこの曲を知っていますか?」と聞いてみた。相手はゆるゆると微笑んで答えた。
「ええ、王が作曲されたのですよ」
「……!? ……そう、ですか」
歌詞を知っているかどうか聞こうとして、ラヴィは止めた。
「王妃、どうされました? お手が震えているではありませんか」
「……申し訳ありません。少し、バルコニーで夜風を……いえ、一人で結構です。一人で一息吐きたいの……すぐに戻りますから、誰も呼ばないで」
名残惜しげにバルコニーまでエスコートされて、ラヴィはサッと外と室内を隔てる分厚いカーテンを潜った。
-----------------------------
バルコニーでは、月と星が輝いていた。胸をスッとさせる様な冷たく清らかな風を吸い込んで、ラヴィはバルコニーの柵に肘を突き、顔を覆った。
知らずに皆、笑って踊っているのね。
知らない事が許せない。皆に知って欲しい。トスカノの豊かさの為に、酷い目に遭っている人達の国歌だって。
バドの国の国歌だって!
息が詰まって顔を上げ、仰ぎ見れば、マクサルトで見た月と同じ月が、ラヴィを照らしている。
この曲で踊ったの。
輝くシャンデリアも、無数のロウソクも、あんなに沢山の演奏家たちも要らない。
廃墟の酒場で、壊れた音楽器と、月の光と小さなランプ。
……それだけで十分。十分よ。
ラヴィが悲しみと苛立ちに唇を噛んでいると、なんの気配もさせずに、誰かが後ろから声を掛けた。
「おひめさま、ワタクシと踊って頂けませんか」
ラヴィは驚いて、「いいえ」と思わずイソプロパノール語で返事をし、振り返った。
母国語が出てしまうハズだった。誘いは、イソプロパノール語だったから。
明るい金髪が、優しく吹いた風と月明かりに、チラチラ光ってラヴィの目を引いた。
青い瞳が、悪戯そうに煌めいている。
「ケチケチすんなよ」
「……バド!」
にい、と笑う顔に、今まで我慢していた緊張や恐ろしさ、怒りや悲しみが積を切って流れ出し、ラヴィは彼に駆け寄って飛び付いた。
-----------------------------
月明かりの下で、二つの影が一つになった。
風は優しく吹き、星は静かに瞬いている。
ラヴィの胸を締め付けるあの忌々しい曲は、もう耳に届かない。
何故なら、本当の曲を歌える人が彼女の耳元で小さく笑い声を立てているのだ。
この人は笑っている。きっと、本当の曲を知っているからだわ。
そうだわ。気にする事なんてないのだわ。
あれは偽物なのだから。
わたくしは、あの曲で踊ったのではない。
だったら、わたくしも笑い飛ばしてしまえるわ。
ああ、それにしても、この人はなんて強いのかしら。
-----------------------------
バドはラヴィを抱き留めると、アハッと笑って、おどけてそのままクルクル回った。
「ほらな? やっぱな!」
そう言ってケケケ、と笑うバドに、彼の首にしっかり腕を巻き付けたまま、ラヴィは夢中で頷いたり、首を振ったりした。
「どうして?」
「披露宴が始まってるってんで、飛んで来た」
「マ、マクサルトの方達は……」
「……うん。お蔭サマ。でも、姉様を……姉様に隠された『トカゲの本体』を探さなきゃ」
「……本体?」
「そ。ブラグイーハはそれを狙ってるらしい。アイツより先に、見つけないといけない……もしくは、見つけるより先にアイツを……」
ラヴィは首を振って、バドの言葉を遮った。
「クリス皇子はブラグイーハに何か呪いをかけられたの。バド、今は逃げて。彼は貴方も狙っている様でした」
バドがラヴィの背を、安心させる様にポンポンと軽く叩いた。
「ラヴィは操られてねぇの?」
「わたくしは……わたくしは、杖になる約束をしたの」
「……ふうん?」
バドがラヴィをギュッと抱きしめた。
「レディ・トスカノも、クリス皇子も何やってんだよ。ロゼのヤツはタイチョの方を助けに来るし、そっちの計画、ガッタガタじゃん」
「……バド」
「言っとくけど怒ってんぞ。ラヴィはすぐにどんどん危ない方へ、危ない方へ行こうとするクセがある!」
「そんな……」
「ウルセー! 聞けよ。オレはなー、ラヴィがどこにいても、誰に守られてても、道ってのが違ってても、困ってたら助けてぇ。それってダメな事か?」
バドがどんどん抱きしめる力を強めるので、ラヴィは息が出来ない程だったが、我慢をした。
「バド……」
「杖になんかさせない」
「バド……。わたくしは、もう誰も失いたくない……」
「オレだってだ……今夜ケリをつけてやる」
そう言うバドの腕の中で、ようやくラヴィはもがいた。彼から身体を離すと、青ざめて首を振った。
「ダメよ。サッと一振りでクリス皇子は意識を奪われたの。殺されてしまうわ」
「しまわない」
「どうして?」
「要はトカゲの尻尾だろ?」
ラヴィはブラグイーハの一振りの小さな棒切れを思い浮かべた。そうか、あれがトカゲの尻尾だったんだわ……。
「でも、どうやって? 肌身離さずといった感じでした」
バドが腰に手を当ててニヤッと笑った。
「オレを誰だと思ってんの?」




