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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第十一章
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魔法は効いて

珍しく、バドとロゼが並んで立って、同じ腕組みのポーズをしている。

二人に睨まれて、どことなくしゅんとしているのは、アスランだ。


「いきなりいなくなってビビった」

「いきなり現れてビビった」


「いや、でも上手い事収まったろ?」


「スゲェ心配して来たら、なんかキラキラしててムカついた」

「スゲェ勝手に暴れて、なんかキラキラ始めたからムカついた」


「いや、でも上手い事収まったろ?」


「タイチョは勝手なんだよ!」

「隊長は勝手すぎらぁ!」


「いや、でも上手い事収まったろ!? と言うかだな、ロゼは何でいるんだ?」


 最後の方はほぼ開き直って押し切ったアスランの言葉に、バドがハッとして、今度はロゼを睨んだ。


「そうじゃん、なんでお前いんの? ラヴィは?」

「コッチ行けって。無茶苦茶強情なんだ、あの女」


 ああ……と呟いて、バドは苦笑いをした。


「やっぱそう思う?」

「思うね。見た目と中身のギャップが残念なタイプだぁね」


 自分はどうなんだ、と思いながらもバドはもうそれ以上こちらへ加勢に来たロゼを責める気を失っていた。

 ロゼの言う通り、ラヴィは案外頑ななのだ。

 そして、あの苦くて切ない拒絶の夕を思い出して気が沈んだ。


「でも、妙だな」


 アスランの呟きに、ロゼが一つ頷くのを見て、バドは顔を引き締めた。


「なにが?」

「何がって、ホレ、ここにいるのは『鷲の団』の団長なんだが……オイ、ホーク、王都でなにか騒ぎは起きていないのか?」

「騒ぎ?」

 

 キラキラの魔法が解けて、少し気恥ずかしそうにしていたホーク隊長が首を傾げた。


「そりゃ、大騒ぎだ。王の結婚披露宴が間近でお祭り騒ぎだからな。俺らも祝いの寸志が出たんだ。……それでパーッとやろうとしていた若い奴が……」

「ああ、ゴメンね」


 バツの悪そうにペロッと笑ってから、バドがホーク隊長に尋ねた。


「じゃあ、披露宴の準備が進んでるんだ?」

「ああ」


 バドは舌打ちして顔を歪めた。


 何やってんだよ! クリス皇子のヤツ!!


「披露宴はいつ?」

「……」


 ホーク隊長は訝し気にバドを見て、アスランへ目線で「何者だ? 何を言っている?」と問いかける。

 バドは焦れて目尻を釣り上げた。


「いつだ! 言えよ!」

「バド、待て。ホークは事情を知らない」

「ああ、クソ!」


 落ち着け、と制されて、アスランがホーク隊長に事情を話し始めると、バドは二人の傍をウロウロ早足で歩きまわった。


「オイ、気が散る」

「ア・レン様、お気を静めて下さい」


 アスランとジルに言われて、ようやくバドは不承不承といった風に停止し、その場にドカッとあぐらをかいた。


 披露宴の準備が進んでいる。

 準備は後何日かかる? 

 間に合うのか?

 ラヴィはどうなっちまったんだ?


 イライラとしながらも、アスランから事情説明を受ける『鷲の団』隊長だという男の、表情の変化を眺めた。

 疑問、驚愕、反発、疑い、戸惑い、諦め……決意……。

 

 よし……よし、決めろ。オレの思う通りの決断で無いなら、誰が止めたってぶっ殺してやる。クソッ、クソッ! トスカノのクソ野郎!


「披露宴まで後二日だ」


 ホーク隊長がアスランに告げた。

 バドが爆ぜる様に立ち上がった。

 ホーク隊長がバドの方を見て言った。


「先に行く。なんとか道を作ろう」

「……」


 協力して欲しく無い訳では決して無い。むしろ、協力は必要だ。

 なのに、バドは素直に頷く事が出来なかった。

 ホーク隊長は構わず隊を引きつれ、リョクスを発ち始める。


「行きましょう」

 

 ジルに言われて、バドは静かに成り行きを見守っていたマクサルトの民の集まりを見る。彼は彼らの王なのだ。


「俺が見ていよう」


 アスランがそう言うと、


「じゃあ、隊員を少し置いて行きます」


 とロゼが『鷲の団』に続こうとした。

 アスランが、ちょっと驚いた顔をして彼を見た。


「お、おお……」

「なんすかぁ?」

「イヤ、絶対残るとか言うと思って……」


 はー、と息を吐いて、ロゼがゆっくり首を振る。瞳が何故か、暗く燃えている。


「俺ら(『獅子の団』)、寸志貰ってねーんで」

「そ、そうか。えこ贔屓は駄目だよな……」


 ロゼも隊を引き連れて行ってしまうと、アスランが「お前も早く行け」とバドに言った。

 バドは、小刻みに頷きながらも、足を動かせなかった。


「あんたはいいのかよ? あんたの国だぞ」

「そうだな。でも、お前の用事が先だろう。俺の出番はその後だ」

「オレはあんたたちの国を傾けようとしてるんだぜ」

「バド。俺はお前とあの地下の牢獄を見た。ああしてまで、俺は真っ直ぐ立ちたいとは思わんよ。そもそも、アレは真っ直ぐじゃねぇな」


 バドは再び小刻みに頷く。


 でも、タイチョ、いや、あんた達だけじゃない。本当にいいのかよ?


 トスカノは豊かになった国だ。

 しかし、リョクスへ来る合間少しだけ街を歩いた時に、まだ足りていない、とバドは思った。


 まだこれからの国なんだ。それを知らないワケじゃないだろ?

 そして、それ以上に辛かった渇きの時代を知っているハズなんだ。

 どうしてオレに邪魔させる?

 人の道に反しているから?

 得体が知れないから?

 資源はいずれ、消えるから?


 ……でも、見落としてるぜ。


 どうして今なんだ。まだマクサルト人に残りはある。

 だとしたら、いきなりドン底を目指さずに現状維持をしたまま、豊かになる他の糸口をギリギリまで探せばいいじゃねぇか。

 オレなら……イヤ、考えるのを止そう。

 自分の思考回路は良く分かっている。

 オレは卑劣だ。

 だからこそ、疑い続けるんだろ?

 そうだろ、ア・レン?


 少し青ざめた顔で立ち尽くしているバドを、アスランが怪訝そうに見ている。


「オイ、どうしたんだ?」


 その声が、バドの耳にはボンヤリ聞こえた。


「ア・レン様?」


 と、自分を気遣うジルの声も、遠かった。


 もしかしたら。

 ―――もしかしたら、アスランも他のヤツも、オレがトスカノ王に敵う筈が無いって思っているのか?

 だから、これは、この善意は善意では無くて、嘲笑含みの余裕なのか?

 

 そう考えついてしまうとゾッとして、バドは腕に鳥肌を立てた。

 猜疑が止まらない。次から次へとやって来る。

 こんな、大事な場面で。

 イヤ、だからこそ疑え、疑え……なんの為に……?

 

「バド!」


 アスランの大声に、バドは肩をビクッと震わせハッとした。

 アスランはニッと笑うと、「信じろ」と太い声で言った。

 バドはサッと目線を逸らす。


 ヤバイ……疑ったのを悟られた。

 

 バドは顔が熱くなるのを止められずに俯いた。

 酷く惨めで、恥ずかしかった。

 アスランはしかし、そんなバドの様子を見て「コイツ、青いなぁ」と思っただけだった。


「俺は、お前を信じてるぞ」

「……」

「お前なら、いいようにしてくれるって」

 

 バドはゆっくり首を振った。


「なんで信じられる?」

「じゃあ、お前は何でロゼが反対する中、俺に短剣を放った?」

「あれは……」


 目を泳がせるバドを見て、アスランは「ホント青いなぁ、コイツ」と微笑んだ。


「……あんたが牢獄に残る危険も、ロゼのヤツの気持ちも無視しただけだ」

「それでも『大丈夫、イケる』って思ったんだよな?」

「……」

「俺もそんなトコだ。お前なら『大丈夫、イケる』。信じてる」


 バドはまだ納得出来ない。アスランの言葉を否定したくてしょうがない。

 信じる、なんて、信じたくない。

 

「信じるって言っちまうのは卑怯な事だ。相手を動けなくする」


 子供みたいに、バドはアスランに突っかかった。

 アスランはいよいよ面倒臭そうだ。後ろ頭をボリボリ掻いて、このガキをどうしたらいいかな、という顔をしている。バドはその表情と心情を読み取って、イソプロパノールのオヤジを思い出す。


 世話の掛かるガキだ。


 そう言われている様で、イライラした。


 なんだよ、オレは間違ってねぇ。

 「信じる」なんて言われるのは良心を縛る呪いじゃねぇか。


 そう思ってふいに、バドは暗闇の中で灯に浮かび上がるラヴィの顔を思い出した。


 信じています。


 愛らしい声が、耳にこだました。

 次に、アスランの朗々とした声がした。こちらは現実だ。


「お前が信じるって言われて動けなくなるのは、言った奴が大事だからだろ?信じるって言う奴は、たまにそこに賭けるんだよ」


 ―――魔法をかけましょうか?


 ラヴィ。


 ―――信じられたく無い人に、効くと思って。


 ラヴィ……。

 マジで降参だぜ。オレに自分を賭けたの?


「結局、呪いかよ」

「だから、いいんだよ、言わせておけきゃあ! ただ、あれだ、素直に喜べよ。木に登っときゃいいんだよ!」

「猿じゃねぇよ」

「猿みたいなもんだろ。お前意外と頭固いのな? これ以上グチャグチャ言うと、俺も訳解んなくなるからぶん殴るぞ! もう、早く行けよ! お姫様が待ってんぞ!」


 バドはようやく「アハッ」といつもの様に笑えた。


 そうだ。こうしちゃいられないんだ。

 何を信じる? 誰を? ……違う。そうじゃない。自分を信じるんだ。

 皆、自分を信じてるから、「信じる」って言えるんだ。

 ……マネをしてみよう。そうする事で、今を進めるなら。


 ジルがポンとバドの肩を叩いた。


「行きましょう」


 バドは一つ頷いて、成り行きを見守っていたマクサルトの民衆へ歩み寄った。

 その青い瞳は晴れている。

 群れの先頭に座り込むオバアが、バドの手を取って首を振った。

 バドは彼女の肩を抱き、「信じて」と覚えたての技の応用を使い、微笑んだ。

 ああ、「信じて」も、自分に跳ね返る呪いだな、なんて、思いながら。


「行ってきます」


 オバアの頬の涙を手のひらで拭って、バドは立ち上がると、歩き出した。

 目指すは、トスカノ城。

 バドに魔法を掛けたお姫様の元。


結局、バドのなかで答えは出ていません。

でも、答えがあるのなら、ずいぶんつまらない事です。なので、結局のところ、魔法なんでしょう。

ちなみに、バドとアスランの見解は食い違っています。それも、個性かな、と。

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