『獅子の団』と『鷲の団』1
とても久しぶりに拝む太陽も、風も、大地も。
そんなものどうでも良い。
そんなものよりも、彼女を惹きつける存在が、目の前に立っている。
幾度絶望の中で夢見ただろう。
幾度その夢に縋っただろう。
その瞳の輝きこそ日の光。
まだ固い微笑は、恋しい風。
そっと萎びた頬に触れる暖かい手は、懐かしい、暖かな大地。
青の深みは、彼女の祈り―――。
ああ、生きていて良かった……。
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牢獄に使われていた穴を出て、少しだけひらけた場所で、自由になった人々が一人の少年を囲っている。
中央に立つ少年に向かい合う老婆が、熱に浮かされた様に少年へ呼びかけた。
*
「マクサルト王」
アガルタは地に膝を突き、少年へ額ずいた。
地下の暗がりから救い出された人々が、それに習った。
少年は首を振る。
「止めてくれ」
見渡せば分かる。
―――そう、見渡せるのだ。
救い出せた者が少なすぎる。
これでは国の人数では無い。これでは小さな村の人数だ。
「遅すぎた」
アガルタは首を上げず、ジッと額ずいて地面を見詰めた。
―――そう、遅すぎたかも知れない。皆も弱り切っている。これでは、この中の半数がやがて死ぬ運命かも知れない。
しかし、老婆は思う。
「挫けません」
「……」
「こんな事では、挫けません」
「……あ、ああ」
戸惑いの気配に、アガルタは少年を見上げた。
眩しい。何もかもが。
「貴方は来た」
「オバア……オレは、こんな風に再会したかったんじゃない」
少年はアガルタの正面にしゃがみ込んで、彼女の肩に触れた。
なんて大きくなったのだろう。
ふと、アガルタは若かりし頃の恋人の手を想った。
「どんな風にでも、再会しとうございました。ア・レン様、マクサルト王……」
「違う、違う」
少年はきかん気の強そうな顔で、首をブンブン振った。
そうすると、今でもハッキリと思い出せる子供の思い出と重なって、アガルタの胸は切ない程窪んだ。そして、彼の言いたい事が分かって笑み崩れる。
「会いたかったなら、どうしてそんな風にするんだ。皆も止めろ。こんなのは俺の知ってるマクサルト流じゃない。オレは、こんなのが見たかったんじゃない」
アガルタは目元を涙で滲ませて「ダ・スラー」と囁いた。
「王」
「やめろ」
アガルタは微笑んで両腕を広げた。
「いいえ、王。事には順番と礼節があるのですよ」
怒ったように顔を歪めて、少年が胸に飛び込んで来る。そうして、あの頃のままに彼女に縋り付くと「うー、うー」と唸りながら彼女の小さな身体に腕をまわした。
「そんなもん、教わってねぇやっ」
「あらあら、ボン様、皆の前で……」
成長した子供の大きさや力強さに何度も新鮮な驚きを感じながら、アガルタは自らの王の背を優しく撫で続けた……。
構いやしない。構うもんか。オバアの前では、ずっと、ずっと小さな子供でいたいんだ。
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一方、端でそれを見ていたアスランは、感動しつつも蚊帳の外感が半端なかったので少しだけ居心地が悪かった。
……俺、トスカノ人だしなぁ……。
代表で土下座? 土下座するか? ……しかし……。
あれやこれやと考えていると、雑木林の方から奇妙な視線を感じた。
向こうがこちらに気付く前に、アスランは風の様に駆け、ギョッとして逃げ出したソイツを音も無く捕まえた。
むぐぐー、と呻くソイツを短剣の切っ先で無言で脅し、黙らせる。
ソイツは鉄仮面を付けていた。
「おお、悪いな。『鷲の団』か」
脅しを止めずに、アスランはソイツに話しかける。
ソイツはこくこく頷いた。
「なんでまた? こんなトコに、何の用事だ」
「さ、昨夜……」
「声が小さい!」
「さ……!」
「あ、待て、今いいシーンだから、やっぱ小さく」
「……昨夜、私たちの仲間が花街で荒事を行いまして……」
「お前ら、相変わらず素行悪いな」
「ち、違います……多分。女を貸し切られて、文句を付けたんです。それで、返り討ちにあったらしく……」
アスランは「ふぅむ、けしからんな」と呟いて先を促した。
「どんなヤツなんだ?」
「二人組の男らしいです……。一人は長身で茶の斑髪、もう一人はガキで、金髪だそうです……。女達を、リョクス邸へ誘導したらしいです」
アスランは段々、わざとらしい笑顔が顔中に広がるのを自覚した。
「……ほ、ほんで?」
「ホーク隊長がお怒りになりまして」
「馬鹿馬鹿しい、仇討か。と、いう事は『鷲の団』が来ているんだな」
はい、少数ですが……と男が言い終わる前に、「スマン!」と言うと、アスランはソイツの横面を思い切り殴って気絶させた。
首筋にトン、とかそういう繊細な事が出来ないのが彼の悪い所だ。
「なんでコイツだけいたんだろうな?」
それも聞いておけば良かったな、と思ったが、「どうせションベンだろ」と彼は思い当たって、ソイツの制服をズルズル脱がし、自分が着込むと、バド達の方をチラッと見てから一人、雑木林の中へ消えて行った。
スー、と鷲の影が彼の潜り込んだ雑木林の上を滑ったが、彼はそれには気付かなかった。




