それぞれの一番星
わたしのこころはあなたでいっぱいです
死にたがりのわたしに 貴方が教えてくれた
『生きる事は、楽しい事なんだよ』と
それからというもの
わたしの『生きる』はあなたです
わたしの『楽しい』はあなたです
それに気付いてしまったいま
生きる事はやっぱり少し、苦いのです
どうか どうか わたしの前からいなくならないでください。
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悪党たちが、一括りにされて恨めし気にこちらを睨んでいるのをよそ目に、女達がきゃあきゃあはしゃいでいる。
小汚い子悪党などよりよっぽど見栄えの良い騎士様たちが相手では仕方ない。
今後の実りあるご贔屓になって貰う為にも、女達は心から喜んで『獅子の団』一行をもてなしてはそこかしこで花の様に笑っている。
そんな打算的な喜びの渦の端っこで、頭から深くマントを被った男をロゼはすぐさま見つけると、真っ直ぐ彼の元へ行き腕を組んだ。
「テメーか、コノヤロー」
男ははらりと布から顔を出して、「はい」と答えた。
「はいじゃねぇ、テメー、しょうもねぇ事しやがって」
「ア・レン様の思い付きです」
さすが我が主、とでも言いたげに答える男はジル。
どうやらと言うか、やっぱりと言うべきか、彼の主の姑息なたくらみにロゼは溜め息を吐いた。
「多勢に無勢でしたから」
「良く言うぜぇ。あのガキの事だ、遊び半分に違いねぇ。そうだろ」
だからガキは嫌いだ。特に、あのタイプは。
「彼女達と酒類の請求はクリス皇子にツケてあります」
「よっしゃ、俺も飲もう」
「お二人が来てからになさっては」
「うるせぇ~、人んちを滅茶苦茶にしやがって」
「もともと、滅茶苦茶でしたが?」
ロゼは、フンと鼻息を吐いてホールを見渡した。
もう十何年もここには来ていないというのに、つい先程ちょっと留守をした、という程の感覚は、一体何故だろう。
顔をしかめて目を細めると、幼い自分がホールに佇んでいるのが目に浮かんだ。
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何をするでもない、ただ、ソファでぼんやり本を眺め孤独を紛らわせていた様に思う。
カツカツカツ、と音がして、彼はハッとして、ソファから立ち上がり、ホールの入り口を見る。怯えた、しかし、何かを期待する様な憐れな目で。
ホールへ入って来たのは、自分と同じ新緑の髪を上品に結い上げ、優雅な衣装を纏った女。彼女は自分を迎えようと入り口付近に移動し、それ以上の事を出来ずに立ち竦んだ子供に一瞥もくれず、いない者の様に通り過ぎようとした。
幼いロゼは彼女の姿を見るだけで緊張し、身体が強張って、持っていた本を彼女の歩先に落とした。
カッ、と鋭く音が止まり、揺れる視界に靴のつま先がキラキラと煌めいた。
ワザとじゃない。ワザとじゃない。ワザとじゃ……。
沈黙が冷気を帯びてじわりと彼を押さえつけ、怯えた目で見上げると、彼女は不快そうに初めてこちらを見、通り過ぎ様に鋭く彼の頬を打つと、カツカツと冷たい靴底の音を立てて屋敷の奥へ消えた……。
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鮮明な記憶。苦くて冷たいものが彼の心を通り抜けて、渦を巻く。
頬を押え立ち竦む幼い自分の残像に、ロゼも思わず頬にピリと刺激を感じ、そこへ手をやり舌打ちした。
消えたい、と思った。
振り出した滝の様な雨に、溶けてなくなってしまいたい、と―――。
でも、まさか、傘をさされるとは……。
だから、ここは嫌いだ。
大っ嫌いだ―――。
寄って来た女に手渡された酒を煽ろうとすると、口を付けるか付けないかの間に、入り口に面した大窓の方から何やら不穏な空気と音を察して酒を飲むのを止めた。
ジルも、元々薄い表情から更に色を消して、大窓の方を見ている。
大窓は分厚いカーテンが引かれたままで、隙間から光が漏れている。
ロゼはサッと大窓へ近づき、カーテンの隙間から外を見た。
荒れ放題のリョクス邸庭園に、ぞろぞろと大人数で整列する者達の姿が見える。
皆一様に鉄仮面を付けて、おかしな筒状のものが入った籠を背に背負っていた。
「うげぇ」と、ロゼは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「んも~、なんでぇ?」
「なんですか?」
ロゼの反対側から窓の外を見ながら、ジルが聞いた。
「『鷲の団』だ」
「ほう……」
ジルは「それは良い名ですな」と呟いて窓の外を注意深く見る。
団長だろうか? 皆の先頭に立つ痩せぎすな中年男が鉄仮面を、気合入れの為だろう、一旦外して着け直しているところだった。
「しかし……長と思われる方のご面相が名前負けしている様ですが」
ジルが不満を持つのもその筈、『鷲の団』団長は痩せぎすの醜い男だった。
「アイツ等、鉄仮面で不細工を隠してんのさ」
「ほほう、それで、皆……」
「数は半分も無い」
「こちらと五分と言ったところでしょう」
ロゼが首を振った。目は窓の外から離さない。
「武器がヤバい」
「奇妙な筒ですね」
「あれで狙いを付けて、青い弾を打ち付ける。一回の使い捨て」
「それは……不便ですね」
「威力がヤバい」
「ほう」
「元々は弓隊だから、狙いが良い。しかも、弓矢と違って弾に当たったら弾け飛んで即死だ」
ジルが初めて眉を潜めた。
「それは……ア・レン様がこちらに来たら……」
「アイツがこっちに来ンなら、隊長もだ。絶対ややこしくするに違いねぇ」
「それは、困ります」
チッと、ロゼが舌打ちをして、ジルへ視線を戻した。
「お前、飛べるだろ」
「鷲ですから」
「行け。二人をここに近づけねぇように」
「助かります」
ジルは躊躇なく頷いて、サッと裏口の方へと音も無く駆けて行った。
彼にとって、ロゼや『獅子の団』などどうなっても一向に構わないのだ。
「アッサリしてらぁ」
本気でアイツの事しか頭にねぇんだな……。
自分を棚上げにして、ロゼはうんざりした顔をし、カーテンを閉めた。
「お前ら、祭は終わりだ! 女共は裏口から逃げろ。お前ら何人か付いて行ってやれ」
もぅお終い? と言ってまとわりついて来る女達に、騎士達は名残惜しそうに、しかし纏わりついて来る腕を毅然と首から外し、動き出す。
「今度お店に来てね~!」
「生きてたらな~~」
事態が判っているのかいないのか、キャッキャッと手を振り投げキッスを投げてくる女達にプラプラ手を振って、ロゼは「さてどうしたもんか」と分厚く閉じられたカーテンを眺めた。
―――丁度いいや。むしゃくしゃしてたトコロだ……。
彼はそう思い、腰に差した剣柄をゆったりと撫でた。
大切な人が出来ると、失うのが怖くてやりきれません。
線を引けば引くほど、出会ってしまうのは何故なのでしょう。




