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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第十一章
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オンナは正直

 ふわり、ふわりと良い匂いのする色とりどりの薄布がそこかしこでひらめいている。


 惜し気も無く胸元の開かれた薄い衣装の女達に甘く優しげに微笑まれれば、触れても良いのだろうと思って手を出すが、ペチンと叩かれ「メッ」と甘い声で叱られてしまった。

 それでも、そんなやりとりが楽しいのだ。

 夢の続きの様で、男達はデレデレと勧められるまま酒を飲む。

 ―――おかしい、とは頭の片隅で思っていた。

 けれど、今日も男だらけで穴の中の牢を見回るむさくるしい事この上ない一日が始まるのだと思ってげんなりしていたところに、「上」から休日とご褒美だと謎の男が綺麗な女達を連れて美味しい酒やご馳走を運んで来たなら、うっとりするしかないじゃないか。


 見張りが一人いない? 

 知ったこっちゃない。早起きしてお頭の所へ怒鳴られに行っちまって、ホント、運の無いヤツだぜ。

 それに引き換え、俺たちはなんか今日はツイてるぜ!


 そんな風に目くばせし合って、荒くれ者の男達は目の前のご馳走に飛びついたのだった。


 この馬鹿げた乱痴気騒ぎの場所は、主に捨てられてしまったリョクス邸。

 栄華を極めたかの高貴な人々は、今は王都へ移ってしまい、今は人知れず荒くれ者達の棲家になってしまっている。屋敷の中は無残なものだった。

 だだっ広いリビングホールはかつての優雅な面影などもはや無く、分厚いカーテンもカーペットもビリビリで、所々盛大なシミがあるのが痛々しい。捨て置かれた家具や調度品にいたっては何かのゲームの的にされて割られてしまったり、喧嘩やその他もろもろの荒々しい野蛮な行為によって壊されたり汚れたりしていた。

 荒くれ者たちの中に、バネの飛び出た大きなソファーがお気に入りの髭面がいた。

 彼はいつもの様にソファーを独り占めして、お気に入りの女に膝枕の姿勢で果物をあーんしてもらっていた。

 

 とても良い心地だった。


 彼は女の腰を撫でながら、彼女の衣装の花柄をうっとりと見ていた。

 品や質こそ違えど、お気に入りのソファーと良く似た柄だった。

 髭面は、強面の髭面のクセに、花柄が好きだった。


 死ぬ時は、花柄に埋もれたい。そう思っていた。


 なんなら、今が最大のチャンスだったが、彼はまだまだこれから薄汚く生きて行く気満々だった。

 もう一ついかが? と聞かれて、デレデレ口を開ける。

 ほらだって、人生は楽しい事がまだまだ起こるからな。強い酒に頭をフワフワさせながらそんな風に思った矢先、バアン、とリビングホールの扉が開かれた。


「なんだこりゃあ~?」

 

 思い切り顔をしかめて入って来たのは、緑の髪の、少年と言っても過言では無い男だった。彼は「くっせー!」と鼻を摘まんでホールを見渡すと、


「オラ、お前ら人んちで何してやがる」


 と丸い目を吊り上げ、足元に転がった酒壺を勢いよく蹴飛ばした。

 酒壺は勢いよく飛んで、ソファーにいたあの髭面の脳天にぶち当たり砕けた。

 髭面はずるりと身体の力を無くし、口から酒と涎の混ざったのを垂れ流して白目を剥いた。

 膝枕していた女が、聖母の様な表情をスッと冷めさせると、汚物を扱う様に彼の頭を膝からソファーへ落とし、その場からひらりと離れる。

 

 だらりと大好きな花柄ソファーで念願の昇天を果たした髭面を見て、酔った荒くれ者たちがそれぞれ顔を怒らせて怒声を上げた。

 かなりの迫力があるはずなのに、緑頭の男はたった一人で臆せず彼らを見返した。―――否、見下した。

 小柄な見た目とは反して、その様は異様な程男達に大きく見えた。

 女達が、目を輝かせて色めき立つ。


「『獅子の団』のロゼット隊長よ!」

「キャー! 隊長! こっち向いて!」

「隊長~! 抱いて~!!」


「なんだ! 俺らじゃ不満なのか!?」


 今まで自分に媚びていた女が急に余所者に色めき立ったのを見て、一人の強面が殺気立って女の髪を引いた。

 髪を引かれた女は凶悪なほど目を吊り上げて、「なにすんだ!」と男の頬を引っ掻いた。

 このっ! と男が振り上げた腕を、いつの間に近くに来ていたのだろう、ズバンと緑髪の男が剣で一刀両断し、ごつい毛むくじゃらの腕がぼとん、と厭らしい音を立てて大理石の床に落ちた。


「ぎゃああぁぁ!」


 女達は血しぶきで衣装が汚れるのを嫌がって、絶叫し床を転げ回る男からさっさと離れると、お互いの衣装を確認なんてし合っている。


「オイオイ、オンナは正直だぁね」


 寄って来る女達に笑いかけて、男は「大将はどこだ」と、手近な男に剣を突き付ける。

 剣先を突き付けられた男は、怒りと混乱に肩を震わせながら、茫然としている仲間達を見渡し、「一人だ! やっちまえ!」と、ろれつの回らない舌で喚いた。

 何かの残りカスみたいな仲間意識からの怒りと、血を見た興奮で数人がおぼつかない足取りで立ち上がり、一斉に緑髪の男へ飛び掛かった。

 緑髪の男は腰を落とし、片手に持った剣でぐんと弧を描き何人か薙ぎ払うと、素早く両手に剣を構え反対側から来た者の顔を柄で突き、遅れて正面から飛び込んでしまった憐れな男を、「あらよっとぉ!」と一声上げて、容赦無く剣の平をスイングさせぶん殴った。

 恐ろしい程あっと言う間で、女達は歓声を忘れ、男達は何が起こったか理解できない。

 先に動いたのは女達。

 わっと嬌声を上げて、手を叩いたり、口笛を吹いたりとかしましい。

 ぶん殴られて床にうずくまりながら、正面から攻めてしまった男が呻いた。


「おま、お前、なんなんだ……」


 女達に色とりどりの薄布を首に巻かれて歓迎されながら、緑髪の男の目が彼に向ってニコリと笑んだ。男は、こんなにも嘘っぽい目尻の笑い皺を見たのは初めてだった。

 

 ―――ヤバいヤツだ。と男は察知した。

 ―――お頭よりも、数段ヤバい!


「俺ぇ? 俺にモノ聞いてンの?」


 ゾッとして緑色の目に釘付けになっていると、ホールのドアから立派な騎士たちが何人もドッと入り込んで来た。あれよあれよと言う間に、ドタバタと仲間たちが捕まって行く。

 彼らの捕獲は騎士達にとって容易かっただろう。

 荒くれ者たちは、荒くれ者たちらしく泥酔状態だったから。


 あわわ、と情けない声を上げて尻で後退る男に、緑の目が狂気の色を孕んでギラリと光った。


「正義の味方様に決まってンだろぉ?」


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