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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第一章
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決意の火

 トスカノ王妃。

 一国の王妃!ラビリエはめまいを覚えて、目を閉じた。


「……トスカノで婚姻の儀を行わなければ、王妃では無いわ」


 そうは言うものの、パルティエ皇女に成り代わる事がどれ程の事か、今更自覚して足が震えた。

 国を脅してしまえる程の存在。


 わたくしには、荷が重すぎる。


「オイオイ、大丈夫か?まぁ、座れよ」


 ストンと力なく椅子に座ってテーブルにうつむくと、ラビリエは頭を抱えた。


「もし、脅迫が上手く行って門が開かれたら、わたくしをトスカノへ引き渡すのですね?」

「アレ?それでいいの?」


 パッと顔を上げて、ぶんぶん首を横に振った。バドはニヤニヤしている。


「……いいえ」

「ハハ、そうだよな。だったら、こんな所に呼び出して、ちんたら話なんかしねぇよ」


 ちんたら、とラビリエが呟く。面倒臭いけど、わたくしと打ち合わせをしてやっている、という事かしら?


「ラビリエが牢を出て、身代わりを承諾すれば、トスカノから飛空船が来る。それだけでも良かったんだ」


 そうだわ。とラビリエは胸中で頷いた。

 彼にわたくしを助ける理由は、無いんだわ。

 

 牢から出る気にさせて、それでお終い、で良かったのだ。


「でもさぁ、助かる見込みがなきゃ、ラビリエだって牢から出なかっただろ?それならついでだし、本当に助けてやれないかなぁ、って思ったんだ。会ってみたら可愛かったしぃ?」

「……」

「これからの話は、ラビリエにはちょっと、度胸と覚悟が必要なんだ。だから、自分が今後どうするのか、自分で理解して、決めれる方がいいだろう?」

「……」

 

 自分が今後どうするのか、自分で理解して、決める……。

 二つの選択肢しかなかった。

 そのどちらの道も、真っ暗闇で、怖くて、怖くて震えていた矢先に見えた、別の道。


 ラビリエはバドを真っ直ぐ見た。彼は「なに?」という様に小首を傾げた。

 

 どんな人だか、本当は何を考えているのか、分からない。……でも。


「……ありがとう」

「イヤイヤイヤ……」


 デレデレ照れて、バドは首の後ろをバリバリかいた。


「礼を言うのは待てよ。この先を確認したくて呼び出したんだ。『呪い封じの門』を超えて、マクサルトに着くまでに、飛空船の操縦を覚えられるか?」

「……え?」


 目を見開くラビリエに、少し気まずそうに咳払いをして、バドは続ける。


「オレはマクサルトで降りる。マクサルトからは、ラビリエが飛空船を飛ばしてくれ。好きな所に行くんだ。飛空船ジャックのせいで失踪したなら、君の親族も責められないだろ?トスカノの船で起こるトラブルだから、イソプロパノールだって、ちょっとばかし有利なんじゃねぇ?」


 ラビリエは軽く拳を握って唇に当てた。

 海に浮かべる小さな船位なら、父が所有していたのを操縦した事がある。

 皇女の侍女だったので、ほとんど王宮にいたが、休みが取れると、親戚や友達と集まって船上パーティをしたり、家族水入らずで、沖まで出てのんびりしたりしたものだ。

 船の操縦はその際に、遊びで教えて貰ったのだ。


 そうバドに伝えると、「げぇ、嫌味ィ」と顔をしかめられた。


「じゃあ、大丈夫だな。船は船だし」

 

 ラビリエは慌てて首を振る。

 

 牢でも思ったけど、この人、肝心なところで大雑把だわ。


「そんな、構造が違うかもしれません」


 バドは「うーん」と鼻を撮む。

 空色の目をぐるりと回して、ラビリエを見る。


「や、大丈夫だろ」

「……。仮に同じ様な物だとして、飛空船は、貿易船位の大きさだと聞いています。そんな巨大な物で逃げたら、すぐ見つかってしまうわ。護衛だって、何人乗っているか・・・」


 バドが、片手をブンブン振った。


「ああ、違うって、そんなもん、無理に決まってんだろ? たぶん緊急用の小型船が積んであると思うから、オレらはそっちで門を超えるんだ。だから門を開かせる。大型船なら、そんなまどろっこしい事しないで、崖を飛び越えるさ」

「たぶんって……積んで無かったら?」

「そしたらもう、大型船ごと崖を越える」

「遊びでしか、操縦した事ないんですよ」


 うんうん、とバドは満足気に頷く。


「大したもんだ。操縦出来ないって、泣かれるかと思ってたからさ」


 泣きそうだけど。


 と思いながら、家族や友人と過ごした船上を思い出す。

 楽しい船上での宴。着飾って、誰よりも綺麗で、誰よりも皆を楽しい気持ちにさせてくれるお母様。

 憧れて見詰めていた自分。

 のんびりとした晴れの海にユラユラ浮かび、好奇心で船を操縦して、お父様が半分怒って、半分笑って、「ラビリエはお転婆だな」と頭を撫でて……。


 牢から出て王の命令を受け入れる事を伝えたラビリエを、父は黙って抱きしめた。

 母も気丈に涙を見せず、ラビリエの髪を撫でた。


 彼らもまた、ラビリエ同様逃げ場が無かった。

 輝くばかりの娘盛りのラビリエが、一生を暗い牢屋で過ごすのは胸が痛むが、冷血王として名を馳せるトスカノ王に、自分を偽らせて嫁がせるのも、胸が裂ける思いだ。

 加えてトスカノ王にもしも正体がばれれば、一体ラビリエはどうなってしまうのだろう。


「私たちはいいから、逃げなさい。海に船を用意した。それに乗って……」


 ミャア、と海猫の鳴き声が一際高く聞こえて、まだほの温かい記憶がパッと霧散する。見張り窓に、さっと鳥の影が横切って、ラビリエはハッと我に返る。

 彼女は形の良い唇を、きゅっと引き結んだ。

 


 逃げては駄目。

 

 ラビリエのつぶらな瞳に、ゆっくりと決意の火が灯ったのを、バドは見逃さなかった。 


 そうこなくっちゃ!


「……やれるな」


 ラビリエは小さく頷いた。


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