呪詛は届かない
トスカノ城の傍に据られた古い塔に、一人の男が捕えられている。
そこには『罪人』が捕えられているという。
ただただ、長い年月を『罪人』はそこで過ごしているという……。
―-----------------------------
コツコツと響く足音を聞いて、キリングは目を開けた。
十年の幽閉に何もかもを消耗し切った彼は、目玉だけを動かし鉄格子を見る。
足音は近づいてくる。その足音が誰のものか、キリングには判る。
力が湧いて来るのがわかった。憎しみの炎が静かに身体中を満たす。
彼は節くれだった手を冷たい石の床につけ、力を込めた。
鉄格子ごしに、足音の主が単身姿を現すと、彼の中の蓄積され続けた憎しみが爆発し、それは奇声と共に身体ごと鉄格子にぶつかった。
「呪われるがいい!」
「呪われているのはお前たちだ」
「恐ろしい罪だ」
「それもそのまま返そう」
キリングは腕を伸ばす。
スッと避けられて、キリングは口から泡を吹きながら顔を鉄格子に擦り付けた。
「殺せば良かった! 確実に!」
「そうだ、お前は意気地無しで、とどめを刺すのを恐れた」
「ぎゃああぁ! 殺せば良かったぁぁ!」
ハッハッハッ、と激しい息使いの後、キリングは血走った目を剥いて格子ごしに微笑んでいる人物を見る。
昔と変わらない、吐き気がする程目を引く容姿。
アーウィン、エレン……。
見ろ、こいつの本性を。
俺の思った通りじゃないか……。
羨ましかった。
突然現れて、何もかも手に入れていくコイツが。
妬ましかった。
明るい日差しの中、楽しそうに駆け抜けて行く三人が……。
俺は、俺は既に知っていた。
三人の運命を。
しかし、「土竜一族」の沈黙を守らなければ、マクサルトは……マクサルトは……!
何が出来た? どうすれば良かった?
鍵など無しに、嫉妬と憎しみの対象が鉄格子を抜け彼の傍に近づいた。
「……化け物」
「そうだな。確かに。お前達を蝕んでいたものの力だ」
「違う、違う、違う」
敵は懐から萎びた一本の棒を取り出すと、その先をキリングに向けた。
キリングは心の底から震え上がって、後ずさり、跪いた。
「守護神様……!」
喜べ、と声は言った。
聞き慣れた声なのが、憎しみを煽る。屈辱にキリングは口を震わせた。
「喜べ。お前はマクサルトの糧となる」
「……マクサルトは滅ぶ。もう王族の血は尽きた。お前が……!」
アーウィンにも、エレンにも似ていた。可愛い子供だった。
彼の自己満足の気持ちを押し付けらて、気まずそうにしている様子を思い浮かべ、キリングは自分に失望する。
気付いていた。
……あんな幼子に、気を遣わせて。
「そうかな。王の血も、蜥蜴の本体も無くとも、方法を見つけた」
「……呪われるがいい」
「それはもう聞いた」
「守護神よ!」
「『土竜一族』……最後はお前がマクサルトを」
「聞き入れたまえ!」
「さらば」
「この悪魔に裁きの鉄槌をお」
キリングは呪詛を終わらす事が叶わなかった。
その前に、彼の命が終わったからだった。
------------------------------------
その塔を知る者たちが、「罪人がここにいる」という考え以外になにも追及しようとしなかったのは、後になればおかしな話だ。
「どの様な罪人なのか」「何故城の近くに隔離して置くのか」……「何故、十年の歳月を経て、王自らそこへ赴いたのか」……。
蝕まれていたのだ。何もかも。




