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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第十章
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万象の杖

 王の間へ入ると瓜二つの男が二人、並んで立っていた。

 クリス皇子とトスカノ王……ブラグイーハだ。

 二人とも、気後れする程に美しい。親子なのが嘘の様に、ブラグイーハは若く凛として見えた。

 ラヴィはクリス皇子に、目線を投げた。

 クリス皇子は、ロゼがいない事に眉をしかめたが、すぐに困った様にチラリと笑った。

 微笑してから小さく頷いて、そっとラヴィに会釈を返す。


 ……クリス皇子……わたくしは、一目見た時、貴方に恋をしました。

 貴方に。

 ああ、でもどうして? わたくしのこころが、まるでここに無いみたい。


 彼を目の前にして、胸を締め付けながら脳裏に浮かんでくるのは、晴れ渡る青空を切り取った悪戯な微笑み。


 手の甲のキス。新しい名前を初めて呼んでくれた声。別人の寝顔。こちらを震わせる程の悲しみの激情と寂しさ。朝もやに消えた温度。唇に触れた指先の感触。


 抗えない気持ちに、ラヴィはぐいと顎を上げる。


 でも、だからこそ、わたくしは。


 ラヴィはクリス皇子から目線を外すと、ブラグイーハを見た。

 彼は意外にも少しだけ微笑んで、ラヴィの傍に片膝を立てると、手を取ってキスをした。

 唇の暖かさに、ラヴィはパッと眩暈がする様な怒りを覚え、頬を高揚させた。


 ……血が通っている……。


 わたくしから全て奪っていったくせに。

 バドの全てを奪ったくせに。


 ラヴィは背の高い王を見上げる。


 ブラグイーハ。わたくしは、貴方を許さない。


 さり気なくラヴィの横にクリス皇子が立ったのを機に、ラヴィは自分の手を取ったままの王に微笑んだ。


「ここに来るまでに、予知夢を見ました」


 王は端正な濃い眉をちょっと上げて、「姫の不思議なお力は聞き及んでおります」と答えた。

 先を聞こうとはしなかった。


「陛下は、わたくしと結婚したい訳ではありませんね? わたくしの力だけを」

「姫、王族の婚姻にロマンスをお求めでしたか? どの国の王も、娶るのは姫ではなくその力です。がっかりさせて申し訳ないが。ただ、妻となるからには幸せに致しましょう」


 小娘扱いされてもラヴィは堪えなかった。ロマンスも妻としての幸せも、ブラグイーハに望んでなどいないから。


「王様、女は妖の杖になるのを幸せだとは思いません」


 王の表情が厳しいものに変わった。


「噂に違わぬお力をお持ちの様だ」

「そうです。わたくしは、本当の貴方をすでに知っております」


 凛として答えると、王は笑い声を上げた。


「そうか。ならば、話は早い。姫、貴女は私の伴侶になる。『万象の杖』として、私が生きる限り」


 クリス皇子が庇う様にラヴィの一歩前に出た。


「父上、マクサルトへ行きました。そして、そこでマクサルトの皇子と共に、石の賢人に全てを聞きました。彼の話は真実ですか? 私は、もしそうなら父上を」

「マクサルトの皇子、だと?」


 ブラグイーハが目の色を変えた。


「クリス、それは真か?」


 ラヴィはクリス皇子が何か失言をした、と察した。


「その皇子はどこにいる?」

「死にました!」


 ラヴィは咄嗟にそう言って、クリス皇子を見た。


 お願いします。バドをブラグイーハから隠して。


「……私の手違いで、殺してしまいました」

「それはおかしい。全てを皇子と聞いたのだろう? それともお前は私に賛同するのか」

「……国の仇と襲って来たものですから」

「ふむ……。クリス、下がれ」

「真実をお聞かせ下さい」

「お前には真実など無い。後にも先にもだ」


 ブラグイーハが細く短い萎びた棒の様な物を懐から取り出して、クリス皇子に向かって振った。それは光りもせず、音も出さなかったが、うっ、とクリス皇子が呻き、膝を着いた。


「クリス皇子!?」

「息子よ。何も知らなくて良い。お前が見るものは、全てが出来上がってからの世界だ」

「……父上……。私は……」


 クリス皇子は目が霞むのか、焦点の定まらない瞳を虚ろに父の方へ向け、フッと糸が切れた様に倒れた。


「クリス皇子!」

「立て。妖の姫よ」


 クリス皇子を助け起こそうとするラヴィの頭上で、低く冷たい声が言った。


「夜ごと訪れる未来に、日々悩んだ事だろう。だが、終わらせてやる。お前の望む夢だけを見させてやろう。……傍へ来なさい」


 ラヴィはその言葉に胸を打たれた。


 そうだわ。パール様は、苦しんでいた。

 

 夢を見る以外にはなんの力も無い乙女に、予知夢は幸も不幸もお構いなしに、夜ごと枕元に立ち、騒ぎ立てる。

 そんなものは終わらせたかったはずだ。でも、ラヴィはその力を崇め、パルティエ皇女を女神の様に崇拝していた。ラヴィだけじゃない。イソプロパノールの人間全てが。

 目の前の冷血な男よりも、自分はパルティエ皇女を理解していなかったのかと思うと、悔しさに目が眩んだ。


「そう思いますか? この力を呪い、幻の夢を望んでいると?」

「思うな。制御出来ない力はただの呪いだ」


 ……いいわ。クリス皇子はあっけなく倒れてしまった。わたくしには力が無い。

 ならばわたくは、無力な杖になろう。わたくしは『万象の杖』なんて物にはならない。何故なら、わたくしはラヴィ・セイルだから。

 なんの力も無い杖を手にした時の、この王の顔が見ものだわ。……視界があればの話だけれど……。

 ロゼさんは正義ぶってと笑うかしら? 

 でも、正義なんかひとかけらも無い。イソプロパノールもトスカノもマクサルトもどうでもいい。


「……では」


 ラヴィは立ち上がった。

 何が目的かは判らないけれど、ブラグイーハはバドに魔の手を伸ばすだろう。その時わたくしは『無力さ』でバドを助けよう。


「呪いから解放を」


 ブラグイーハがニヤリと笑った。


「焦るな。披露宴には花嫁が必要だ」


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