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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第十章
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正義の味方はやめてくれ

 バドは沸き上がって来る怒りを押し留めながら優しく、しかし強く言った。


「オバア、オレが出してやるからな」

「ボン様……」


 オバアは涙を流して、バドの顔に両手で触れた。ツンと腐った様な匂いがした。


「よく、ご無事で。さぞ、辛い思いを」

「オレは、オレは大して苦労してない。オバア遅くなってごめん。……ごめんなさい……」

「ご立派に……」


「おい、お涙ちょうだいは後にしろよぉ。他にも囚人がいるのかババアに聞くんだ」


 ロゼが声を潜めて鋭く言った。バドはカチンときたが、オバアの肩を両手で支え、「皆もいるのか?」と聞いた。


「いる。……向こうに」

「皆一人づつか?」

「わからない」


 オバアは首を振って、また泣いた。


「ボン様、逃げて」

「オバア、大丈夫だよ」


 イヤイヤをする様に、オバアは泣き濡れた顔を歪めた。


「貴方は死んではいけない」

「オバア、オレだけじゃない。皆死んじゃいけないんだ。皆はどこ?」

「死んでほしくない」

「オレもだよ。……落ち着いて」


 バドがオバアの肩を抱いて、その傍に腰を下ろそうとした時、ロゼが「行くぞ」と情け容赦なく言った。


「マクサルト人が捕えられている裏は取れた。長居は無用だ」

「ちょっと待ってくれ」

「ダメだ」

「頼む」

「外の穴を見つけられたら終わりだ」

「ア・レン様」


 オバアがバドの手を取った。


「エ・レナ様を……」

「そうだ、姉様はどこに?」

「何年も前に、一人ここから出ました」

「なんだって!?」


 言葉が解らないロゼが浮足立つのを、ジルが手で制した。


「じゃあ、姉様はここにはいない?」


 短い安堵の後、恐ろしい程の不安がバドを襲った。

 小さく震える皺しわの手を握る手に力を込めて、バドはオバアを見た。


「逃げれたのか?」


 オバアは「わからない」とオイオイ泣いた。


「ボン様……ア・レン様。どうぞお許し下さい。他民族であるにも関わらず、守護神を私とエデンで土地から切り離しました」


 バドは「大体聞いたよ」とオジイと再会出来た事をオバアに伝えた。……オジイと、さよならをしたのは、言わなかった。多分、既に察しているのだろう。オバアも何も聞かなかった。

 一体どんな胸中なんだろう。国を捨て、命を懸けて逃避行を続けた相方を失うのは。

 バドには到底分からない。

 オバアはバドの地面についた膝に縋る様に身体をへし折りながら、咽び泣いて告白した。


「イーハの襲撃を事前に知っておりました……。私を、誘いに来たのです……。私たちには彼を止める程の力が無かった……。何が正解かも、解りませんでした……。でも、とにかく、出来る範囲で彼の野望を止めなければいけなかった……守護神を隠す事が、私たちに出来る最善でした……」


 バドはオバアを責める事は出来ない。

 あの時、二人はブラグイーハに全く太刀打出来ていなかった。国ごと皆で移動したとしても、場所を探り当てられる度に危機は訪れ、いつかはこうなっていただろう。


「ブラグイーハはそれを知っているのか? 姉さまの事は?」


 オバアが首を振ったので、バドはホッとした。


「ただ、イーハは本体をずっと探しているはず……」


 バドは頷いた。


「皆をここから出したら、探すよ。絶対探し出す」


 オバアが何か言い掛けた時、ザクザクと足音が響いて、皆がハッとした。

 ロゼが「ほれ見ろ」と言いたげな身振り手振りをして、一目散に抜け穴へ消えた.

 ジルも音を立てずにそれに続く。

 バドは一瞬ためらって、オバアにそっと押されると、唇を噛みながら穴へ身を隠した。

 足音が止まった。

 三人は息を潜め、気配だけで足音の主もこちらの気配を感じ取っているのを感じた。身動きをしたら終わりだ。

 じり、とバドの首筋を冷たい汗が流れた。

 このまま地味な長期戦に突入か、とバドは覚悟したが、足音の主はふと大らかな気配を発し、たす、と呑気な足音を立てた。

 そのままオバアの牢の前まで来て足音は止まり、「よぉ、婆さん」と強く朗々とした声でオバアに呼びかけた。


「俺、新入りなんだ。仲良くしてくれな」


 その途端、バドの横を風の様にサッと動くものがいた。それは途中バドを盛大に突き飛ばして牢の鉄格子へ駆け抜けて行った。

 バドもジルも目を丸くして、彼を止める間も無かった。


「隊長!」


 ロゼがガシャンと鉄格子にぶつかる様にしがみ付いた。


「おお、ロ、ロゼか? お前、こんなところで一体何してるんだ?」

「それはコッチの台詞だ! な、なにしてんですかぁ?」


 噛み付かんばかりに言って、生きてた……、と小さく呟くと、ロゼは牢にしがみ付きながらしゃがみ込んだ。

 ジルが目を細めてバドに耳打ちした。


「彼は?」

「多分ホモだぜ」

「いえ、緑頭の方ではなく」

「ああ、『獅子の団』前隊長だ。信頼出来る……ハズだけど……一体なんで?」


 穴から顔を出したバドに、アスランは再び「おお」と言って驚いて見せた。


「なんだよ、バド。お前まで! マクサルトに行ったんじゃないのか? もしかして、お前たちも流されて来たのか?」

「も? 隊長、あの急流からリョクスへ流れついたんですかぁ? ……悪運が強すぎらぁ」


 呆れかえって言うロゼが、物凄くかいつまんで事情を説明すると、アスランは顔を曇らせた。


「隊長、もし鍵を持っているなら一緒に抜けましょう」

「いや、俺は残る。残って、この人たちが酷い目に合わされないか見守りたい」


 ロゼが顔を歪めた。


「出た出たぁ、正義の味方がぁ。見守るっつったって、多勢に無勢だろうがぁ」

「なめるなよ。おい、短剣でもいい。余ってる武器は無いか?」


 バドが腰にぶら下げた短剣を差し出そうとすると、ロゼが止めた。


「ダメだ。隊長、ぜってぇ一緒に行こう」

「信用しろよ」

「出来ない。あんたはいつも……」


 バドが短剣をアスランの方へ放った。


「タイチョ、任せる」

「てめぇ!」


 唇を捲り上げるロゼとバドの間に、スッとジルが入った。


「早く戻らないと、マズいですよ」

「ロゼ、行け」

「……」

「俺が死んだ事が、一度でもあるか?」


 ロゼは自嘲気味に口の端を上げると、アスランに背を向けてサッと穴へ向かった。そして振り返らずに、震える声だけをアスランへ投げつけた。


「あんたは、何度も死んでる。その度に、俺を殺してる」



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