若葉は燃える
トスカノ国の城は過去の貧しさを未だ引きずっているかの様に小さく、みすぼらしい赤い石造りだ。真新しい立派な建物が次々と建てられていく中、その城はポツンと置き去りを喰らって佇んでいる。
それでもやはり、王の棲家なのだから、それなりに威厳を保っていた。
トスカノ国お得意の細かな装飾は傍に寄れば寄る程見事なものだと、誰の目にも明らかだし、この国の伝統を城自体が表現していた。
王都の真ん中に鎮座し、西に正門を備えてあるが、それは現在のトスカノ王が西へ新たに作り替えたもので、以前は北に門があった。
なので、正門から入門すると城は正面を向いておらず、側面が現れるといった具合だった。
彼は、その側面の小窓から、城の中庭へ押しかける民の群集を見て、冷たく鋭い双眸を細めた。
群集の熱気が風に乗って、壮年を迎えても尚、濡れ濡れと黒い彼の髪を煽った。
「王」
前王から引き継いだ年寄りの側近が、彼を呼んだ。
「準備が整いました。パルティエ皇女をお迎えください。儀式の後、正面バルコニーで王妃をお披露目致しますので、傍へ付き添い下さい」
「うん」
彼は頷いて、出入り口の前に控える側近の方へ歩き出す。側近が出入り口前から退かないので、彼は年老いた老爺の顔を見た。
「披露宴も出るから安心しろ」
側近は器用に白い眉を片方だけ持ち上げて、首を垂れながらスッと出入り口を開けた。
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バドはトスカノ城のバルコニーに現れた二人の人物を、遠くの物陰から見ていた。
トスカノ王はバドの記憶のままにそこに存在し、まるで時間が経っていない様だった。彼の姿を見とめた時、バドは何も感じなかった。ただ虚ろに彼を見詰め、息を吐き出すくらいしか出来なかった。
しかし、美しく着飾ったラヴィがその横にスッと並んだ際には、群衆の歓声と共に、心が激しく波打った。
さも皇女らしく優雅に民衆へ手を振る度に、ラヴィの着けたネックレスが遠目にもキラキラと光っている。彼女の柔らかいカーブを描く腰に、トスカノ王が手を回した。
民衆がワッと沸いた。
バドはトスカノ王へ、クロスボウを打ち放ちたい衝動を抑え、奥歯を噛みしめた。
マクサルトを滅ぼし、マクサルト人の血で濡れている手が、どういう了見で彼女に触れるのだろう?
「オイ、行くぞ」
ロゼが言って、バドを待たずに踵を返した。
「参りましょう」
ジルが骨ばった手をバドの肩に置いて、暖かく微笑んだ。バドは頷いて、ジルとロゼの後へ続いた。
その時、後ろから喝采が上がり、三人とも思わず振り返った。
トスカノ王が屈みこむ様にして、ラヴィに口づけをしていた。クリス皇子と同じような真っ黒な長髪で隠されて、ラヴィの表情は見えない。
ロゼが苦笑いしながら横目でバドを見た。
「ま、しょーがねぇ」
ラヴィが、ぐいと身体を引かれて、トスカノ王の胸に抱かれている。彼の片腕にすっぽり収まる小さな身体は、罠にかかった小動物の様に無抵抗に彼の身体の動きに揺さぶられている。
「見てたってしょうがねぇだろぉ、行くぞ」
何故かしら萎えた顔のロゼに、微かに頷いて、バドはトスカノ王を睨み付ける。
トスカノ王が皆に微笑んでいる。その顔はバドにとっては意外な程穏やかで、好ましい。
でも、とバドは睨み付けた。
必ずその仮面をぴっぺがしてやる。
お前の全てを奪ってやる……。
イン、とオジイの声が聞こえた気がした。
短くなってしまいました。




