バドの反対
皆がちょっと目を見開いて、ラヴィを見た。
注目を浴びて少しだけ竦みかけた気持ちに鞭打って、反対されまいと、何か言い掛けたクリス皇子より先に、ラヴィは説明した。
「トスカノ王の注意を逸らせておかなくてはいけないのですよね? それに、王だけではなく、トスカノ中の興味を引いておく方がいいですわ。賊から取り返したパルティエ皇女との婚礼なら、打ってつけのイベントじゃありませんか?」
あのなぁ、とロゼが言い掛けたところにも、ラヴィは先手を打ってまくし立てる。
「それに、皇女を無事取り戻したのは『獅子の団』隊長だとしたら……ロゼさんも名誉挽回出来ますよね?それとも、『獅子の団』元・隊長に偶然助けられたとしたら?」
一瞬ロゼは、険悪な目でラヴィをじろりとねめつけたが、すぐにフンと鼻を鳴らした。
「隊長は行方不明だって言ったろぉ」
「生きているって知っていますよね」
「ラヴィ、危ねぇよ。安全な場所で待っててくれよ……」
バドは、言葉の最後にチラとクリス皇子を見やると、小さく「クリス皇子を」と付け足した。
ラヴィは頑なに首を振ると、冷め始めたティーカップを両手で包み、黄金色のハモモ茶に映る自分の顔と、意志の確認でもするかの様に見詰め合って言った。
「わたくし、トスカノ王に会ってみたいのです」
バドが眉をしかめた。彼はラヴィに反対の様子で、少し威圧的に腕組みをしてラヴィを問い詰める。
「なんで? だって、何から逃れる為にオレと逃げたんだよ?」
「わたくし、トスカノ王から逃れたかったんじゃないわ」
「嘘だね。怖がって泣いてたじゃねぇか」
ついつい言い方がきつくなってしまったバドを、ラヴィは悲しそうに見詰めた。
彼女の大きな黒目がちの瞳に見詰められて、バドはグッと喉を詰まらせる。
「バド……わたくしは、今度は立ち向かいたいの」
「お前、わがままだ」
バドが鼻の穴を膨らませ、言い捨てた。怒った顔でふい、とラヴィから目を逸らし、ふて腐れて椅子に座り込んだ。
「女性にお前なんて言ってはいけませんよ」
「反逆罪だぜぇ」
ジルとロゼが場の空気にそぐわない事をそれぞれ言って、「うるせぇ!」と余計バドを怒らせた。
ラヴィはそんな彼から目を離し、クリス皇子の方へ向き直った。
「皇子、パルティエ様が『予知夢』を見る事をご存じでしたか?」
そう言えば、といった体でクリス皇子は頷いた。
「不思議な神通力をお持ちの姫だと、トスカノでも迎え入れるのを楽しみにしていました」
ラヴィは静かに頷いた。
「パルティエ様は、トスカノ王がご自分の力を悪用する夢を見たと苦しんでいました」
「……」
「パルティエ様は、夢でトスカノ王の杖になっていたそうです。その杖の力で、トスカノ王が恐ろしい事をするつもりだと、嘆いておられました……」
ラヴィは言いながら、クリス皇子の顔色を少しだけ伺った。
クリス皇子は、耐えられるかしら?
彼の父が、マクサルトの件だけでなく、イソプロパノールの姫にまで別の悪影響を及ぼしていたという事に。
クリス皇子の端正な顔は、ピクリとも表情を動かさずにじっとラヴィを見詰めている。
「わたくし……知りたい……トスカノ王が、パルティエ様をどうするつもりだったのか……この身を使って知りたいのです」
「杖にされるんじゃねぇのー?」
ロゼが薄ら笑った。
当然だ。人間が杖になるなんて、有り得ない事だ。ラヴィだって、そう思った。
でも、ラヴィはひるまなかった。
「構いません。わたくしが杖にされたところで、煙一筋、一滴の水すら出る事はないでしょう。……もしかしたら……」
言いながら、ラヴィはある事を思いついた。
もしかしたら。この為に……。
でも、この場で考えるべき事ではないと、その思い付きに蓋をした。
「……いえ、なんでもありません。皇子、お願いします。わたくしを利用してください」
その場の皆が、クリス皇子へそれぞれの思惑を乗せて視線を送った。
クリス皇子はしばらくテーブルの木目を見ているかの様に目を細めジッとしていたが、重い息を吐いて言った。
「……正直、貴女の話に動揺している……。だから正常な判断じゃないのかも知れない。でも、私も貴女と同じ気持ちです。この際、何もかもを知りたいと思います」
「皇子……」
「イソプロパノールの姫を奪還し、帰国する。日程はずれ込んだが、予定していた国を挙げての結婚パレードを行い、その間にリョクスを偵察。マクサルトへの確証が取れ次第、ラビリエ嬢には、父の本性を暴く囮になってもらう」
「反対だ!」
バドが声を荒げた。
「リョクスへ行っている間に何かされたらどうする? あんた、ラヴィを嫁さんにしたいんだろ? どうしてそんな危ねぇ事させようとするんだ?」
「全うな国の王妃になって欲しい」
おかしいぜ、とバドはイライラ立ち上がって床を蹴った。
「もしブラグイーハが潔白だったら? あんた親父とラヴィが結婚するの指を咥えて見てるつもりかよ? ラヴィが偽物だってバレたら? もしも悪さしてないったって、冷酷は冷酷だろ?」
フッ、とクリス皇子が笑った。薄暗い影のある表情に、恐ろしい程の魅力を秘めて。
「父上が潔白?」
唇を噛んで、バドはクリス皇子から目を逸らした。
「君の爺やは君と私に何を語った?」
「……」
クリス皇子は、父の潔白など望めないと覚悟しているのだ、とバドは悟り、押し黙った。
バドはそれがどれ程辛い事か、理解できる心を持っていたので。
「私が今から何をしようとしている? 君が君の爺やの話を信じていないならば、いたずらに私と目的を一緒にして欲しくない」
「いや、それは」
「父上が潔白だと?もう一度言ってみろ。……もしくは、二度と言うな」
顔を怒らせて俯いたバドの肩に、ジルが手を置いた。
「ア・レン様、クリス皇子に任せましょう。こちらのお嬢様の事も、ちゃんとお守りしてくれるはずです」
「もちろん、そのつもりも自信もある」
「バド、大丈夫ですよ」
クリス皇子に寄り添う様に(バドにはそう見えた)、ラヴィがバドに言った。
大丈夫なもんか!
バドはそう喚きたかったが、ふんと鼻を鳴らすとズカズカ歩いて船室を後にした。




