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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第九章
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バドの反対

 皆がちょっと目を見開いて、ラヴィを見た。

 注目を浴びて少しだけ竦みかけた気持ちに鞭打って、反対されまいと、何か言い掛けたクリス皇子より先に、ラヴィは説明した。


「トスカノ王の注意を逸らせておかなくてはいけないのですよね? それに、王だけではなく、トスカノ中の興味を引いておく方がいいですわ。賊から取り返したパルティエ皇女との婚礼なら、打ってつけのイベントじゃありませんか?」


 あのなぁ、とロゼが言い掛けたところにも、ラヴィは先手を打ってまくし立てる。


「それに、皇女を無事取り戻したのは『獅子の団』隊長だとしたら……ロゼさんも名誉挽回出来ますよね?それとも、『獅子の団』元・隊長に偶然助けられたとしたら?」


 一瞬ロゼは、険悪な目でラヴィをじろりとねめつけたが、すぐにフンと鼻を鳴らした。


「隊長は行方不明だって言ったろぉ」

「生きているって知っていますよね」

「ラヴィ、危ねぇよ。安全な場所で待っててくれよ……」


 バドは、言葉の最後にチラとクリス皇子を見やると、小さく「クリス皇子を」と付け足した。

 ラヴィは頑なに首を振ると、冷め始めたティーカップを両手で包み、黄金色のハモモ茶に映る自分の顔と、意志の確認でもするかの様に見詰め合って言った。


「わたくし、トスカノ王に会ってみたいのです」


 バドが眉をしかめた。彼はラヴィに反対の様子で、少し威圧的に腕組みをしてラヴィを問い詰める。


「なんで? だって、何から逃れる為にオレと逃げたんだよ?」

「わたくし、トスカノ王から逃れたかったんじゃないわ」

「嘘だね。怖がって泣いてたじゃねぇか」


 ついつい言い方がきつくなってしまったバドを、ラヴィは悲しそうに見詰めた。

 彼女の大きな黒目がちの瞳に見詰められて、バドはグッと喉を詰まらせる。


「バド……わたくしは、今度は立ち向かいたいの」

「お前、わがままだ」


 バドが鼻の穴を膨らませ、言い捨てた。怒った顔でふい、とラヴィから目を逸らし、ふて腐れて椅子に座り込んだ。


「女性にお前なんて言ってはいけませんよ」

「反逆罪だぜぇ」


 ジルとロゼが場の空気にそぐわない事をそれぞれ言って、「うるせぇ!」と余計バドを怒らせた。

 ラヴィはそんな彼から目を離し、クリス皇子の方へ向き直った。


「皇子、パルティエ様が『予知夢』を見る事をご存じでしたか?」


 そう言えば、といった体でクリス皇子は頷いた。


「不思議な神通力をお持ちの姫だと、トスカノでも迎え入れるのを楽しみにしていました」


 ラヴィは静かに頷いた。


「パルティエ様は、トスカノ王がご自分の力を悪用する夢を見たと苦しんでいました」

「……」

「パルティエ様は、夢でトスカノ王の杖になっていたそうです。その杖の力で、トスカノ王が恐ろしい事をするつもりだと、嘆いておられました……」


 ラヴィは言いながら、クリス皇子の顔色を少しだけ伺った。


 クリス皇子は、耐えられるかしら?

 彼の父が、マクサルトの件だけでなく、イソプロパノールの姫にまで別の悪影響を及ぼしていたという事に。


 クリス皇子の端正な顔は、ピクリとも表情を動かさずにじっとラヴィを見詰めている。


「わたくし……知りたい……トスカノ王が、パルティエ様をどうするつもりだったのか……この身を使って知りたいのです」

「杖にされるんじゃねぇのー?」


 ロゼが薄ら笑った。

 当然だ。人間が杖になるなんて、有り得ない事だ。ラヴィだって、そう思った。

 でも、ラヴィはひるまなかった。


「構いません。わたくしが杖にされたところで、煙一筋、一滴の水すら出る事はないでしょう。……もしかしたら……」


 言いながら、ラヴィはある事を思いついた。

 

 もしかしたら。この為に……。


 でも、この場で考えるべき事ではないと、その思い付きに蓋をした。


「……いえ、なんでもありません。皇子、お願いします。わたくしを利用してください」


 その場の皆が、クリス皇子へそれぞれの思惑を乗せて視線を送った。

 クリス皇子はしばらくテーブルの木目を見ているかの様に目を細めジッとしていたが、重い息を吐いて言った。


「……正直、貴女の話に動揺している……。だから正常な判断じゃないのかも知れない。でも、私も貴女と同じ気持ちです。この際、何もかもを知りたいと思います」

「皇子……」

「イソプロパノールの姫を奪還し、帰国する。日程はずれ込んだが、予定していた国を挙げての結婚パレードを行い、その間にリョクスを偵察。マクサルトへの確証が取れ次第、ラビリエ嬢には、父の本性を暴く囮になってもらう」

「反対だ!」


 バドが声を荒げた。


「リョクスへ行っている間に何かされたらどうする? あんた、ラヴィを嫁さんにしたいんだろ? どうしてそんな危ねぇ事させようとするんだ?」

「全うな国の王妃になって欲しい」


 おかしいぜ、とバドはイライラ立ち上がって床を蹴った。


「もしブラグイーハが潔白だったら? あんた親父とラヴィが結婚するの指を咥えて見てるつもりかよ? ラヴィが偽物だってバレたら? もしも悪さしてないったって、冷酷は冷酷だろ?」


 フッ、とクリス皇子が笑った。薄暗い影のある表情に、恐ろしい程の魅力を秘めて。


「父上が潔白?」


 唇を噛んで、バドはクリス皇子から目を逸らした。


「君の爺やは君と私に何を語った?」

「……」


 クリス皇子は、父の潔白など望めないと覚悟しているのだ、とバドは悟り、押し黙った。

 バドはそれがどれ程辛い事か、理解できる心を持っていたので。


「私が今から何をしようとしている? 君が君の爺やの話を信じていないならば、いたずらに私と目的を一緒にして欲しくない」

「いや、それは」

「父上が潔白だと?もう一度言ってみろ。……もしくは、二度と言うな」


 顔を怒らせて俯いたバドの肩に、ジルが手を置いた。


「ア・レン様、クリス皇子に任せましょう。こちらのお嬢様の事も、ちゃんとお守りしてくれるはずです」

「もちろん、そのつもりも自信もある」

「バド、大丈夫ですよ」


 クリス皇子に寄り添う様に(バドにはそう見えた)、ラヴィがバドに言った。


 大丈夫なもんか!


 バドはそう喚きたかったが、ふんと鼻を鳴らすとズカズカ歩いて船室を後にした。


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