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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第九章
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トスカノ人とかマクサルト人とか

 トスカノ国へ向かい船が飛び、マクサルトの廃墟が遠ざかって行くのを、バドはジッと見詰めていた。

 船室ではクリス皇子がロゼとラヴィに、オジイの語った話をしている。クリス皇子は真っ直ぐな気質だし、ジルが同席しているから、変に話が捻じ曲げられる事もないだろう。

 なので、バドは同じ話を二度聞くのをパスした。それよりも、一人で故郷を見ていたかったからだった。


 知ってはいたけれど、こうして空から見ると、マクサルトはとても小さな国だ。でも、だからこそ怒りが収まらない。


 こんな小さな国を、私情でぶち壊すなんて。マクサルトに欲しい物なんて、何も無かったくせに。


 オジイはブラグイーハがマクサルト人を憎んでいると言った。その憎しみを、バドなら理解出来るとも言った。

 でも、バドは理解出来ない。

 のどかな民たちの日々の営みに、憎しみを抱く事がどうして出来るのか?

 自分もそれに触れたというのに……。

 手のひらで隠してしまえる程小さく遠のいた故郷から視線を離し、バドは踵を返した。

 彼の瞳は暗く、冷たかった。


 許さない。絶対に。


「若いねぇ」


 人がいるはずの無い背後で声がして、バドは立ち止った。振り返らずに、ふんと鼻で笑った。


「若いさ。十七だもの」

「ふぅん。私はその歳、お前達祖先の尾を集めていた。何とも交換せずにね」


 くくく、と背後の忍び笑いを聞いて、バドは目を細めて首を振った。


「あ、そう。それでオレ達には尻尾が無い訳ね。……レディ・トスカノ、オレ、今冗談を交わす気分じゃないんだ。ジージョでもからかってろよ」

「尾は必要だったか?」


 あ? と、不機嫌に振り返ると、レディ・トスカノが薄笑いして立っていた。

 実際は、少しだけ宙に浮いている。デッキは風が吹きすさんでいるというのに、彼女の長い髪は風の流れを全く受けずに勝手に揺らめいている。世界の力の流れを無視できる、この圧倒的な存在の女に改めてゾッとしながら、バドは唾を吐いた。


「いらねーよ」

「そうか。私は欲しかった。でも無かった」


 羨ましかった……。と心なしか寂しそうにレディ・トスカノは呟いた。

 そして、顔を歪ませて笑んだ。「だから獲ってやった」と。


「知ったこっちゃねーよ。あっち行ってくれ」


 バドが船室の出入り口に手を掛けると、その手に白いレディ・トスカノの手が触れた。

 手は肘までしか無く、彼女の声は先ほどと同じ離れた距離から聴こえた。


「お前、マクサルトのトカゲの秘密を聞いたのだろう? ブラグイーハがそれをどう利用しているのかも」


 バドはイライラと白い手を振り払った。たちまち腕は煙の様に柔らかく宙に消えた。


「そうだけど? 何?」

「船が今のお前たちの技術レベルで飛ばせられる訳が無い」

「……あ、そう……」


 取り入らない風を装いながらも、バドは知らず左手で鼻を摘まんだ。

 空飛ぶボートから飛び出た青い光が脳裏を過ぎり、凝縮して弾けた。

 出入り口の取っ手を握るバドの右手の甲に、ゆっくりと青筋が浮かんだ。


「そう言う事……」

 

―-----------------------------


 皆にお茶を用意しながら、ラヴィはクリス皇子の話を聞いた。

 その話の不思議さや、不憫なマクサルト人の事を思うと、彼女の手は震え、指先が冷たくなった。


「マクサルト人とその守護神の一部を返す」

「どうしてですかね?」


 ロゼがキョトンとした顔で聞き返した。その瞳はあどけない表面とは裏腹に、とても冴え冴えとしている。


「要するにマクサルト人は捕虜で、トカゲは戦利品でしょう?」


 ドン、とロゼの座っていた椅子が揺れた。バドが腕組みをして、椅子の背に足をかけ立っていた。青い瞳を底光りさせ、血の気の引いた顔をしている。

 ロゼは座ったまま、その殺意に振り返りもしなかった。


「トスカノは豊かになり、今ようやくその豊かさが民へ染み渡り始めたところです。また、涸れた暮らしに突き落とすんですか?」

「土台は人間なのだぞ?」

「土台が崩れて犠牲になるのも、人間だぃ」


 それも、トスカノのな。と、ロゼは付け足した。


「初めに戻るだけだ」

「酷だなぁ」

「酷な扱いを受けているのはマクサルト人だ」

「俺は嫌だ。俺はトスカノ人だ」

「父上が、目的はなんであれどうしてレディ・トスカノと一世紀だけ交渉したと思う? その先のトスカノを捨てているからだ」


 マクサルト人は、家畜の様に増えたりしないだろう。

 豊かになるトスカノの需要に、どれ程の血が必要なのかは判らない。


「一人で半世紀くらい保つんだろぉ? そんなにすぐ減らないさ」

「それはそもそも『トカゲ』の巣であるマクサルトで、なおかつ王族の血で通用していた量だ。トスカノでの必要量は判らない」

「その事なんだけど」


 バドが二人に割って入った。


「あんたたちは、大地だけでなく、他の事にも力を使ってんだろ。新しい鉱山、珍しい金属、新種の果実、火力を使った武器。そして、空飛ぶ船……きっと、他にもいろいろ」


 ハッとして、ラヴィは思わず床を見た。


「まさか……」


 バドが頷く。


「それら全てに、マクサルト人の命が使われてる。今この船がこうして空を飛んでいるのも……誰かの命を使ってんだよ!」


 十年も経ってしまっている。一体、何人が残っている? 何人が犠牲になった?


 クリス皇子は見るからに顔を青ざめさせて、眩暈を押し殺す為に手で額を抑えた。


「ロゼット、悪魔の所業だ。糧はいずれ尽きるぞ。父上はそれを知っていて、一世紀しか契約しなかったのだ。マクサルトの廃墟を見てお前はどう思った? トスカノがああなってしまった時、お前はトスカノの為だったと言えるのか?」

「……」


「お前はトスカノ人なのだろう?」


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