自白2
オジイは再び語り出す。
『ブラグイーハはほとんど死にかけてやって来た。マクサルトはね、身を持って知っていると思うがそんなに簡単に辿り着ける国ではないよ』
「ああ、大変だった。イソプロパノールで出会うほとんどの外国人はマクサルトを幻の様に言ったよ」
『ダ。それでも奇跡の様に因縁の三人がマクサルトへたどり着けたのだから、運命とは恐ろしい力を持っているなぁ』
オジイがしみじみと言ったので、バドは腕を組む。
……運命。
ひゅう、と錆びた匂いの風が吹いた。
バドは荒れ果てた祭壇の周りをチラと見て、顔を歪める。
……これが、運命だって?
ロゼの声が脳裏にこだました。
……国をあんなにしちまった…………神じゃねぇだろぉ? ……だろぉ……だろぉ……
『……彼が生まれる前に、既に国を発っていた俺たちは幸い面識が無かった上、年を取っていた。俺たちはしらばっくれたんだ』
「結構大胆だな」
『すぐバレた。意識を取り戻し、言葉が通じないのに苦労するブラグイーハに、アガルタが思わず西の言葉を使ってしまったんだ』
「オバア……優しい人だった」
『アルベルト・クチャラで倒れているブラグイーハを見つけたのはアーウィン様とエレン様だった』
「俺の父様と母様……」
記憶を無くしていたとはいえ、忘れてしまっていた父と母の名を聞いて、バドは恥じる様に目を伏せた。
『ダ。ちょうど、同じ年頃の三人はブラグイーハが元気になるまでに親しくなっていった。
若者らしく、三人はいつも一緒にいた。
……楽しかったのだろうね。俺たちを捕まえる為に送り出された事を、すっかり投げ出した。
引き取ったアガルタを、実母の様に敬愛するようになっていたしね。彼にとっては、思いがけず何もかも手に入った様に思ったのだろう』
愛情を注いでくれる母親、心を開ける友人、恵み溢れる大地。
これ以上ない程の幸せを、ソイツはここで感じたのか。
バドはオジイの話す「ブラグイーハ」という男に対して、同情の様な気持ちを持たない様に努めた。
……だったら、尚更に、何故?
そうやって、心で問う事で境界線を張る。
『でもね、彼もやはり俺と同じようにマクサルトに嫉妬したんだ。どうしてこんなに豊かなんだってね。それから、アーウィンと親し過ぎたのも良くなかった。アーウィンを通してマクサルトの秘密を知ってしまった』
「秘密?」
『何かしら信仰する者達が、己の信仰する神物を実際に目にした事など無い様に、マクサルトの守護神もそういう存在だと思っているだろう?』
「それを言っちゃあお終いだけど……ある人が、マクサルトにはトカゲがいるって言った」
なんと、とオジイは光った。
人ならざる者と交わってはなりませぬ、と説教じみた事を言うので、バドは適当に笑ってあしらった。
『王になる者だけがそれを見る』
「どうして? そんな話知らねぇぞ」
『王だけが、それを知る。マクサルトの王が短命なのは知っているね』
「ああ。50を数える前に皆死んでしまうって。父様は、もっと若かったね。……何か関係が?」
イヤな予感に、バドは顔を歪めた。
『さよう。マクサルトの守護神は、結構早い間隔で、王の死ぬ分だけの血を欲するのだよ』
「血を? ……でも、父様のご遺体は」
優しい表情で眠る父は、血を抜かれた様には見えなかった。
『形を残して奪うのだ。血に形は無いがね』
「一体どうして……まさか、豊かさは」
『そう。一人の人間の致死量の血で、マクサルトは肥えていたのだよ』
「……」
それをブラグイーハは許せなかった。アーウィンを失うのも、彼を愛するエレンを一人にさせるのも、彼には耐えられなかった。
『キリング司祭をボン様は苦手だったね』
「ああ……いやにベタベタしたとこが」
バドは、鋭い目鼻立ちの大柄な男をボンヤリと思い出す。
「守護神様を代々祀る一族だったよな? 王は守護神様の事に関しては、彼らのいう事を聞くのがシキタリだったっけ?」
『ダ・スラー。(その通り)彼らの祖先が、マクサルトの地に根を下ろし、マクサルトは国になったと言われている』
「でも、奴らは王族じゃない」
『ダ。彼らは守護神を祀るだけだ。恐らく、あの一族は、もしくはその首領だけが、豊穣の絡繰りを知っていた。王になる者だけに、その手引きをして……』
バドは鼻を摘まんだ。
いけ好かねぇな。と彼は思った。
もしオジイの話が本当なら、王はまるで彼らの生け贄ではないか。
『ブラグイーハはどうやってか、その事を知った。彼はキリングを問い詰めた。二人は犬猿の仲でね。キリングはよそ者にアーウィンとエレンの関心を奪われて、ブラグイーハを憎んでいた。ブラグイーハの方は、煩い蠅くらいにしか思っていなかったのだろう。それが態度に出ていて、余計にキリングの憎しみを煽った。
二人がどの様な会話をしたのかは知らない。キリングは首領になるちょっと前だったから、彼がトカゲの事を知っていたのかは謎だ。だが、彼は一族の名に恥じない信仰心を持っていた。愛国心もあった。不思議だね。性格や思想にちょっと問題があったとしても、人は誇りや、尊いものを心に持つ事が出来る……。彼は、憎い余所者に守護神を非難されて、いよいよブラグイーハを許せなかったのだろう。アルベルト・クチャラの渓谷へブラグイーハを突き落とした……』
「……」
なんだか、厭な話だ。
キリングの顔を知っているだけに、子供の頃の彼への苦手意識が再び顔を出した。
『あの渓流は、トスカノ国の端まで流れているんだ。彼は川岸のリュクスという土地へ流れ着いた』
「なんか、聞いた事ある名だな……」
「かつてのロゼットの一族の領地だ」
クリス皇子が言って、バドは「そうそう!」と頷いた。
「リョクスって名乗ってた」
「そこは父上が十年程前に国の物にした」
玉はまだ十分に採れた筈だ。それでも、父王はそこを封鎖した。
ロゼットの一族はそれに対して異議を唱えるどころか、容易く従ったと聞く。
その後、別の場所で珍しい玉や鉱物が取れ出して、人々は簡単にリョクスを忘れ去った。
『当時トスカノを支えていたのは、彼らが到底身に着ける事を許されない装飾品だった。リュクスはその装飾品を飾る玉が採れる場所だった。なので、かなりの力を持っている貴族だったと思う』
クリス皇子が頷いた。
『ブラグイーハが美しい男だったとは話したかな? マクサルトの若い乙女たちが彼に夢中になった様に、リュクス伯爵の娘が彼を愛した』
そういう事か、とクリス皇子はロゼットの一族が簡単に領地を移動した理由を予測した。
リョクス……今はレルパックス一族……の頂点は、そのリュクス伯爵の娘なのだ。
歳を重ねているハズの今なお、生娘の様に儚い見た目とは裏腹に、仕草や目線だけでその場の空気を凍てつかせ、目の前の者をギクシャクと動かす……そんな女だ。
彼女は結婚しロゼットを産んだが、その父である入り婿とは三年も経たない内に離縁している。
『女ってハンサムが好きな』
『男も美女が好きだろうて。さて、ブラグイーハはリュクス嬢に連れられて、トスカノの社交界の仲間入りを果たした。
当時のトスカノ王は病に伏せっていつ死ぬかとも分からない状態が続いていた。まだ若いトスカノ女王と、幼い四人の皇子が残されるばかりだった。
ブラグイーハはその魔性の美貌で女王までも取り込んで、とうとう王になってしまった……』
「そんな簡単にいくかなぁ?」
バドは訝しんだ。王や女王と会うのだって、一般人からしたら一生にあるかないかなのに、流れ者が、いくら気に入られていたからと言って、王のお墨付きで後釜に収まる?
ブラグイーハはどんだけ面の皮が厚いんだ?
『そこだ。彼はね、ズルをしたんだ』
「色気意外に?」
『ああ。反則を重ねなければ、そう簡単に行くものか』
「何したんだよ」
『西の大陸では俺の様に不思議な力を持つのが稀じゃないといったね』
「ああ。……じゃあ、ブラグイーハも?」
『左様。彼はその魔力でもってマクサルトの守護神の一部を千切り捕り、己の物としたのだ』
「守護神を、千切る? じゃあ、尻尾でも持って行ったのかな」
『そう考えて然るべきかな。トカゲの尾なら、再生するからね。彼が川に流されて数年、マクサルトに異変が起きなかったのもそのおかげかもしれん。だが、その性質が問題だ。トカゲは力の分だけ血を欲する。彼が我が物にした尾……もしくは他の部分が、力の分だけ血を欲した』
「ブラグイーハは貧血だな」
ケケ、と笑うバドに、オジイは釣られてはくれなかった。
『イン。トカゲはマクサルトの血しか欲しないのだよ』




