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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第八章
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自白1

 オジイはバドが幼い頃、説教めいた昔話をしてくれた時の様に語り始めた。


『俺が異国の地の者だという事は周知の事だが、ではどこの国の者かと聞かれて答えられる者はいなかった』


 ああ。そう言えばそうだ。


『マクサルト人は、そういう事に無頓着だった。皆がおおらかで、人懐こかった。俺はねぇ、そんなマクサルト人が好きだったよ』


『さて、俺とアガルタはこれも周知だったと思うが夫婦だったよ』


 バドは思わず苦笑いを漏らした。

 少し照れくさい話題だったから。


「はは、それは周知じゃなかったよ」

『ダ。そうかもしれぬ。まことに愛すべきマクサルト人よ!』


『我らは、西からやって来た』

「西……」


 ふと、ラヴィの顔が脳裏に過ぎって消えた。


『そう。アガルタは西の大陸の、とある貧しい国の王妃だった』

「じゃあ、オジイは王様だったのか」


 イン。


『俺はまた違う国出身の拝み屋だった。まぁ、ほとんど浮浪者だ。ただ、実際そういう力があってね。西の大陸では珍しい事じゃないよ。でも俺は一際力が強かった。恵み多きマクサルトではとんと必要では無かったがね。乞われて王の御前に招かれたんだ。なんでだったかね、雨乞いだったか、日招きだったか……。忘れてしまったよ……』

「……」

『なぁ、ボン様は恋をしたかね』

「なんだよ、急に」

『……俺はしたよ。抑えがたい恋を』

「……。それが西のオバアだって言うのか」


 記憶の中の穏やかな二人が、そんな恋をしていたなんて、本人から聞いているのにいまいちピンと来ない。


『ダ。ただね、俺の片思いで終わらせるべきだったなぁ』

「王妃だったって事は、もう王様と結婚していたんだよな」

『ダ。不倫したんだ』

「……やるなぁ、オジイ」

『ああ、俺はね、色男だったよ。アガルタも俺にぞっこんだった』

「駆け落ちしたんだな?」

『ダ。そうして命からがら、マクサルトへ流れ着いた。幻の様な辺境の地に、追っ手は来なかった』

「めでたしめでたし、じゃん」

『イン。ボン様、重いものをもっている時に、強がって軽いそぶりは見せない事だ。神の目は節穴で、容量を埋めようと躍起になってくる事があるでな』

「わかった、わかった。でも、そんなにラブラブだったなら、どうして別々に暮らしていたんだよ?」


 オジイが少し戸惑ったのが、気配で感じられた。

 言うべきか、止めるべきか、オジイは声に少しだけ躊躇する色を乗せて続ける。


『怖くなったんだよ』

「怖く?」

『俺たちは愛なんて美しいもので惹かれあったんじゃないって、判ったんだ。二人の間にあるのは狂った激情だった。お互いのすべてが欲しかった』

「手に入ったじゃないか」

『イン。ボン様、今後ボン様が、そんな女に出会わないのを俺は祈るよ』

「オレは出会ってみたいけど?」

『おそろしい感情だよ。どうしても満たされない。欲する気持ちを抑える事ができない。貪り合って、それを止める事が出来ない……魂を燃やし尽くしても続くかのようなお互いの引力に、俺たちは負けたんだ』

「よくわからない」

『解らなくていいよ。……俺の話したいのはそんな話じゃない』

「もっとオジイといろんな話をしておけばよかった」


 バドの後悔は深い。不可抗力だというのがまた、悔しい。


『ダ。でもこの話は今ですらボン様には早かろう。幼いボン様には到底出来る話ではなかったしね。第一追われていたんだ。マクサルト王にすら、俺たちの話はしていない』

「愛すべきマクサルト人、って訳だね」

『ダ。先程アガルタの国は貧しいといったね。本当に貧しかった。マクサルトとまるで正反対の国だった。何に付けても恵まれていないんだ。一部のものたちだけが、僅かな旨みをすするのが精いっぱいの、そんな国だった。

 ……でも俺の飛び出した国も大差なかったし、トスカノ国もそうだったから、世界は大方そんな国で溢れているのだろうね。……ボン様は運命と言ったね。

 ……そうかも知れない。マクサルトの豊かさに身を浸からせ、感謝と共に、過去からの身勝手な嫉妬を覚えないでも無かった。この国のカケラ程の豊かさがあれば……。とね』


 ふ、とオジイが一息吐いたのが聴こえた。

 石になっても尚、呼吸が必要だとは思えない。

 多分、心の吐息なのだろう。


『話が逸れていけないね。話をするのは久々だから、許しておくれ』


『さて、国を飛び出し放浪する事数年、マクサルトに落ち着いて十年と少しが過ぎた頃、アガルタの国の、ある少年が俺たちを探してやってきた。彼はアガルタの夫の側室が産んだ皇子で、充ての無い追跡に使われるくらいだ。愛されずに育ったのだろう。彼の心の鋭さと温度は、鋼の刃の様だったよ。でもねぇ、人間だったよ。引き出してやれば己の内から出る優しさを恥じる事は無かった』


『それはそれは美しい少年だった。名をブラグイーハと言った……』

「ブラグイーハ!?」

『胸に刻みなさい。それがボン様の敵の名だ』


 バドはそっとクリス皇子を振り返った。

 彼は真っ直ぐこちらを見ていた。腕を組んで、バドに先を促す様に頷いた。


『そこにいるのは、クリス皇子だね?』

「そうです」


 クリス皇子が答えた。


『父の過去について知ることに、迷っていなさる』

「……そうです」

『子に罪は無い、と世間では言うが』


 オジイの声色が変わった。声は怒り、憤っていた。

 石柱から発せられる光が、じわりと光量を増やした。

 不安定な強弱を付けながら、オジイは狂気じみて言った。


『末代まで祟るという言葉もある。俺の気持ちはコッチだ。愛している者達を、蹴散らされた俺の恨みは深いぞ。お前が父の悪行を聞くのを拒むならば、俺は持ちうる力を全て使い、今この瞬間にお前を雷で撃ち砕いてくれる』

「オイオイ、オジイ……」


 バドがオジイをなだめた。

 クリス皇子はそんな彼の肩に手を置いて、首を振った。


「余程の恨みがあるのだろう。さぁ、聞こう。私を打ちのめせ」


 望む所だとでも言う様に「フン」と鼻息を響かせて、オジイは再び語り始める。


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