自白1
オジイはバドが幼い頃、説教めいた昔話をしてくれた時の様に語り始めた。
『俺が異国の地の者だという事は周知の事だが、ではどこの国の者かと聞かれて答えられる者はいなかった』
ああ。そう言えばそうだ。
『マクサルト人は、そういう事に無頓着だった。皆がおおらかで、人懐こかった。俺はねぇ、そんなマクサルト人が好きだったよ』
『さて、俺とアガルタはこれも周知だったと思うが夫婦だったよ』
バドは思わず苦笑いを漏らした。
少し照れくさい話題だったから。
「はは、それは周知じゃなかったよ」
『ダ。そうかもしれぬ。まことに愛すべきマクサルト人よ!』
『我らは、西からやって来た』
「西……」
ふと、ラヴィの顔が脳裏に過ぎって消えた。
『そう。アガルタは西の大陸の、とある貧しい国の王妃だった』
「じゃあ、オジイは王様だったのか」
イン。
『俺はまた違う国出身の拝み屋だった。まぁ、ほとんど浮浪者だ。ただ、実際そういう力があってね。西の大陸では珍しい事じゃないよ。でも俺は一際力が強かった。恵み多きマクサルトではとんと必要では無かったがね。乞われて王の御前に招かれたんだ。なんでだったかね、雨乞いだったか、日招きだったか……。忘れてしまったよ……』
「……」
『なぁ、ボン様は恋をしたかね』
「なんだよ、急に」
『……俺はしたよ。抑えがたい恋を』
「……。それが西のオバアだって言うのか」
記憶の中の穏やかな二人が、そんな恋をしていたなんて、本人から聞いているのにいまいちピンと来ない。
『ダ。ただね、俺の片思いで終わらせるべきだったなぁ』
「王妃だったって事は、もう王様と結婚していたんだよな」
『ダ。不倫したんだ』
「……やるなぁ、オジイ」
『ああ、俺はね、色男だったよ。アガルタも俺にぞっこんだった』
「駆け落ちしたんだな?」
『ダ。そうして命からがら、マクサルトへ流れ着いた。幻の様な辺境の地に、追っ手は来なかった』
「めでたしめでたし、じゃん」
『イン。ボン様、重いものをもっている時に、強がって軽いそぶりは見せない事だ。神の目は節穴で、容量を埋めようと躍起になってくる事があるでな』
「わかった、わかった。でも、そんなにラブラブだったなら、どうして別々に暮らしていたんだよ?」
オジイが少し戸惑ったのが、気配で感じられた。
言うべきか、止めるべきか、オジイは声に少しだけ躊躇する色を乗せて続ける。
『怖くなったんだよ』
「怖く?」
『俺たちは愛なんて美しいもので惹かれあったんじゃないって、判ったんだ。二人の間にあるのは狂った激情だった。お互いのすべてが欲しかった』
「手に入ったじゃないか」
『イン。ボン様、今後ボン様が、そんな女に出会わないのを俺は祈るよ』
「オレは出会ってみたいけど?」
『おそろしい感情だよ。どうしても満たされない。欲する気持ちを抑える事ができない。貪り合って、それを止める事が出来ない……魂を燃やし尽くしても続くかのようなお互いの引力に、俺たちは負けたんだ』
「よくわからない」
『解らなくていいよ。……俺の話したいのはそんな話じゃない』
「もっとオジイといろんな話をしておけばよかった」
バドの後悔は深い。不可抗力だというのがまた、悔しい。
『ダ。でもこの話は今ですらボン様には早かろう。幼いボン様には到底出来る話ではなかったしね。第一追われていたんだ。マクサルト王にすら、俺たちの話はしていない』
「愛すべきマクサルト人、って訳だね」
『ダ。先程アガルタの国は貧しいといったね。本当に貧しかった。マクサルトとまるで正反対の国だった。何に付けても恵まれていないんだ。一部のものたちだけが、僅かな旨みをすするのが精いっぱいの、そんな国だった。
……でも俺の飛び出した国も大差なかったし、トスカノ国もそうだったから、世界は大方そんな国で溢れているのだろうね。……ボン様は運命と言ったね。
……そうかも知れない。マクサルトの豊かさに身を浸からせ、感謝と共に、過去からの身勝手な嫉妬を覚えないでも無かった。この国のカケラ程の豊かさがあれば……。とね』
ふ、とオジイが一息吐いたのが聴こえた。
石になっても尚、呼吸が必要だとは思えない。
多分、心の吐息なのだろう。
『話が逸れていけないね。話をするのは久々だから、許しておくれ』
『さて、国を飛び出し放浪する事数年、マクサルトに落ち着いて十年と少しが過ぎた頃、アガルタの国の、ある少年が俺たちを探してやってきた。彼はアガルタの夫の側室が産んだ皇子で、充ての無い追跡に使われるくらいだ。愛されずに育ったのだろう。彼の心の鋭さと温度は、鋼の刃の様だったよ。でもねぇ、人間だったよ。引き出してやれば己の内から出る優しさを恥じる事は無かった』
『それはそれは美しい少年だった。名をブラグイーハと言った……』
「ブラグイーハ!?」
『胸に刻みなさい。それがボン様の敵の名だ』
バドはそっとクリス皇子を振り返った。
彼は真っ直ぐこちらを見ていた。腕を組んで、バドに先を促す様に頷いた。
『そこにいるのは、クリス皇子だね?』
「そうです」
クリス皇子が答えた。
『父の過去について知ることに、迷っていなさる』
「……そうです」
『子に罪は無い、と世間では言うが』
オジイの声色が変わった。声は怒り、憤っていた。
石柱から発せられる光が、じわりと光量を増やした。
不安定な強弱を付けながら、オジイは狂気じみて言った。
『末代まで祟るという言葉もある。俺の気持ちはコッチだ。愛している者達を、蹴散らされた俺の恨みは深いぞ。お前が父の悪行を聞くのを拒むならば、俺は持ちうる力を全て使い、今この瞬間にお前を雷で撃ち砕いてくれる』
「オイオイ、オジイ……」
バドがオジイをなだめた。
クリス皇子はそんな彼の肩に手を置いて、首を振った。
「余程の恨みがあるのだろう。さぁ、聞こう。私を打ちのめせ」
望む所だとでも言う様に「フン」と鼻息を響かせて、オジイは再び語り始める。




