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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第八章
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ひとのこころ

 ジルに連れられて、バドとクリス皇子はマクサルトの廃墟を進んだ。


 クリス皇子のバドに対する態度は劇的に、とはいかないが、随分変わった。

 飛空艇ジャックの件は、いささか卑劣な手口ではあるが、自国の為に危険を冒したのであれば、同じ皇子として批判出来ない、と彼は言った。


「同じ境遇に落ちれば、私もそうしただろう」


 シンと静まり返った街の中を歩きながら、クリス皇子はバドに言った。

 バドは曖昧に笑って、内心舌を出した。


 ……まぁ、そういう事にしとこ。結果こうなったしぃ?


「しかし、よく耐えたものだ」

「耐えた?」

「民に混ざったのだろう?」


 バドはキョトンとして、クリス皇子を見た。


「イヤ、楽しかったよ?」


 バドは幸運だった。オヤジに育てられ、『マクサルト』の文字が彼を悩ませはしたけれど、毎日がお祭り騒ぎの様な日々を過ごした。


「それに、ここでもオレは民だった。そんなに特別扱いされてなかったよな?」


 数歩前を行くジルが、顔だけ振り返って頷いた。


「ええ。そうしない様、務めました」

「そうか」


 クリス皇子は、横に並ぶ少年を何気ない風を装って観察した。

 昨夜自分とあんなにぶつかり合ったのに、もう大して気にしていない様子や、マクサルトの皇子だと明かしてからも変わらない気取らなさが、どういう風に育てられたかを物語っている。

 それでいて一時も隙を見せず、今も視線を感じつつ、それに気付かぬフリをして見せているのは、そういう事が必要な世界で研ぎ澄まされたからなのだろう。


「……君は慕われる王になるだろうな」


 そう言うと、少年の顔がサッと陰った。

 実際彼はそれに該当するのだが、反抗期の少年の様に斜に構えた目をして、クリス皇子を横目で見た。


「あんた、デリカシーないって言われない?」


 ははは、と真っ白な歯を見せてクリス皇子が笑った。


「良く言われる」


-----------------------------


 三人はマクサルト城の北側にある石造りの祭壇に辿り着いた。

 地面を掘って下へ下へと作られた五十数段の石段が、大きな円を描き、その中央に建てられた石の祭壇は、地上よりも空気がひんやりと冷たかった。

 バドは懐かしさで胸をいっぱいにして、そこを見渡した。

 広場は街の道とは違い、石などを敷かず、地面はそのまま土なので雑草に覆われていた。

 そこからポツンと浮かぶ様に頭を覗かせている七段層の祭壇は、記憶よりも背が低い。

 雑草を掻き分け祭壇に登ろうとして、あつらえられた階段に戸惑った。いつも遊び場にして慣れ親しんでいた階段が、小さすぎて足が乗らない。


「ア・レン様、そちらは子供用の段です」


 ジルに言われて、慌てて彼の方へ足を向け、バドは唇を噛む。『星空食堂』のカウンター席でも感じた喪失感に、ぶつけ処の見つからない怒りを感じた。


「……ああ」

「子供用?」


 クリス皇子が興味を示した。ジルが頷いて、バドが数年分上り損ねた子供用の階段を、手のひらで差した。


「年二回の収穫祭で、選ばれた子供が祭壇で踊るのです。その子供用の階段です。大人は反対側から上ります」

「面白いな」


 バドは二人を置いて、サッサと大人用の階段を上って祭壇に立った。ここにこうして立つのが、彼の夢だった。しかし望んだ輝かしい記憶の景色は無く、寂しい荒れ地が広がっている。


 来ない方が、良かったのか?


 錆びた様な匂いのする冷たい風に、バドは目を細める。

 いつの間にかジルが横に立っていて、バドは彼に肩を竦めて見せた。


「イソプロパノールで、おちゃらけてりゃ良かったよ」


 ジルは責めずに微笑んだ。


「貴方はそれに耐えられない。そして、マクサルトは貴方を待っていた」

「へぇ……じゃあナニ? 今から皆が一斉に現れて『サプラーイズ!』とでも言ってくれんの?」


 そう言って、バドは頭を下げ、グラグラ揺らしながら笑った。

 こんな風に無理に絞り出す笑い方を、バドは初めてした。

 とても辛かった。それでも、発作の様に細切れに笑った。


 故郷を見たかっただけだった。

 誰かと思い出を共有したかった。

 バドと呼ばれる違和感を、拭い去りたかった。


 自分が誰か知りたかった……。


 ああ……オレはガキだった。  

 マクサルトがオレを待っていただって? 冗談じゃないぜ!!


 唐突に笑いの波が引き、彼はツと無表情でジルを見る。

 クリス皇子が自分達に背を向けて座っているのが、目の端に見えた。

 その無言の配慮に、己の情けなさを隠し切れずにバドは呟く。


「……辛ぇ。なんだこれ」

「さぁ……貴方が人だという事でしょう」


 受け取り損ねそうな返事をして、ジルが祭壇にポツンと立つ小さな石柱を指差した。

 バドはそれを記憶と照らし合わせ、ハッとして駆け寄った。


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