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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第八章
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それぞれの鎖

一部始終を見ながら、クリス皇子は落ち着いていた。

朝、バドとラビリエ嬢が廃墟から戻って来るのを見た時、クリス皇子の胸は騒めいた。


「これが嫉妬と言うものか」と思ったのだが、なにか違う気がしてならなかった。胸の騒めきはバドに対してだった。

バドが微妙に昨夜とは違うと感じた。そして今、それが腑に落ちた。

彼は自国の守護神(と勝手に思っている)を思い浮かべる。

一度不思議なものを見ると、次々に見ると言う。どうやらそれは本当らしい。

そしてバドはそれを従えている……。


「鷲よ」


 凛とした声でクリス皇子が呼び掛けると、鷲の青年がその端正な顔を上げた。

 クリス皇子は目を見張った。青年の顔が、いやに自分に似ていたからだった。

 だが、彼は動揺せずに言葉を続けた。


「お前の主人は何者だ?」

「貴方は、ブラグ……イーハトーブ様のご子息ですね?」


 鷲の青年の言葉に、クリス皇子は眉を潜めた。


「父を知っているのか」

「……はい。先のご質問ですが、まずはこの方に、ワタクシが尋ねさせて下さい」

「……?」


 鷲の青年は―――ジルといったか―――ジルは疑問符を浮かべるクリス皇子と周りの者達に構わず、バドの手綱を切ると、真っ直ぐ向き直った。


「お名前は取り戻されましたか」



―-----------------------------


 廃墟へは、バド、鷲の青年のジル、クリス皇子の三人だけで向かった。


 ラヴィはロゼに連れられて船に乗り、デッキから三人を見送った。


「ア・レン……」


 ラヴィはそっと声に出して言った。


「ア・レン・マクサルト……」


 王族は国名が苗名だ。少なくとも、イソプロパノールとトスカノではそうだ。

 鷲の青年は深々と頭を下げ、バドはマクサルトの廃墟を遠い目で見ていた。その明るい空色の瞳から、普段の陽気さが消えていた。

 廃墟で彼は、何を知るのだろう。

 デッキに風が吹き、髪を押えて小さくなって行くバドを見詰めていると、彼が振り返った。

 金色の髪が風に吹かれて乱れている。

 遠く離れ、顔は判別出来ないのに、二人は見詰め合った。


 バドが手を振った。


 手を振りかえしたら永遠にお別れの様で、ラヴィはジッと彼を見詰めるだけにした。

 彼が再び後ろを向くと、ラヴィは彼に真っ直ぐ手を伸ばす。


「なーに今生の別れみたいな事、してんだよぉ?」


 いつの間にかデッキにロゼが来ていて、ラヴィは驚いて振り返った。彼は腕組みをして、気怠そうに重心を片足に乗せて立っている。


「お前さぁ」 


「あ、反逆罪ですよ」

「……ラヴィちゃんさぁ、分かりやす過ぎだぜぇ? 結婚する気あんの?」

「……あります。……アスランさんの体調はどうなのですか?」


 ラヴィが無理矢理話題を変えると、ロゼは「それなんだよねぇ」と顔を歪めて頭を掻いた。


「隊長、いなかった」

「え!?」

「なんか……流されちまってた」


 ロゼはクリス皇子に騙されたのだ。腹立たしく思ったものの、後の祭りだ。


「そんな……大丈夫なんでしょうか?」

「ふん。魔女が隊長は生きてるってさぁ」


 どうやらロゼは、レディ・トスカノの力に頼ったらしい。

 レディ・トスカノがロゼに条件付きでなんらかの力を使ったのは予想出来たけれど、それについて深く追及するのをラヴィは止めておいた。


 ……レディ・トスカノと、ロゼの取引なんて、なんだか怖くて内容を聞けないわ……。


 レディ・トスカノは状況を改善してくれはしなかったが、アスランの生死を探ってくれた。


「……俺、隊長が生きてればいい」

「……ロゼさん」

「せいぜいバカ皇子に従って、とにかくトスカノに帰る。色々整理して、機会を見て探しに行くさぁ」 


 ラヴィはロゼを見た。

 彼はいつも通り不遜なたたずまいで、風に髪を乱し「なんだよぉ」と言いたげに彼女を見返した。


「貴方って……純粋なのですね」


 げぇぇ、と吐く真似をして、ロゼはデッキにしゃがみ込んだ。

 それから、ちょっと間を置いて、頭を抱えて呟いた。


「自由になりてぇなぁ……」


 なぁ、そうだろぉ? という顔で、彼がラヴィを見る。


「俺たちは、いつもなんかの為に必死で」


 まるで人質を取られて、追い立てられているみたいに。


「そうゆうのから……」


 ロゼがどうしてこんな話をするのかは、ラヴィには解らない。

 もしかしたら、イソプロパノールやトスカノに翻弄されているラヴィに、アスランへの忠誠―――否、むしろそれは、抑える事の出来ない思慕?―――ラヴィにはわからない……に縛られる自分を、重ねたのかも知れない。


 ラヴィは彼に河原で人質にされた時、刃を当てられた喉に触れた。

 あんなに暴れたのに、そこは白く綺麗なままだった。


 風が強く吹いて、二人の髪を乱した。


「そうですね」


 と、ラヴィは答えた。

 ロゼは「うん」とだけ言って、しばらく立ち上がらず、ぼんやりと遠くを見ていた。ラヴィもそうした。

 

 皆、多かれ少なかれ、切り離せないものを持っている。

 失えば、身を切られる痛みを持つ、大切なものを。

 その為に動く。

 立ち向かったり、自分の身を削ったり。

 バドやクリス皇子は、攻めて勝ち取って行くタイプだ。

 

 でも、わたくしは…… そして、足元でうな垂れるこの男は……。


 ……この人は、わたくしと似ているのかも知れない。とても強いと思っていたのに。


 ラヴィの周りの何もかもが、秘密を隠して必死に立ち回っている……。


 ……やるせないわ。


「今、この船を奪って行っては?」


 沈黙が重たくなって、彼女は思い付きを言った。ロゼが「ハッ」と笑った。


「……黙れよ。お前は自由になる為に、嘘ついたり逃げ回ったりしなきゃいけねぇと思ってんだろぉ? でも、上手く行ったか? 今そう思うかぁ?」


 彼の台詞に説得力があるのは、きっと彼が過去にそれを試してあがいたからだ。 

 ラヴィは素直に頷いた。


「……そうですね」


 ラヴィは廃墟を見る。乾いた砂埃で黄土色に霞むその光景は、殺伐としてとても寂しい。


「本当に、そうですね……」


 逃げては駄目。と、逃げて来た。一体わたくしは何をしているんだろう。

 こんな寂しい廃墟に佇んで。


 ラヴィはまだ気づかない。到達点は常に移動する事に。

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