鷲の影
船に戻ると皆二人を探していた。
兵士数人に囲まれ、それを掻き分ける様にロゼがやって来て「あんたには貞操が無いのか?」とニヤついて言った。
バドが何か言うより早く、ラヴィが「貴方程では無くってよ」とやり返した。
「おおっと、まさかの開き直り」
「オレが待ち切れずに外へ出たのを、ラヴィが見つけたんだ。それだけだ」
バドが弁明する様に言って、クリス皇子はそれに目を細めて頷いた。
「そうだろうな。彼女はバドを心配しただけだ」
クリス皇子がそう言って、バドとラヴィの間に割り込むと、ラヴィの腰に手を回し自分の方へ引き寄せた。
「マジか。俺の妻なら張り倒してやる」
「私がお前を張り倒してやろうか?大体、お前は独身貴族を貫くのだろう?」
「こんなアバズレに当たったら堪んねぇからなぁ」
「……貴様、斬るぞ」
「皇子、わたくしも視察へ同行できますか?」
ラヴィがロゼの存在など無視して聞いた。
クリス皇子は釣り上げたまなじりを元の穏やかなものに戻し、ちょっと眉を上げた。
「興味がおありかな?」
「はい」
「そうか。でも、待ってて欲しいな」
でも、と言おうとして、ラヴィは口を閉じた。
クリス皇子は穏やかに微笑んでいたが、有無を言わさぬ威圧感を放っていた。
皇子は、本当はお怒りなのだわ。
当たり前だ。と思って、ラヴィは「はい」と返事をするしかなかった。
「ほらね。従順な、いい娘だろう?」
クリス皇子がロゼに微笑んで言った。
ロゼは目を細めて、面倒臭そうに小さく頷いて見せた。
それに満足したのか、クリス皇子は「さぁ、行くぞ」とロゼの肩を叩いて、廃墟へ向かった。
「お前、あいつにどんなエロい手紙書いたの?」
クリス皇子が振り向いた。
「ロゼット、早くバドを縛れ。あと、ラビリエ嬢を『お前』と呼ぶのは今後反逆罪だ」
「ええー、また縛るのかよ!? 逃げねぇよ?」
バドの不満気な声に、ロゼが顔をしかめた。
「どの口が言ってんだぁ? ほれ、こっちゃ来い」
ロゼがバドに一歩近づくと、二人の間を鳥の陰が過ぎった。
バドが顔を上げて鳥を見た。大きな鷲で、思わず歓声を上げた所を、ロゼに捕まった。
渋々両手を縄で縛られていると、先ほどの鷲が飛んで来て、こちらへ鋭く突っ込んで来る。
「うお!? 飛んで来た!」
バドもロゼも目を見開いて、お互いを盾にしようとごちゃごちゃと揉み合った。
「ちょ、ちょっ、バカ避けろ!」
ロゼがバドを突き飛ばして、飛び掛かって来た鷲に剣を抜いた。鷲は臆せずロゼに真っ直ぐ突っ込んで低く飛び、いつの間にか大地を掛ける青年になって鉄の腕輪で剣を受けるとはじき返した。
ダン、とロゼの足元すれすれに踏み込んで音を鳴らし、腕輪をしていない方の逞しい腕をロゼの胸元へ伸ばし、避けられたその勢いで地面を反転すると、再びロゼに飛び掛かる。
「なんだぁ!?」
ロゼも負けていない。彼と鷲から変身した青年は、互いの武器を間に睨み合った。
「この方の縄を解け」
「は?」
青年の目を見て、ロゼは生まれて初めてゾッとした。
猛禽類の鋭い、獲物を見る目だった。
ロゼの剣を鷲掴みした手には鋭い爪の付いた鉄の小手がはめられ、ロゼの服の切れ端をその鋭い刃に引っ掛けている。
ロゼは己の中で眠っている残酷な闘争心の光る目が薄っすら開くのを感じ、口の端を釣り上げた。
……コイツは、おもしれぇかもしれねぇ!
「止めろ!」
バドが叫んで二人の傍に駆け寄り、鷲だった青年の爪を恐れずロゼを押し出すように割り込んだ。
「おお、なんだよ?」
折角、これからだってのに。と、ロゼは不満気な声を上げる。
バドはヒョイと片手を顔の横に上げて、
「わりぃ、知り合いだ」
鷲の青年が、スッと片膝を付いてバドに頭を下げた。
慌てた様に、バドも彼の傍に両膝を付いた。
「ジル……」
青年は顔を上げず、更に頭を深く下げた。
「お待ちしておりました」




